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光の雫、影の帳  作者: 『光の雫、影の帳』制作委員会
双つ紅葉は影に舞う/ながる
21/38

第1話 小倉山の紅葉

 それは闇の濃い時代。

 (みやこ)には百鬼夜行が練り歩き、山には鬼が棲んでいた。

 人々の安寧を担っていたのは陰陽師。帝を、都を、占いと(まじな)いで護り、魑魅魍魎を祓う。華々しい活躍は山々を越えて多くの人の知るところとなる。


 しかし、その活躍は光のものばかりではない。

 呪詛、呪殺。失敗すれば己の身も危うくなる依頼もまた彼らの仕事だった。

 光と闇はほんの背中合わせで、そこに在るのである。


 *


 秋晴れの小倉山は錦の衣で覆われていた。

 都を離れたいつもは静かな界隈に、紅葉狩りに来た人々の陽気な笑い声がこだましている。

 静養の名目で麓の(やしき)に滞在している桔梗も、陽を透かす赤や黄色を虫の垂れ衣越しに楽しんでいた。

 いいかげん邸に篭もっているのも飽きてきたと、護衛の四郎を連れて散策に出たのだ。

 女房が選んでくれた(うちぎ)(かさね)の色目は(はじ)紅葉(もみじ)。蘇芳の落ち着いた赤紫色に黄色が若々しい明るさを添える。景色から浮きすぎることもなく、昨年裳着(もぎ)の儀を済ませたばかりの桔梗によく似合っていた。


「……姫様、そろそろ戻りませんと」

「もうちょっと。久しぶりの外の空気ですもの」

「秋の日はつるべ落としと言いましてな。すぐに暗くなりもうす。『影』を怖がるのですから、早め早めの……」

「はぁい、はい。もう。『影』など四郎が祓ってくれればいいのに……」


 四郎は小さく息をつく。


「我には見えぬものゆえ。それに、この刀では切れなかったのでござろう?」


 桔梗の()()にも真摯に付き合ってくれる四郎は、三十路を超えた大柄な男で、嫁ももらわずにのらりくらりと生きている。武家の四男で腕は確かだが、どうにも緊張感がない。だがそれも、物の怪憑きと噂され、田舎で引きこもり生活を余儀なくされている桔梗にはありがたいことだった。


(紫苑は怪我などしていないかしら……)


 (みやこ)で陰陽を学んでいる双子の兄を思って、しばし色の向こうを眺める。

 このごろ都では魑魅魍魎が巷を騒がせているらしい。物の怪がぞろぞろと練り歩く百鬼夜行を目にした者は、病に倒れたり、死んでしまったりするそうだ。

 物の怪を祓ったり、護符で災いを除けたり、紫苑は優秀な学生(がくしょう)だと一目置かれている。安倍家や賀茂家ほどではないものの、陰陽で食べていけるくらいには栄えていた頃の血が濃く現れたのだろう。

 桔梗も何か役に立てれば良かったのだけれど。


 同じ腹から産まれたというのに、兄が見えるという魑魅魍魎は桔梗には見えない。その代わり、人の周りに、柱の陰に、黒い影を見た。

 誰に聞いても、紫苑の博士(せんせい)でさえ、「そんなものは見えない」と言う。双子はあまり歓迎されないこともあって、桔梗は小倉山の別荘地へ隠匿されることになったのだ。

 落ちぶれてきた家をまた盛り上げる機会を、妹姫の存在とふるまいで失くしたくはないらしい。


 祈祷で一時的に影は薄くなる。そのまま消えることもある。だが、四郎の刀で庭の隅にある影を斬ってもらっても、影は消えも散りもしなかった。符も札も効果はないようだ。


「でも、たまたまそこを通った小鳥が、しばらくして地に落ちたのよ。良くないものに違いないのに……」


 気をもむ幼い桔梗を不憫に思ったのか、四郎は囲いを作って人が近づけないようにしてくれたこともある。


「姫様? また影が見えまするか」

「ああ、いえ。大丈夫。紫苑に文でも書こうかなって」

「おお。それはようございますな。形の良い葉を添えれば、兄君もこの地に足を運びたくなるに相違ありませぬ」


 しばし過去を見ていた桔梗は我に返って、大きな体を縮こませて赤や黄色の葉を拾う四郎の隣に屈み込んだ。

 人の多いところに影はある。けれど、花や紅葉の季節の自然の中ではごく少ない。自分に見えるものが人の恨み辛みや悪意なのではないかと、ここまで付き合ってきた桔梗はおぼろげに思っていた。




 何枚かの葉を両手に人混みから離れ、山を下っていく。

 途中、大きな道を外れて近道をするのだけれど、桔梗の前を行く四郎が途中でピタリと足を止めた。


「四郎?」

「あいすみませぬ。少々、様子が……」


 辺りを見回してみても桔梗には明るい林道にしか見えない。道が塞がっているわけでもなく、聞き耳を立ててみても鳥の声がするだけ。ただ、少し冷たい風が桔梗の頬を撫でた気がした。

