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光の雫、影の帳  作者: 『光の雫、影の帳』制作委員会
双つ紅葉は影に舞う/ながる
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第6話 楓の秘密

 四郎に体当たりして、二人はもろとも地面に転がる。


「姫様?」

「……ここは、だめっ」


 降りてきた影は土に染みこむようにして消え、その土からは赤目の蛇が顔を出した。四郎は蛇に太刀を向けるけれど、空では別の方向に降りていた影がゆらりと行く先を変えた。まるで桔梗が『影』を見ていることに気付いたように、幾本かの影が絡み合ってやってくる。

 桔梗は四郎を引っ張って(やしき)へと駆ける。

 紫苑が(まじな)いを施している邸の中なら、ひとまず安全だと感じていた。

 (きざはし)の下で待つ紫苑が符を構えている。追ってきた蛇はそれに焼かれることとなった。


「紅葉の君、影はまだ降りてきているのですか?」


 楓の質問に頷き振り返る。

 天に昇った『影』は集まりどこかで(かも)され、禍々しい力となってこの地に還ってくるのだ。細い影で小鬼や蛇が生まれるのなら、初めに見た太い影で百鬼夜行になるのも頷ける。人が飲まれれば、鬼にだってなるかもしれない。


「どの辺りか教えてください。我が斬りましょう」


 きゅっと唇を嚙んで、桔梗は迷った。

 空の上で細い影がいくつかこちらに伸びている。


「数が……方向も変えるので、うまく伝えられませぬ」

「……ひとつでも斬れば、魍魎が生まれる数を減らせるのでしょう? 手当たり次第でも。四郎殿、兄君、周囲に湧くものをお任せする」


 太刀を抜き、桔梗が教えずとも楓はやる気だった。

 見えるのに、役に立たない。桔梗はそんな自分に腹が立つ。どうすれば、と思案して、階から庭に降り立とうとしている楓の腕を掴む。


「そうだわ! 紫苑に見せたように、楓殿にも同じ術を使えば……!」


 空いた手を取って合わせて、桔梗は驚く楓の瞳を見つめる。

 楓は困ったように眉を下げた。


「それは……その、さすがに兄君と同じように、とは。同じ血を分けた兄妹と違い我は……」

「できない……と?」


 潤む瞳に見つめられ、楓は一息飲み込んで、それから深々と息を吐き出した。


「できまする。けれど、紅葉の君の安全も確約できなくなります。我が傷つけば、いくらかは貴女にも」

「なんだと!? 桔梗! だめだ!」


 紫苑が口を挟むけれど、束になった影が降りてきて、犬の大きさの蝦蟇(がま)が目の前に現れた。紫苑と四郎はそれに対応せねばならず、言い捨てるだけとなる。


「楓殿。()は見えるだけで何もできませぬ。見えることが何かの役に立つのなら……この命、楓殿に預けます」


 いっそ清々しく微笑んで、桔梗は楓の手を握りしめた。

 しばし目を泳がせた後、楓はふと肩の力を抜く。


「……貴女に嫌われたくはなかったのですけど……」

「え?」


 掴まれた手を解いて、楓はしっかりと桔梗を抱きしめた。

 華奢に見えた身体は思ったよりもがっしりとしていて、耳元で囁かれる(まじな)いの声は低く心地よい。

 やがて桔梗の身体は、楓の身とひとつに溶け合ってしまったかのような感覚に満たされた。腰が抜けて崩れ落ちそうになる桔梗を楓は支えて、そっと座らせる。


「その魂、お預かりします」


 桔梗の頬をひと撫でして、楓は踵を返す。

 四郎の斬りつけた大蝦蟇の横をゆっくりと通り過ぎて空を見上げた。


「紅葉の君を守りたくば、生まれ出づる魑魅魍魎は我に近づけないでくださいまし」

「承知した」

「勝手に……くそっ」


 まずは一閃。

