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光の雫、影の帳  作者: 『光の雫、影の帳』制作委員会
十日祭の宴の影で/いうらゆう
3/38

03

「孝昭、入るよ」

 清一が病床の弟に優しく声をかけ、行灯(あんどん)の明かりに色づく襖戸を静かに開けた。

 秋も深まった今の時分は、板戸を閉めておかないと寒いだろうに病床の弟にわずかでも祭の気配を味あわせたいという計らいかもしれない。

 やけに静かだった大通りとは違い、意外にも奥に建てられたこの離れの方が祭の喧騒に近いようで、夜を渡ってかすかに高い笛の音が届いていた。

 兄の燈史郎と共に、床に手をついていた小夜は、ひそりと目線を上げる。

 布団に横たわっていたのは、自分より二つ三つ歳上の少年だった。顔立ちは兄の清一に瓜二つ。ただ面立ちが痩せ、日に焼けていない分、目も口も大きく見える。

 視線に気づいたのだろう。兄に支えてもらいながら身を起こした孝昭に気恥ずかしそうに苦笑され、小夜は自分の不躾さを恥じた。

「さぁ、そんなところで縮こまっていないで入ってきておくれ。ほら燈史郎、お前がそうだと小夜さんまで緊張するだろう」

 清一に言われ、小夜の隣で燈史郎が頭をかく。遠慮がちな兄の様子を見るに、孝昭とは歳が離れているのもあって、あまり親しくはないのかもしれない。

「わざわざご足労をおかけし、申し訳ありません」

 孝昭が頭を下げる。兄弟揃って同じようなことを言うのだな、と小夜は瑣末なことに感動した。

「こちらが見てもらいたい御影提灯となります」

「失礼します」

 孝昭の言葉を受け、小夜は枕元に用意されていた御影提灯に膝行した。

 清一から事前に話を聞いていたらしく、小夜が扱うことに不安を感じてはいない様子に密かに安堵する。

「どうだ?」

 燈史郎に傍らから覗き込まれ、小夜は首を横に振った。

 手にした件の御影提灯は、時折思い出したように明滅するだけで、影が一つも形をなさない。役目を終えた光竹(ひかりたけ)のまわりで、桜や紅葉の型紙が底で泥のように沈んでいる。

 確かにこれはやりすぎだと、一年前の自分を諭したくなった。家族にさんざ笑われたわけだ。

「このまま使うのは無理だけど、でも、これまだいるね」

「本当か」

「欠かさず砂糖を八粒あげてくれていたみたい」

「すごいな。それにしたって、こんなに長くは、なかなか気に入られないだろう」

 感心する燈史郎に、小夜はこくこくと頷く。

 大都市の小間物屋だったら、こうは行かなかったかもしれない。地方の店であるが故、手広く品を取り扱っている稲葉屋は、祭の前後だけでなく光竹を取り扱っているのだろう。提灯の光源の大元となる光竹も何度か取り替えられているようだった。

 大切に大切に扱ってもらっていたのだと、どうしようもなく込み上げてくる嬉しさを噛み殺す。

 つとめて真顔を装った小夜は、つ、と顔を上げ、孝昭を見据えた。

「もしかして砂糖をあげすぎたことがあったのではありませんか?」

 孝昭は驚いた顔をした。清一がそっと弟の肩に綿入れをかける。

「この間、寝込んだ折に一日砂糖を与え損ねた日がありました。調子の悪い日はいつも食事を運んできてくれる姐やに頼んでいたんだけど、その日は他所に遣いに出ていたようで、代わりに来た者にはうまく伝わっていなかったらしく。気づいて次の日に慌ててあげたのですが、いつもと様子がおかしくて、昨日の分もと思ってもう八粒。その時は、元に戻ったのです」

