EPISODE 8 「出発の朝」
今日は、カグツ遺跡へ調査をする日だ。
少し早めに起きたサミュエルは、身支度を整え、わざわざラーズグリーズの要望どおりにおにぎりをせっせとこしらえる。メリルは女の子なのでサンドウィッチの方が良いだろうと、細かい気づかいも忘れない。
もっとも、細かい気遣いというよりも、こういうところはマメなのだ。
ピクニック気分全開のバスケットにおにぎり、サンドウィッチ、そしておかずに水筒を入れると。ちょうど良い時間だった。
シェイナの朝食を用意して、昨晩の内に伝えてはいるが、書置きをテーブルに置く。
これでもう、何の心配はない。
「じゃあ行きますか」
サミュエルは遺跡の調査など面倒だと思いながらも、自分自身に言い聞かせるよう呟いてドアを開けた。そして……
「誰だ、貴様は」
なんだかもの凄い美女に、いきなりそんなことを言われた。
「いやいや、君が誰だよ?」
どこかで見たことがある、が……はっきりとしない。
容姿といい、腰まで伸ばした繊細で美しいプラチナブロンドといい、人形のように作らたのではないかと錯覚してしまいそうな美しさだが、残念なことにその整い過ぎた容姿には表情がなかった。
まさに無表情という言葉がここまで当てはまる者は彼女以外に存在しないのではないか、と思わせるほどに無表情だった。
そして女性にしては長身だが、細くか弱そうな印象を与えるそんな体も、見るものが良く見ると鍛えられていることがわかる。
「あ、ひょっとして、マリア・バレンタインさんかな?」
先日、ストラトスが持ってきたお見合い写真で唯一まともに写真を見た人物だと思い出した。
すると、無表情の美女はビクリと反応すると、
「き、貴様、なぜわかった!」
と、驚いたような声を出した。無表情で。
もっとも、声自体もあまり驚いた様子ではなかったが、もしかしたらこれで十分に驚いているのかもしれないとサミュエルは思った。同時に、馬鹿にされている可能性も十分にあるとも思う。
「写真で見たんですよ。君のお兄さんが、お見合い写真として送ってきたので」
本人は知らなかったのか?
ふと、そんなことを思ったサミュエルだったが、マリアは無表情ながらにポンと手を叩く。
「ああ、貴様がサミュエル・ルードか。兄上から話は聞いているぞ。どうしても私と結婚したいらしいな」
「へ?」
なんだか話が違う。
「とはいえ、私はこの年齢で結婚するつもりはない。それに、私は弱い奴と結婚する気はないぞ」
「ご心配なく、私もこの歳で結婚する気はありません」
「……と、いいながらも、サミュエル・ルードはこの人なら、と内心は思った」
「何言ってんのッ?」
「お前の心を読んだのだ」
相変わらず表情に変化はないが、どことなく自信満々である。こころなしか胸を張っている気がする。
そんなことを思った瞬間だった。
サミュエルはとっさに一歩引く。本当に瞬間送れて、ヒュンという音が先ほどまでサミュエルの首があった場所を通過した。
「貴様、今……胸が小さいと思っただろう?」
マリアの手には長剣が握られていた。
つまり、ヒュンという音は剣を振った音で……
「何勘違いで抜刀してるんだよ! しかも、もの凄く早いし、避けられたことが奇跡的だし!」
「確かに私は女としては凹凸の少ない体だが、これはスレンダーといってモデルなどに多いスタイルだ!」
「聞いてないから。別に、そんなことを聞いてないし、説明も要らないから!」
どうしてこんなに朝から疲れなきゃいけないんだ?
心底そんなことを考えながら、誰かこの状況を何とかしてくれと切に願った。
一方、サミュエルの弟子であるメリル・ウェラーも誰かにこの状況を何とかして欲しいと切に願っていた。
なぜなら……
「ふむ、我が心の友の弟子だな。私はラーズグリーズ・オルフォン。もっとも、名乗らなくても私の話は聞いていよう。普段は、邪険な態度をとる友だが、あれはツンデレという類であることは十二分に承知しているからな。さぁ、メリル・ウェラー。心の友の家に行こうではないか!」
誰この人?