 降りてきた細い五本の影のうち三本までを断ち切る。影はパッと散って闇に紛れた。落ちた二本から小鬼や毒虫が現れる。

 それらを四郎と紫苑に任せて、楓は灯篭から釣殿(つりどの)の屋根の上へと飛び移った。

 空ではまたひとつ細い影が方向を変えて降りてくる。

 消えた腕を不思議そうに確かめるようにぐんと伸びたそれを斬りつけた。

 空に繋がる断面がふるふると震えて、今度はいくつかが撚り合わされて太くなる。挑みかかるかのように真直ぐにやってくる影に、楓は怯えることなく軽やかに太刀を振った。


 楓の太刀に触れたものは、みな塵となって消えていった。

 釣殿と(ろう)の屋根の上を駆けながら、時に紫苑や四郎の傍に落ちる影にも飛びかかって断つ。ほのかに残る太刀の軌跡も相まって、美しくも激しい舞を見ているようだった。

 桔梗はぼんやりと座り込んだままそれを眺め、同時に自分が太刀を振るっているような高揚感にも見舞われる。

 また一つ細い影を斬って、楓の背後から迫る別の影と鳥の姿を見た。

 「あっ」と声を上げるより早く、楓はくるりと身体を回す。持っていた太刀が影を斬り、逸らした胸元を翼で抉るようにして鳥が横切る。


「……ちっ。四郎!」


 紫苑の符が鳥の羽に巻き付き、落ちてきた鳥に四郎が駆け寄る。鳥は首をもたげて炎を吐いた。四郎はものともせずに炎ごと鳥を真っ二つにする。

 桔梗が屋根の上で肩で息をする楓を見やれば、にこりと微笑まれた気がした。高鳴る鼓動が自分のものなのか、楓のものなのか、心配や恐怖から来るものなのか、また別のものなのか、桔梗は判じきれずにいる。


 激しいやりとりはそこまでだった。

 もういくつか細い影を斬った後、楓は屋根から下りて太刀を収める。


「ここまでのようです」


 視線の先では、空の切れ目に『影』がするすると吸い込まれるようにして戻っていった。


「楓殿、お怪我は」


 胸元に爪で引き裂いたような跡を何本もつけた楓を心配して、四郎が駆け寄る。紫苑は座り込む桔梗の元へとやってきた。


「そやつより桔梗だろう! 痛むところは? 大丈夫か?」


 胸の前で手を組み、ほのかに赤い顔をして楓を見ている桔梗に、紫苑は眉を顰めて振り返った。


「見た目はひどい有様ですが、怪我はありませぬ」

「なら、よか……!?」


 突如言葉をなくした四郎に苦笑して、楓はひとつ頭を下げた。


「あいすみませぬ。騙すつもりは、なかったのですが……聞かれぬのをいいことに、口を噤んでおりました」


 引き裂かれた布の内に見える白い肌に柔らかな膨らみはない。

 楓がそっと桔梗に手を伸ばせば、二人の繋がりはそこで切れた。

 ずっと胸に抱かれていたような心地が無くなって寂しくなり、そんなことを思う自分が恥ずかしくて、桔梗は赤らんだ顔を両の袖で隠した。


「なんだ? どういうことだ?」

「……女性では、なかったのですね」

「は!?」

「確かに、男の白拍子も歩き巫女もいないことはない……が」


 がっくりと肩を落として言葉をなくす四郎と対照的に、紫苑はわいわいと騒ぎ立てる。


(つま)でもない男が、あのようなふるまいを!?」

(まじな)いの一環でありまする」


 開き直ったのか、楓は軽く耳を塞いでそっけなく答え、それからにやりと笑う。


「ここであのような妖魅が湧くのなら、大量の『影』が降り注いだ都では今宵も百鬼夜行が練り歩いていることでしょうね」


 ハッとしてから紫苑はぐぬぬと奥歯を噛み締めた。


「くっ。馬はどこだ! 四郎! 呆けておらんで、そやつを桔梗に近づけるな!」


 バタバタと紫苑が出ていき、ようやく辺りは静けさを取り戻したのだった。


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