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1話 不思議な転校生

月光の下、赤い瞳で自分を見下ろす化け物を前にして、

私は悟る。


「この人になら、喰べられてもいい」

生きる理由なんてなかった。

世界は薄っぺらくて息苦しく、何もかもが灰色にしか見えなかった。

窓際の席から眺める校庭には、桜が散り始めていた。春風に舞い上がる花びらは、私の命みたいに儚くて――すぐに地面で踏みつけられる運命だった。

望月沙也加。

十七歳、二神高校三年生。

特技なし。友達なし。未来なし。そんな風に自身を規定していた。

机に突っ伏して目を閉じると、教室内のざわめきが遠くなる。

チャイムの音が、今日は少し違って聞こえた。

「今日は新しい仲間を紹介します」

担任の声に、クラスメイトたちが一斉にどよめく。「それじゃ、入ってきて」

ドアが開き、入ってきたのは――まるで夜の闇を身にまとったかのような少女だった。

艶やかな黒髪。切れ長の瞳。白磁のような肌。

だが、一番異質だったのはその佇まいだ。まるで影の中に立っているようで、呼吸さえ忘れるほどの強烈な存在感を放っていた。

「黒咲詩織です。よろしくお願いします」

挨拶は短く、それでいて重い響きがあった。

彼女はクラスを見渡し――私のところで、ほんの一瞬だけ足を止めた気がした。

目が合った。鋭利な視線が、私を射抜くように通り過ぎていった。

席は私の斜め後ろに決まった。


授業中、鉛筆の削れる音、紙をめくる音。それらすべてが、彼女のいる空間を通すだけで、金属音のように硬く、無機質に響いた。

彼女は一度も筆箱を開けず、ノートも取らず、ただじっと黒板を見つめていた。


「黒咲さん!どこから来たの?」

「好きなものは?」

「どこら辺に住んでいるの?」

休み時間、クラスの子たちが興奮気味に彼女に話しかける。

彼女はそれに淡々と答えていた。張り付けただけの笑み、まるで人を人として見ていないような、冷たい視線。

私は彼女から、生きた人間性を感じ取ることができなかった。

放課後、図書室でひとり本を読んでいると、背後でページをめくる、静かで一定の音がした。

振り返ると、黒咲詩織が静かに本棚の前に立っていた。

手にしているのは――『罪と罰』だ。

その不釣り合いなチョイスに、なぜか心臓が強く鳴った。

「望月さん」

突然、呼びかけられて肩が跳ねる。「……私?」

「そう。少しいいかしら」

連れて行かれたのは屋上だった。

鍵のかかった扉を、彼女は何事もないように開け、私は理由も聞かずに黙って従った。

夕焼けが、錆びたフェンスと二人の影を赤く染める。

「あなた、死んだ魚みたいな目をしてるのね」

「……酷いこと言うんですね」

「ごめんなさい。でも、綺麗だったから」

笑った。ぞくりとするほど妖艶な笑みだった。

「死にたい?」

「……え?」

耳を疑った。転校したてで、初めて話す相手にそんなことを聞くなんて。

私は答えられなかった。

「答えないのが答えね」

彼女はフェンス越しに町を見下ろした。私も隣に並んで立った。

「私に殺されるなら、どう?」

冗談にしては重すぎる、真に迫った提案。

けれど、怖くなかった。むしろ――

「……痛くなければ、いいかな」

「ふふ、面白い人ね。望月さんは」彼女は微笑んだまま、手を伸ばして私の頬に触れた。

冷たい指先。人間じゃないみたいだと思った。

「それじゃあ、その時は優しくしてあげる」

奇妙な人だ。全てを見透かしているかのような態度。でも、どこか落ち着く彼女の声に、私は居心地の良さを感じていた。

その日以来、私は彼女と特別関わらなかった。彼女はクラスの中で浮いていた。最初は人集りができていたが、あまりにも世間離れしたその雰囲気に、次第に皆、自然と避けるようになっていた。

綺麗な顔立ちで、人間味の無い彼女の面影に、私とは違う世界の存在な彼女と、この先も特に関わることなく過ごすのだろうと、漠然と考えていた。

....そう、あの日までは


数日後の夜。

図書室で読書に耽っていた私は、時間を浪費しているうちに、気づけば夕日が沈んでいた。部活生の帰宅する声も遠くなり、私は一人、学校を後にした。

家に帰りたくない。そんなことを思いながら、街灯の少ない路地を選んで歩き、できるだけ遅い時間に帰ろうとしていた。

気づけば、いつもと違う帰り道を通っていた。周りには畑と雑木林が広がっていて、虫の鳴き声が忙しなく響いていた。ただ、その声の中に、聞き慣れない得体の知れない音が混じった。


――違和感に足が止まる。


闇の中で、何かが動いた。

それは四つん這いで、影そのものが伸び縮みしているようだった。

耳障りな呼吸音。滴る唾液の音。

影がゆっくりと立ち上がった。

異形だった。赤い目玉がギョロギョロと動き、どんな黒よりも深い黒い身体と長い尾、鋭い牙が見えた。

あれは……なに?

目を凝らすと、化け物の手には人のようなものが握られていた。手足は不自然に曲がり、臓物が垂れ落ちている。

まるで人を虫けらのように、ブチブチと鈍い音を響かせながら引きちぎっては口に運んでいる。

あまりにも現実離れしたこの光景に、脳は正常な判断をしきれなかった。頭の中で様々な感情が渦巻く。

逃げなくちゃ、走らなくちゃ。そんな曖昧な思考が巡る中、ひとつの考えが横切った。


もし、声を上げて、この化け物に食べられたら...


身体が無意識に後ずさりしていた。

パキッ

足元にあった枝の踏まれた音が響いた。

化け物はこちらに気づいた。目と目が合い、荒々しい息音が聞こえた瞬間、私の視界から化け物が消えた。


瞬きする間もなく、化け物は大きな手で私を組み伏せていた。

鋭利な牙が並ぶ口からは、鼻を突くような生々しい血の臭いがした。


--死--


考える間もなく、直感的にその文字が頭に浮かんだ。

その時、化け物の口から思いもよらない言葉が発せられた。

「モチヅキサン....?」

その声に聞き覚えがあった。低く、唸るような声だったが、私は確かに聞いたことがあった。

そうだ、先週転校してきて、屋上で話した黒髪のクラスメイト。

──黒咲詩織だ。

雲が晴れ、大きな月が顔を出し、月の光が私と化け物を照らす。

黒くて、大きくて、人をチーズのように引き裂いて食べていた赤い目の化け物。


もし、この化け物があの黒咲詩織だったら。

私とは真逆な綺麗で、冷たい目をした彼女だったら。


その恐ろしくも美しい化け物に、私は強く惹かれた。

「この人になら、喰べられてもいい」と――。



どうもaリズムです。

初めて小説?を書いたので生暖かい目で見守ってください。

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