「その時は」

「その後、また同じように調子が悪くなった時に、砂糖を増やしました」

「なるほど。それで調子に乗ったのです。少しさぼれば、あまい砂糖が余分にもらえると学んでしまった。稲葉屋様の砂糖はよほどおいしいのでしょうね」

 小夜の説明を聞いた清一が不可解な顔になった一方で、やはりその弟の孝昭は思い当たる節がありそうだった。どこか納得している気配すらある。

「もしかして、視えていますか?」

 小夜が尋ねると、孝昭は「ああ、やっぱり」と破顔した。

「勘違いじゃなかったんだ。特に砂糖をあげる時に、何かが動いている気がしたんだ。あれは一体何……けほっ、げほげほ」

「こら、孝昭。まったく。やっとこの間からの咳の癖が取れてきたばかりだって言うのに」

 興奮した勢いのまま咳を切った弟の背を、清一が慌ててさすった。

 それで、と清一は神妙な面持ちになる。

「そちらは知っていたわけだ。何かわからないが、()()が中にいるのを。悪いものではないんだろうね?」

 これまでとは異なるひやりとした物言いに、小夜は固まった。

 後ろから兄がいつも通りの気楽さで「いやいや」と手を振る。堅苦しさに疲れたのか、隣にやってきた燈史郎はそのまま足を崩し胡座を組んだ。

「お察しの通り妖怪みたいなもんだけどな、悪さできるようなもんじゃない。その辺を飛んでいる虫みたいなもんだよ。実際、俺らは蛍って呼んでいる。見かけは虫の蛍とは似つかないし、ちょっと綺麗なものと、あまいものが好きな性質だが……まぁ、羽虫には違いない」

「けど、他所でそんな話は聞いたことがないよ」

「他の店で売っているのは、もう何代も前にうちのを真似た紛い物だからだ。みんな、そんなことは覚えちゃいないだろうがな。兎野の神様たちは賑やかなものや新しいものが好きな性質だから色紙を貼りあせたものや近頃増えた硝子のものも歓迎されちゃいるが、由緒があるのは正しく影を仕込んでいるうちといくつかの店の御影提灯だけだ」

「つまり他の店のには入っていないんだろう。得体がしれないものを客を騙して売っているのには違いない」

 清一に言い切られ、むっとした燈史郎が床に手をつく。兄が立ち上がるより早く、小夜は抱えていた御影提灯をひっくり返した。

 ざざっと音を立て、中に仕込んでいた桜や紅葉の型紙が板間に降る。

 ぎょっとしている稲葉屋の兄弟を無視して、小夜は袂から取り出した塩入れを型紙の山の上で振った。

 塩が落ちるたびに、ぴぃぴぃと蛍が鳴いて部屋の隅に逃げていく。たぶん小夜にしか聞こえてはいない。

 顔を上げると、孝昭の肩がわずか飛び跳ねた。部屋の行灯に照らされ伸びた影がざわつく。

「何をしているんだい、この子は」

 清一の口調は詰問というより、突然の暴挙の意図をはかっているようだった。

 何をやっているんだ、と呆れ顔をしている兄は、今度は助けてくれそうにない。小夜は帯から引き抜いた風呂敷を広げ、散らかした型紙を集めながら、「ご期待に添えず申し訳ないのですが」と言葉を選び、前置く。

「一度こうなると戻せません。同じ提灯を使うにしても仕込み直しになります。型もいくつか用意してまいりましたので、新しい影を仕込むことは可能ですが、また蛍が入ることには変わりありませんので……どうするかはそちらで決めていただければ」

 尻窄みながら小夜は言い、ちらと兄を見た。燈史郎は切り替えるように、両膝に手をつく。

「……だな。こっちとしてはどっちでもいい。今日のところは帰る。あ、清一。注文していた紙だけ貰って行ってもいいよな?」

 聞かれた清一は、弟と提灯と小夜たちとを見比べ息をついた。

「……わかった。用意は済んでいるから」

 やはり得体の知れないものに対する不信は拭えないようで、清一は蒸し返すことはせずに立ち上がる。続き部屋を出た兄に置いていかれぬよう、小夜は急いで包んだ風呂敷のうちから蝶の型紙を八枚抜き取った。

「孝昭様」

 そ、と小夜は孝昭の傍に膝をつく。

「もしまだ怖くなければ、ですが」

「怖くはないよ。あれは楽しいものだった。兄さんが、申し訳ないことをしました」

 即座に否定した孝昭に、小夜は答えず顎を引く。

「仕事をしてもらう代わりに、蛍たちにお礼を渡すことになっています。普通は十四日前後で、勝手に気に入りを選んで好きに消えてしまうのですが、今回は私が追い出してしまいましたので」

 言いながら小夜は孝昭の手を取り、引き抜いた型紙を握らせた。

「後で型紙をその辺に並べて置いてください。できたら木戸は閉めずにおいたままで。もしも金平糖を一枚につき一粒置いていたら、きっとよりおもしろいものが見れますよ。五穀豊穣の祭の今宵は満月ですから」

 では、と小夜は頭を下げ、兄を追いかけた。


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