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「かげぇ、かげぇ、御影提灯はいらんかね」
客を呼び込む姉の声に応じ、小夜は両手いっぱいに掴んだ提灯を往来の祭客に掲げた。思いのほか勢いづいていたらしい。棒先で揺れた提灯同士がぶつかって、あらぬ方向に影が散った。
小夜が息を飲んで固まっている間にも、祭客は賑やかに参道を行き交っていく。五穀豊穣の祝いに始まるこの地—— 兎野の秋祭は、その後、神々の会議のため他所へ出向く主神たちの見送り、この地に残る留守神たちの宴会と十日続くため十日祭と呼ばれていた。
小夜たちの屋台同様、あちこちで売られている御影提灯は主神の見送りの際の道行きの明かりとして使われる。その後の宴会期間は家の軒先に吊るす慣わしのある十日祭に欠かせないものだ。
ようやく提灯の揺れが和らいで、元の通り、蜻蛉が稲穂の上をついと飛んでいく。
小夜はそっと息をついた。額に噴き出た冷や汗を袖で拭いたかったが、せっかくの仕込みが崩れると思うと、もう不用意に動けない。
「さすが蛍屋。よい出来だ」
はっと小夜が顔を上げると、提灯越しに切れ長の瞳と目が合った。目尻に刷かれた紅が、提灯の明かりに照らされて艶やかに浮かびあがる。爪紅の乗る細指でかき合わせた羽織の地味さに反して、結髪の簪と一緒に挿してある稲穂が目をひいた。
小夜たち同様、祭のために他所から出稼ぎに来た芸人なのかもしれない。ちょうど姉と同じかそれより歳上か。
堂に入った佇まいは、次の正月にようやく十三になる小夜には随分と大人に見える。微笑まれ、あまりの美しさに、ぼうとしてしまった。
「今年も楽しみにしているよ」
ついでのように指先で小突かれた提灯がまた揺れる。揺れた影のうちから迷い出た蜻蛉が一匹、離れていく客の背を追い、止める間もなく飛んでいってしまった。
「仕方がないわ。稲穂がついていたもの」
一部始終を見ていたらしい姉の真夕が、途方に暮れる小夜の背を叩く。肩が震えているのは、笑いを押し殺しているからに違いない。
小夜が拗ねるように見上げると、ほら、と再度背を叩かれた。
「父さんが呼んでる」
姉の示す方に顔を向ければ、確かに父が手招いていた。傍らには兄の燈史郎と、客らしき若い男女が立っている。
「小夜。こちら稲葉屋の若旦那の清一様と婚約者の葵様だ」
父に紹介され、小夜は会釈する。
稲葉屋というと小夜の里が紙をおろしてもらっている小間物問屋の一つだ。兎野に着いた時に店の前を通ったが、祭の間世話になる社への挨拶を優先したため、顔を合わせるのは今夜が初めてだった。
蛍屋の御影提灯を買ってくれたらしく、葵の手には今朝並べた覚えのある提灯が握られていた。
明らかに今日見た人の中で一番清潔感のある身なりの二人に、小夜の背が伸びる。さすが商人というべきか。人好きのする出で立ちだ。
その二人が揃って当惑した顔を小夜に向けるのは、気のせいではなさそうだった。
「ご心配なさらずとも腕は確かです。ご相談の御影提灯は小夜が仕込んだものなので本人が見るのがよいでしょう。燈史郎も行かせますので、話をつけていただければ」
父が請け負うと、清一はちらと燈史郎を見やった。燈史郎が頷くと「左様ですか」と清一が父に向き直る。
「では、よろしく頼みます」
話はすでにまとまっているらしい。小夜は一人話が読めぬまま、父兄に倣って往来に帰っていく二人を見送ることになった。




