第7話 月のない夜に闇を照らす光(最終話)
「……四郎殿。紅葉の君を母屋までお連れください。慣れぬことをしてお疲れでしょうから」
「あ、ああ。楓殿は……」
「我は宿坊に戻ります。道々、魍魎共が悪さしていないか見て参りましょう」
「ひとりではまだ危なくはないか。姫様をお連れした後、共に行こう」
「心配無用でございます。一人残されては、紅葉の君も不安でございましょう」
ゆるりと首を振る様子に、桔梗は恥ずかしさも忘れて声を上げる。
「楓殿! ……また、お越しくださいますか?」
少々目を瞠ってから、楓は遠慮がちに笑みを作る。
「……兄君に叱られてしまいます」
「けれど! 『影』を斬れるのは、楓殿しかおりません。真剣に話を聞いてくれたのも、心を触れ合わせたのも……このように胸を騒がせておいて、何も言わずこれきりにするおつもりなら、ずるいと……思いまする……」
胸の前で固く手を握る桔梗と楓を見比べて、四郎は深く息をついた。それから勢いよく両手を合わせる。
「確かに、四郎もこの耳で聞きましてございまする。姫様が望むのなら、影を斬りに参ると、楓殿は申されました」
「それは……しかし」
「楓殿が正体を黙したのはどうしてでござるか」
拗ねたように腰に手を当てて尋ねる四郎に、楓は少し笑う。
「我は身寄りも、後ろ盾もない身。貴族の邸に呼ばれはしても、姫君と交流など……けれど、もう一年ほどは誤魔化せると思うたのです。成長途中の今ならば、紅葉の君の友に……いいえ。相談相手くらいには、なれるかと」
それは魂を合わせた桔梗にはすでに伝わっていること。身分違いの邪な思いを、けれど口にするほど楓は恥知らずではない。
「しかして、正体が明かされた折には、いかになさるおつもりでしたのか」
「『歩き巫女』は流れていくだけでございます」
ふむ、と四郎は腕を組む。
「――『物の怪憑きの姫』には、今のところ好奇の目はあれども文を寄こす気概のある者はおりませぬ」
「し、四郎!」
「神職が憑きものを落とした姫と親交を深めるのも……無い話ではないのでは」
「そう上手く話が運ぶとお思いか?」
「はて。この家は我を含めて姫様には甘い者ばかりでございますれば。姫様の憂いを祓い、都の陰陽師に匹敵する力をお持ちの楓殿なら、いかようにも」
にかりと笑う四郎から桔梗へと視線を移し、楓はしばし黙ってその姿を見つめる。桔梗のどこか必死な瞳は、月のない夜空のようにも見えた。
やがて、おずおずと問う。
「我が身はどこから来たとも知れませぬ。そのような者の……今様ではない歌を受け取ってくださるのですか?」
「不吉な双子の、物の怪憑きの娘と知って読んでくださるのでしたら……四郎が懐にしまいこんでしまわなければ、もちろん」
さやかに吹く風は赤い葉を運んできたけれど、ひととき、春の心地がその場を包むのだった。
*
新月の晩、空から降る影は『影穢』と呼ばれるようになった。
しかし見える者の限られるそれは表舞台で語られることはなく、陰陽師の陰の仕事としてひっそりと伝えられていくこととなる。
疫病や魑魅魍魎の発生を抑える彼らは、化け物を斬るという意味の「魅斬り」から『已桐』と名乗ることを許された。
新しい時代が来て、華やかな活躍を見せた陰陽道が鳴りを潜めても、『影』は降る。
今宵もまた、何処かのビルの上で、ほのかに光る太刀の軌跡を残した舞が見られるかもしれない――
双つ紅葉は影に舞う・おわり




