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光の雫、影の帳  作者: 『光の雫、影の帳』制作委員会
玻璃の天蓋/橘紀里
32/38

終、守り

「かほどに緑が早々と大地に戻るとは」

 眼下の緑を眺め、傍らに立つ宰相がそう感慨深げに言った。見上げた円蓋(キューポラ)の天頂には、淡く七色に輝く四枚の羽が嵌め込まれている。

 ()の神が力を失い、その加護を失った()の王国の人々は、月の神が自らの国で影を引き受けたおかげで、なんとか日々を繋いでいた。

 それから数百年が過ぎ、陽が再び力を取り戻した。影は吹き払われ、日は長く伸びて大地を乾かしあまねく照らす。


 だが、やがて人々は異変に気づいた。陽の神はいまだ戻らぬまま。


 力を取り戻した陽は大地を()き、大河もオアシスも干上がった。かろうじて、『影の塔』が作る影によって、都と水源の一部が守られ人々の命を繋いでいた。

 さらに百年が過ぎた頃、塔の天頂に埋め込まれていた玻璃(はり)の鏡が砕けた。陽の光を吸収し、影をつくり都を守り続けた(かなめ)を失い、陽の王国はさらに苦境に(おちい)った。

 民を守るため、蓄えも宝物も全てを食糧と水に替えて分け与え、自らの身を(かえり)みずひたすらに民のために尽くした王族は皆、早世した。そうして、傍系も傍系、王冠など遥か彼方のものと思い、傭兵として身を立てていたラディールの元に、(すな)(ぼこり)にまみれ、くたびれ果てた神官が訪れ、玉座に着くようにと懇願するほどに。

 断りきれず、陽の国に戻ったラディールの目に映ったのは、枯れ果てた大地と病み衰えた民。

 たとえ、傍系の末の末であっても、王族としての責務は理解していた。何より苦しむ人々を見捨てることなどできなかった。


 ——だから、この手で。


 シーファの羽を切り落とした直後、ラディールは気がつけば、この場所に立っていた。陽の国を守る最後の要、影の塔、その最上階に。それは確かに月の神の奇跡の賜物であったろう。


「まさか、あの玻璃の鏡が『妖精の羽』であったとは」

 宰相の感慨深げな声で我に返る。ラディールの即位を誰よりも後押ししてくれた彼は、『影の都』への探索には強硬に反対していた。危険すぎる、と言って。そうして、ラディールの帰還を誰よりも喜んでくれたのもこの男だった。


 その彼にも、ラディールはあの都での出来事を一切語っていない。どうやって妖精の羽を手に入れたのかも。この国の誰にも、あの犠牲を知らせるつもりはなかった。


「かつて、天輪の織り手の妖精は、一夜限りの存在だった。月の神はどうせ破棄するものならば、と思っていたのかもな」

「左様ではありますまい。妖精の羽は本来、その存在と同じくもろく儚いもの。それが少なくとも五百年もの間、この塔の要であったのは、月の神の加護あればこそ」

「我らの神は、俺たちを見捨てて久しいというのにな」

「王よ、そのような不敬な言葉は——」

「何よりも慈愛深いものを犠牲にして、守り続けられるなど」


 今でもあの肌の温もりを覚えている。ラディールの体温に温められるような、柔らかなのに無機質な温度。誰よりも楽しげに微笑み、幸せだと語りながら、ラディールにその羽を切り落とすように促した。

 その、手応えのなさ。戯れに人形を壊したような、まるで実感のない、それでもこの手で確かに犯した罪の記憶。


 この国は、シーファの羽が陽の光を吸い込み織り上げる影で守られている。


 どれほどそれを(うと)ましく思っているか。シーファと過ごしたあの七日間がなければ、こんな風に痛みを感じることはなかっただろうか。

 ふと、傍らに立つ宰相が目を上げた。その視線の先には青い尾羽の鳥。足には白い輪がくくりつけられている。宰相はその輪を取り上げ、結ばれていた小さな筒から丸められた書状を取り出した。手のひらに収まるほどの小さなそれに目を通し、彼は首を傾げた。

「どうした?」

「客人の先触れのようなのですが……」

 差し出された紙には美しい手跡で古い言葉が綴られている。


『かくも麗しき高き空 ただ貴方の眸を想ふばかり』


「まるで、恋の詩のような」

 怪訝そうに首を傾げる宰相の横で、ラディールはそれに気づいた。塔の麓のオアシスに、小柄な影が一つ。

 唖然とする宰相に構わず階段を駆け下り、柔らかな緑の草原に囲まれた地面を走る。そうして、オアシスを前にしてラディールは足を止めた。

 泉に無邪気に手を浸しているその横顔は、最後に会った時と全く変わらない。ただ、白い踊り子のような軽装の代わりに、厚手の日除けの外套をまとい、フードで覆っているのがやけに重たげだった。

 これが夢ならば、醒めなければいい。あと数歩を踏み出せず立ち竦むラディールに相手はそんな彼のためらいなど一向に気にした様子のない、軽やかな動きで立ち上がった。

「やあ、ラディール。本当にあなたの国は遠いねえ!」

 フードを下ろし、露わになった淡い金の髪は少し埃にまみれている。それでもその美しさは、変わらないどころか、満面の笑みで輝かんばかりだ。気がつけば、抱きしめていた。

「俺のこの半年間の後悔と罪悪感をどうしてくれる」

「ええ⁉︎ それはすまなかったねえ。人の子の身では飛んでくることもできないし」

「人の子?」

「そう、言ったでしょう?」

 間近で柔らかく笑う気配がする。抱きしめたまま、ほんの少しだけ腕を緩めてその顔を覗き込めば、悪戯っ子のような笑みがそこにあった。


 ——御神はすべてご存じだと。あなたの願いも、そして、私の想いも。


 たとえその出会いが神の導きによるものだったとしても、覚悟も、そして選択も彼らのもの。

「……俺にも言うべき言葉があるんだがな?」

「それはぜひ聞きたいな」

 屈託のない笑顔で、何のためらいもなく両手を広げるその姿はあまりに自由で、だからもうラディールはただ引き寄せて、その顎を掬い上げた。


 彼女が知らない、そして彼自身も自覚していなかった、その熱を伝えるために。


<了>


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神秘的な相手との思わぬ出会いから、日々を重ねていくところまで、楽しいことしか書いていないのに、なぜか別れの予感がするのはなぜなのでしょうかね……。 しんみりとした気持ちでさよならを見守ってからの、完全…
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