三毛2 三本目の脚
馬車に転がり込んできた黒猫ソルは、とんでもなく世間知らずで、救いようのないおバカさんだった!
「なんで人間を二本脚って呼ぶの?」と聞けば「ニンゲン? なんだそれは」と首を右に傾け、「猫を四本脚と呼ぶなら、犬は?」と問えば「ネコ? イヌ? それはニンゲンとやらと何が違うのだ?」と首を左に傾ける。猫と人間の区別がつかないどころか、種族という概念すら理解できないらしい。
私が人間だったら、二本の前脚で頭を抱えたことでしょう。
「いい? よく聞きなさいよ、ソル」
私は揺れる荷台の上で、この世間知らずに言い聞かせることにした。
「私たちが探してるのは『黒竜』。あんたが見たことないくらい大きくて、空を飛んで、口から炎を吐く恐ろしいトカゲみたいな化け物よ。アルの村を焼いた憎き敵なの」
「トカゲ?」
ソルは首を傾げた。
「トカゲなら知っている。あの、尻尾を切って逃げる卑怯な小物のことか? あんなものが村を焼くとは、二本脚の村というのはマッチ箱でできているのか?」
「……はぁ」
こんなに深いため息は初めて。説明するだけ無駄だったわね。
そのとき、御者台からアルが振り返り、ニコニコしながら言った。
「どうだ、仲良くやってるか?」
彼は手綱を片手に、もう片方の手で私の背中を優しく撫でた。
首筋から背骨に沿って、尻尾の付け根まで。絶妙な力加減とリズム。
ゴロゴロ……。
ああ、ダメ。抗えない。私は思わず喉を鳴らし、目を細めてしまった。
「うーん、そこそこ……」
アルの手は魔法の手だ。荒れた戦いの中で鍛えられた武骨な手なのに、私に触れるときだけは絹のように繊細になる。
私はうっとりしながら、隣でジトっとしているソルに流し目をした。
「見てなさい、ソル。アルは世界で一番、私たちの毛並みを撫でるのが上手なのよ。あんたもちょっと試させてあげてもいいわよ?」
どうよ、この極上のテクニック。野良同然のあんたには刺激が強すぎるかもしれないけど。
しかし、ソルは鼻で笑った。
「フン、何を言っている」
彼は毛繕いをする手を止め、不敵に言い放った。
「吾が下僕こそが、最高の撫で手だ。彼女の手は乾いた木のようだが、そこには魂がこもっている。耳の後ろをカリカリと掻くときの絶妙な角度、喉の下を撫でるときの温もり……貴様の下僕など足元にも及ばんわ!」
「はあ? なんですって!」
カチンときた!
アルの撫でスキルを侮辱するなんて、許せない!
第一、アルは下僕なんかじゃないし!
「あんたの飼い主なんて、どうせ爪も立てられないくらい力が弱いんでしょ! アルのマッサージは凝りまでほぐれるのよ!」
「力任せなだけではないか! 吾が下僕の撫では、芸術の域なのだ!」
馬車の上で、シャーシャーと威嚇し合う私たちを見て、アルは「おーおー、元気だなあ」と呑気に笑っていた。まったく、平和ボケしてるわね。
一通り言い争って疲れた頃、私はふと気になっていたことを尋ねた。
「……だいたい、あんたが自慢する『三本脚』って何なのよ。三本目って杖?」
「む?」
ソルがキョトンとする。
「その『ツエ』というのは、なんだ?」
またそれだ。
「あんた、杖も知らないの? まあ、無理ないわね。杖と脚の違いもわからないおバカさんなんですもの」
私は呆れながら前脚を舐めた。
「なんだって?」
ソルがムッとして髭を震わせる。
「杖っていうのはね、脚が悪い人たちが、歩くのを助けるために使う木の棒のことよ。脚の代わりに地面を突いて使うの。……あんたの飼い主、歩くときに脚を引きずらせたりしてなかった?」
ソルは少し考え込み、頷いた。
「ああ。引きずらせていた」
「それなら決まりね」
私は確信した。
三本脚というのは、脚の悪いお婆さんが杖をついている姿を、この世間知らずが勘違いしただけの話だ。
「三本のうち一本を引きずらせてて、他の一本は他よりもずっと細かったでしょ? 木の棒なんだから」
謎は解けたわ。
そう思ってドヤ顔を決めた私だったが、ソルは眉間に皺を寄せ、首を傾げた。
「む? それはおかしい。確かに一本だけ太さは違うが——」
ソルの言葉の続きは、アルの弾んだ声によって掻き消された。
「おい、見えてきたぞ! 東の町だ!」
前方に、石造りの城壁と、活気あふれる町並みが広がっている。
私たちの会話はそこで途切れた。ソルは「おお、あれが二本脚の巣か!」と身を乗り出し、私は釈然としない気持ちを抱えたまま、近づく町を見つめた。




