02
五穀豊穣の祭事が始まったのだろう。社の方から笛と太鼓の音が響いてきた。
祭客も大半が見物しているようで、参道の人通りがまばらになったのを見計らい、小夜と兄の燈史郎は屋台を父姉に任せ、稲葉屋へ向かった。
必要な道具はほとんど兄が背負ってくれていた。
代わりに小夜は提灯で辺りを照らしながら、唯一任された藤籠を抱え、夜道を行く。
「消えて十日は経つというから、元の通り直すのは無理だろうけどな」
道すがら兄から事の次第を聞き、小夜は驚いた。
清一の依頼は、昨年買った御影提灯の修理だった。
長く病床についている弟がいたく気に入って大事にしていたが、とうとう壊れてしまったという。
確かに父の言う通り、その御影提灯を手がけたのは小夜で間違いなさそうだった。
提灯の内で、桜と紅葉が絶え間なく降り注ぎ、小鳥が飛び、蝶が舞う。影は影であるはずなのに、無意識に鮮やかさを彷彿させる。
自分では特別うまくできたと思ったのに、何でもかんでも詰め込みすぎだと家族からさんざ笑われた、小夜がはじめて商品としてつくりあげた御影提灯だ。
「砂糖を日に八粒、本当に一度も忘れることなくあげることができていたの?」
「みたいだ。半年持ったことがあると聞いた時も驚いたが、さすがに一年は初だよな。選り分けるのだって面倒だろうに」
ほとほと感心したように言った燈史郎が、おもむろに手を振りあげた。
見れば、橋の麓に稲葉屋の清一が立っている。
「本当に葵ちゃんと祭に行かなくてよかったのか?」
「もともとあちらのご家族が来るまでという話だったからね。わざわざ出向いてもらって、すまない」
先とは違い気負いのない二人の物言いに小夜はひそかに面食らった。
こそりと兄の袖を引けば、葵を含め子どもの頃からの友人なのだと言う。十日祭の期間の他も、兄は父について仕入れに出かけることがあったから、親交を深める機会も多かったのだろう。
「親父には内緒にしておいてくれ。今もこんな調子だと知られたら振る舞いがなっていないと怒られる」
「あの調子で話され続けたら、私の方が肩を凝るよ。しかし、小夜ちゃんと言ったっけ? 見ないうちにずいぶんお嬢さんらしくなったね。前は本当に小さかったのに」
「小夜が兎野に来るのは久しぶりだからな。末の弟を産んだ後、お袋の調子がずっと悪くてな。おばさんたちと一緒についててくれたんだ。おかげで年中つきっきりでお袋たちから仕込みを叩き込まれている分、小夜の腕は近く当代一になるだろうと家族の間では踏んでいる。安心してくれ」
「それは頼もしいね」
初対面ではなかったらしいと記憶を探っていたところに、初めて聞いた家族からの評価に小夜は面映くなる。思わず及び腰になる小夜の背を叩き「まぁ、型とりは俺のほうが上だけどな」と燈史郎は一人得意気に言った。
「しかし、清一の弟って孝昭だろう? かなり前に脚を悪くしたとは聞いていたが、具合も悪かったのか?」
「うん。動けないから、どうしても身体を壊しがちになってしまってね。以前に比べると、随分調子がよくなりはしたんだけど」
先頭を行く清一が、稲葉屋の玄関戸を開けながらほろ苦く笑う。
小夜は辺りを見渡した。町屋の並ぶ夜の大通りは、人気がない。豊穣の満月が染めあげる通りは静かで、祭が行われている場所と地続きとは思えない。
「小夜」
兄から呼ばれ、小夜は戸をくぐった。




