表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光の雫、影の帳  作者: 『光の雫、影の帳』制作委員会
双つ紅葉は影に舞う/ながる
22/38

第2話 白拍子の楓

 翌日、未の刻(午後二時ころ)に楓はやってきた。

 (やしき)に帰るまで、四郎は颯爽と現れて桔梗を救い出した白拍子のことを熱心に話して聞かせ、当日の準備も鼻歌交じりでしていた。邸内を軽やかに動き回る四郎の様子が桔梗はおかしくてたまらない。

 礼などと言いつつ、ただ会いたかっただけではないかと。

 そうか。四郎はああいうキリッとした美人が好みなのだなと、応援したい気持ちも沸いてくる。都を離れ、桔梗の守り役をずっと続けてくれている後ろめたさもあるものだから、好いた相手と添い遂げられるのなら、そうしてほしかった。


 東対(ひがしのたい)に通された楓は、何やら興味深そうにあちこちへと視線を走らせて、終いに御簾(みす)の奥の桔梗へと目を向ける。楓ほど見目の良い白拍子なら、この邸よりもっと広い邸にも呼ばれたことがあるだろうに。

 四郎も同じことを思ったのだろう。素直に口に出す。


「どうかしましたかな」

「……この家は護りが強いのですね。仕置きはしましたが、野狐の母などが逆恨みしてはいけないと思ったのですが……心配無用のようです。お身内に陰陽をなさる方でもおいでですか?」

「はい……兄が、少し」


 驚きと共に答えれば、楓は大きく頷いた。


「では、余計な心配でしたね。さっそく今様(いまよう)を……」

「お待ちくだされ」


 蝙蝠(かわほり)(扇)を取り出した楓に四郎は待ったをかける。


「昨日も思うたのだが、楓殿は普通の白拍子ではござらんのか?」


 ふふと笑う楓はまたも頷く。


「我は元々『歩き巫女』でございます。戯れに白拍子の真似事をしたところ、こちらの方で呼ばれることが増えまして。占いも祈祷もいたしますので、御贔屓に……などと甘いことを考えました」

「『歩き巫女』とな! なるほど、それで。姫様、『歩き巫女』は方々を渡り歩いて仕事をする者。我らの知らぬことも知っておるやも」


 決まった神社に所属しない流れの巫女は、忍びの者だとか間者だとか疑われたりもする。しかし、桔梗の家は探られて出るものなどない。近隣の者から物の怪憑きの噂を聞くよりは、先に相談してみてはどうかと、四郎はそう言いたいらしい。


「四郎は楓殿をずいぶん買っているのね」

「目の前で、あっという間に姫様を助け出して下さいましたからな」

「何か、気になることでも? 都の有名どころには及びませんが、山奥や海辺の村にも行ったことがございます。それが役に立てばよいのですが」


 楓は言いながらその場に座った。すっかり話を聞く体勢に、桔梗はひとつ息をついてから口を開く。


「両親にも、兄にも気のせいだと取り合ってもらえない話なのですが……」


 期待があったわけではない。半分は四郎の勧めに従った形だ。

 楓の滞在時間が延びれば、四郎も嬉しかろうと。




 桔梗の見る『影』の話を楓は口を挟まず最後まで聞いてくれた。

 一笑に付すこともなく、(おとがい)に手をやり真剣に何かを考えている。


「……ふむ。祈祷で薄くなる、と。お庭にはまだそれは在りますか?」

「黒々としたものは今はないのですが……そこの橋を渡ったたもとに薄いものが……」

「なんですと? 知らなんだ……」

「あまり人の寄るところではないし、薄いものなのですぐ消えるかと……」


 四郎が半蔀(はじとみ)(格子窓)を上げ、目を凝らす様子を追いかけるように楓も隣に立つ。


「勝手に消えるのですね? 四郎殿にも見えて?」

「いや。我はさっぱり」

「見えるのですから、何らかではあるのでしょう。ふむ。試してみますか」


 (きざはし)から下りて、楓は橋を渡っていく。腰に佩いた太刀を抜くと橋の左右を指した。


「どちらかな?」


 四郎が振り返って答えを待っているが、桔梗はたまらずに御簾の奥から出て四郎に並んだ。


「姫様」


 はしたないと四郎の叱責が飛ぶが、田舎で自由に慣れた桔梗にはあまり響かない。一応扇子で口元を隠して、楓の持つ太刀の方を指差して見せる。


「右手の方にございまする」


 にこりと頷いた楓が構えをとるのを桔梗はドキドキしながら見守った。

 陰陽師にも神職にも僧侶にも斬れなかった影ではあるけれど、だからこそ、御簾越しで見守るなどできるわけがない。

 舞の最中のように軽やかに、楓の太刀は斜めの線を描いた。

 竹を切るかのごとく影に線が入り、切られた上半分がさらに薄い粒子へとばらけて風に散らされていく。

 驚きのあまり、桔梗は声も出なかった。


「……姫様? やはり、変わりませぬか?」


 太刀を下げて、楓も桔梗を見やる。

 口の中の唾を集めて飲み込んで、ようよう桔梗は口を開けた。


「きえ……た」

「なんと?」

「風で、散らされて……すごい! 楓殿は優れた巫女なのですね!」


 掠れた声に屈んで耳を傾けた四郎は、途中で音量の上がった桔梗の声にのけ反って耳を押さえた。

 それを見て笑いながら楓はゆるりと首を振る。


「いいえ。我はそう大層なことはできませぬ。ただ、この太刀は御神刀なので、それなりの振るい方ができるというだけのこと。我にも紅葉の君が見ている影は見えておりませんので」

「だって、今まで誰もそんな風にできなかったのに! 楓殿、どうか時々影を斬りにいらしてくださいませんか?」

「それは……ええ。もちろん。紅葉の君が望むのでしたら」


 扇子で顔を隠すことも忘れてしまった桔梗の勢いを眩しいとでもいうように、楓は自らの袖を上げる。その陰から微笑みを覗かせたのを見て、桔梗は慌てて扇子を顔の前に戻した。耳まで熱くなってしまう。

 楓殿の所作はいちいち色気がある。

 見習わねばと深呼吸して、桔梗はふと四郎を見上げた。

 同じものを見ていた彼がどう反応しているのかと。


 四郎はすっかり楓の姿に釘付けだった。

 平静を装っているようだけれど、長年見てきた桔梗にはわかる。耳が少しだけ赤くなって、眉間に力が入っているのは照れ隠しだ。

 他人を見て少し平静を取り戻し、桔梗は楓を呼び戻す。

 今度こそ、舞を見せてもらうのだ。


 *


 楽しい時間は去り、夕餉の後で興奮した面持ちのまま桔梗は紫苑に文を書いた。

 寝所で横になっても、ふわふわと昼のことを思い出し、楓が四郎の嫁になってくれれば、どんなに明るい暮らしになるだろうと夢想する。

 もちろん、そこには困難があることも承知で。


 ――数日後、兄の紫苑が先触れもなくやってきた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