 腕組みをして仁王立ちする四郎に不安になり、桔梗はその袖を引く。


「物盗り、とか?」

「ああ、いえ。そのような不届き者ならば、四郎が懲らしめてやりますゆえ心配ござらん。道に迷った、というか……」

「え?」


 大きな道を逸れてからはここまで一本道だった。

 桔梗ひとりなら入る道を見落としたりもするだろうけれど、四郎がそんなうっかりをするだろうか。


「もうしばし行ったところにちょうどいい岩がありまする。そこまで行って、少し休みましょう」


 四郎の言う通り、腰かけるのにちょうどいい岩があって、ならば道は間違っていないのではないかと桔梗も訝しむ。四郎は手拭いを取り出してそこに敷いてくれた。


「どうしたの? 知った道なら間違いではないでしょう?」


 四郎は辺りを見渡してから眉を下げた。


「それがですな……この岩を見るのはこれで三遍目でして……気のせいかとも思ったのですが」


 困り顔は狐狸の類に化かされているかも、と一つ息をついた。


「少し先を見てきまする。姫様が見えなくなるまでは離れませんので、しばしお待ちくだされ」


 そう言って歩き始めた四郎の背中は、一間(約五メートル)ほど離れたところでむくむくと湧いてきた霧に隠れるように消えてしまった。

 驚いた桔梗が腰を浮かせたところ、霧は桔梗を囲むようにじわじわと狭まってきた。


「し、四郎!」


 震えた声で呼ばわっても、返事はなかった。

 懐に忍ばせた護りの札に手を寄せて、桔梗は立ち尽くす。

 ――と。

 霧の向こうから誰かの足音が聞こえてきた。

 すっと布を払うような手が見えたかと思うと、霧は一気に薄くなった。

 四郎が消えた辺りから桔梗の方へ歩み寄るのは、立烏帽子(たてえぼし)に白い水干(すいかん)緋袴(ひばかま)の美しい白拍子で、警戒も露わな桔梗を見て微笑んだ。


「四郎殿の連れというのは貴女ですか」


 まさか物の怪の類ではないかと疑って、返事をためらう桔梗の前で、その白拍子は小さな香炉を取り出した。

 道の真ん中にそれを置き、薫物(たきもの)(練り香)を乗せる。ゆっくりと立ち上った煙が木々の間へ通り抜けていった。

 その先、がさりと草を揺らすものがいる。白拍子は身も軽く駆け寄り、懐から扇を取り出して振りかぶった。


「……キャンッ」


 犬の鳴き声のようなものがして、とたん、霧が晴れ明るさが戻る。


「姫様……!」


 見えなくなっていた四郎も額に汗して戻ってきた。


「ああ。よかった。痛いところは? 怪我などはございませぬか」

「だ、大丈夫」


 ほっと息をつく四郎の方へ、木々の中から白拍子がやってくる。手に何かを提げていた。


「下手人はこやつですね」

「おお。狐か。まだ小さい、か?」

「力の使い方を覚えたので、使ってみたくなったのでしょう。後で灸をすえておきましょう」

「いやぁ、鮮やかな手並みでござった。都でも通用するのでは」


 少し大げさに褒めた四郎を白拍子は鼻で笑った。


「それなら苦労はありませぬ」

「だが、我らは確かに助かったのだ。礼をさせてくれ!」

「大層なことでは……そうですね。では、屋敷で歌舞(うたまい)を数うさせていただこう。今宵は別に予定があるゆえ……明日にでも参ります」


 白拍子は桔梗に近づくと、手にした葉の中から赤と黄色半分に色が分かれているものをひょいと取り上げた。


「これは、手付けにいただいていくとしましょう。ごきげんよう。紅葉の君」


 背丈は桔梗とそれほど変わらない。少し低めの声で囁き微笑む顔は、虫の垂れ衣越しでも大層美しかった。男装のせいだろうか。紫苑の凛とした雰囲気に似ていたからだろうか。口元のほくろが艶めかしくもあり、桔梗は頬が熱くなるのを感じる。


「あ、あの! お名前は……」


 踵を返しかけた白拍子に尋ねれば、彼女はしばし考えてからもう一度笑う。


小倉(おぐらの)(かえで)、とでも」

「楓御前でござるな!」

「御前などと大げさな……」


 四郎のいつもより興奮した声の調子に、桔梗はふと気づく。

 四郎はこの美しい白拍子をひと目で気に入ったのではないかと。こっそりと袖で口元を覆って笑った桔梗に白拍子も気づいて、目だけで笑い返してきた。


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