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光の雫、影の帳  作者: 『光の雫、影の帳』制作委員会
十日祭の宴の影で/いうらゆう
4/38

04

 昼間の蛍屋の屋台は閑散としていた。光竹の明かりが目立つ夜ならいざ知らず、昼は日光の強さに負けて御影提灯に浮かぶ影は薄ぼんやりとしている。

「うちも硝子の提灯に切り替えられたら、もうちょっと繁盛するのにね。あれ綺麗じゃない? 沈めた型紙が目立っちゃって格好悪くてできないけどさ」

 小夜と一緒に店番をしている姉の真夕があくびする。だらりと屋台の棚に腕を投げ出す様はまるで猫みたいだ。

「さーよ。まだ気になっているの? あれから気がそぞろだよ」

「ごめんなさい」

「謝ることじゃないけど」

 小夜は俯く。

 あれから五日経ったが稲葉屋から音沙汰はない。仕方がない。正体のわからないものは誰だって不安だ。水鉢で金魚を飼うのとは訳が違う。

 ただ明日、会議に赴く主神たちの見送りが過ぎれば、残り二日で祭は終いだ。小夜たちは次の場所に向かわなければならない。

「稲葉屋の次男って、あの悪戯小僧でしょう? 何か言われた?」

「え?」

 小夜は目を丸くした。この間、出会った孝昭は姉の言う人物像とは結びつかない、どちらかといえば落ち着いた印象の人だった。

「昔、泣かされていたじゃない。尻餅ついてさ。燈史郎たちの後をついて駆け回るから、よく父さんたちに怒られていたし」

「全然覚えてない」

「小夜が四つくらいの時だよ」

 ちょうど前に兎野に来た頃だ。そんなことがあっただろうか、と記憶を探るも何も思い出せない。

 うすらと残る十日祭の記憶も、他の地域の祭と混ざり合っていて正直怪しい。清一に成長ぶりを感嘆された時も奇妙な心地がしたが、弟の方とも面識があったとは思いもよらなかった。孝昭も覚えてはいないだろう。

「じゃあ、他に何かいた?」

 真夕に言い当てられ、小夜は狼狽えた。

「……気のせいかもしれない、けど」

 あの夜はあまり気に留めなかったが、思い返すたび何か奇妙な気配だったように思う。捨て置いてよい気のせいか気になるが、どうすることもできず日も経ってしまった。

「燈史郎は視えない性質だし、きっと聞いてもわかんないね」

 小夜は頷く。

 小夜たち蛍を扱う里の者も、皆が皆、蛍が視えるわけではなく、燈史郎もその一人だ。

 影の要になる型紙をとることは、燈史郎自身自覚のある通り里一番で、事実、兄のつくった型紙を使うと蛍たちの食いつきがちがう。ただ、視えない兄は蛍からの評判も里一番であることを、本当の意味では知りようがない。

「理由なく小夜一人で訪ねたら、ますます不審がられそうだものね。燈史郎なら見舞いの理由をつけて小夜を連れていけたでしょうに、臍を曲げてしまっているからね。さっさと仲直りすればよいのに、不甲斐ない弟だこと」

 溜め息をついて、真夕はひらりと右手を振った。知り合いだろうか。屋台の並ぶ参道の入口で、山吹色の着物の女性が手を振り返している。

「悪いものだった?」

「ううん。そうじゃないと思う」

「そう。そこまでわかっているのなら、気のせいじゃなさそうね」

「けど」

「真夕姉さん!」

 向こうから足早にやってきた山吹色の着物の女性が顔を綻ばせる。遠慮してその場を離れようとした小夜を、真夕が引きとめた。

「稲葉屋さんのところの婚約者さん。葵ちゃんだよ。この間、会ったでしょう?」

「小夜ちゃんよね? この間はろくに話せなかったけど、本当に大きくなったねぇ。あんなに小さかったのに」

 葵もまた感慨深げに言う。やはり覚えていない気まずさに、小夜がなおさら恐縮していると、真夕が小気味よく笑った。

「それで、葵ちゃん。どうだった?」

「うん、お見舞いに行ったら案の定。ずっと清一に頼んでいるけど聞く耳を持たないって。あれだけみんな孝昭くんにあまいのに、誰も来ていないんでしょう? おばさんたちも清一に丸め込まれているね」

「昔から怖がりだからね。弟を心配しているのが一番だろうけど」

「そんなそぶり見せずに怖がっているところがまた、かわいいんだけど」

「惚気ちゃって」

 真夕の冷やかしにきゃらきゃらと笑う葵は、あの晩会った女性と確かに姿形は同じものの、まるで雰囲気が違う。直接、声を聞かなかったからかも知れないが、これほど陽気な人だとは思わなかった。

 二人のやりとりに圧倒されていた小夜は、急に真夕から肩を叩かれ、ひゃっと背筋を伸ばした。

「行っておいで」

 言いながら、真夕は小夜に背負籠と蛍の入った籐籠を持たせる。

 向かいでは、葵が小夜に手を差し伸べて待っていた。

「一緒に来てくれないかな? 今度は清一ではなく、孝昭くんからの修理の依頼。私は伝言役なの。無理を言うけど、お願いできないかしら」

「……よろしいのですか? 葵様も清一様からお話を伺っているのでは?」

 恐る恐る小夜は聞く。葵は袖をそっと口元に寄せ、ほくそ笑むと、打ち明けた。

「清一には秘密なんだけど、私と孝昭くんは昔から不思議なものが大好きなの。すごいものを見たって聞いたよ。私も見たかった。あれから孝昭くんの調子も上向きになってね、この頃は食事もよく取れるの。だから、私からもお願いします」

 葵は深々と辞儀をする。

 姉を見上げれば、静かに頷き返される。

「店は任せな。単にしょげているだけかと思ったけど、小夜としても行かなきゃでしょう?」

「うん」

 小夜は籠をしかと背負った。

「行ってきます」

 落とさぬよう右腕に籐籠を抱える。手を揃え頭を下げたままの葵の手を、小夜はそっと取った。


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