一方的に喋る奇抜な格好をした変人に付きまとわれ早数分。メリルは困りに困っていた。
まず、心の友って誰? 多分、弟子とか言っていたのでサミュエルのことかなと首をかしげてみるが、彼からラーズグリーズ・オルフォンという人物の話など一度も聞いたことがなかった。
だが、メリル自身はラーズグリーズの名前を知っていた。
イスタリオ王国の貴族でも、古い一族の一つであるオルフォン家の天才。同時に、天災であり、変人であるとの話を聞いたことがある。
「今日は遺跡調査とのことだが、友はきっと私のためにおにぎりを用意してくれているであろう。あれで意外とマメというか甲斐甲斐しいからな。女性であればよき妻となると褒めるところだが、残念ながら友は男だ」
うん、変人だ。
というか、服が変だ。変過ぎる。
東方の着物はまだいいだろう。上質な青い着物も彼のような整った容姿の人物が……ややたれ目だが……着るのは似合っている。だが、目がチカチカするほどの腕輪、指輪、首飾りを身につけ、どういうわけか髪を束ねるターバンからは巨大な鳥から取ったのかそれとも人工的に作ったのか、巨大な羽が一枚。さらに、緑と青が綺麗に交わっている巨大な羽を七枚背から生やしている。
「なに、この孔雀男は?」
シンプルな服装をしているサミュエルとは正反対過ぎる。本当に友人なのか?
そんなことを思いながらも、一刻も早くこの孔雀男から解放されたいのかサミュエルが待つ事務所へ早足になるメリル。
「おお、そんなに急がなくても友は置いていったりはしないぞ!」
あなたから離れたいんです!
そう怒鳴りたいメリルだったが、必死で耐えた。
多分、こういう人にはなにを言っても通じないだろうと、本能で察したからだ。
「しかし、そなたは姉とはあまり似ていないな」
「姉?」
つい、返事をしてしまった。
しまったと思った時にはラーズグリーズはうむと頷くと話し出す。
「そうだ。ルーシー・ウェラーだったな。昨日、私が事務所を訪問した際に居合わせたのだ。しかも……我が心の友がちょうど口説いているタイミングだったのだぞ! 私は自身のタイミングの良さに歓喜したものだ。まさか、あれだけ女など興味がないといっていた友が自分の傍に置いておきたいからという理由から事務所で働かないかと誘う場面を見ることができるとは!」
「えええっ! お姉ちゃんとサミュエルさんが?」
でも、そういえば昨日事務所に行けないことを伝えに行ってくれたのは時間をもてあましていたルーシーだった。
しかし、サミュエルがルーシーに対してそんな感情を抱いていたとは。
モデル経験もあり、妹の目から見ても十分に魅力的に写るルーシーだ。
「でも、接点がない気がする……」
確か、以前家に来た時にサミュエルはルーシーにキモイと言われて凹んでた。だが、まさか、それがきっかけで恋に落ちたのだとしたら……
「……まさか、サミュエルさんは、変態さんなの?」
師匠に対してこんなことを思ったメリルだった。
本人がこの場にいたら、ルーシーに関してのことも、変体呼ばわりしたことにも、大絶叫のような文句をきっと言うだろう。
だが、サミュエルはこの場にはいない。子弟そろって、朝から面倒な人間の相手をさせられているから。
「もう、いい加減にしてださい、本当に! なんで朝からこんなに疲れなくちゃいけないんですか! いや、本当にもう、これから遺跡調査とか行かなくちゃいけないんで、今日はお引き取りください、お願いします!」
だいぶ下手に出ていた。と言うよりも、もう懇願に近い。
サミュエルはこれから遺跡調査などという面倒なことをしなければいけないというだけで、結構ウンザリしているのだ。それだというのに、訳のわからない無表情女の相手をさせられて、正直泣いてしまいたい気分だった。
「ふむ、遺跡調査か……最近の魔法使いはそんなことまでするのか?」
「え? ああ、細かい遺跡調査とかじゃなくて、とりあえず最下層まで降りて、一通りの安全確認と、簡単な情報収集、後は地図の間違いがないかとかを確かめるんだよ。魔物もいるから、後にやってくる調査団のためにも掃討しておかないといけないだろうけど」
「ならば私も行こう」
「え゛?」
……しばし、サミュエルの時が止まる。
「私も着いて行ってやろうと言っているのだ。感謝しろ」
どういうわけか、ちょっと偉そうに胸を張ってそう言うマリアにサミュエルは唖然、呆然。
そして、しばらくして口を開いた。
「いえいえ、朝っぱらからもうお腹一杯なんで勘弁してください」
心からの辞退。
とはいえ、素直に言えば良いという訳ではなく、サミュエルの返事を聞いたマリアは素早く剣を抜くと、ピタリとサミュエルの首筋に当てる。
「貴様の答えは聞いていない」
「だから、何でそんなに速いんだよ……」
避けられないわけではない。余裕、とまではいかないものの、十分に対応できるだろう速さの剣筋だが……どうもマリアは手を抜いてここまでの速度という感じがして仕方がない。
というよりも、その可能性が高いのだが、ここまで無表情の相手から何をどう読み取って良いのかわからずにいるのだ。
サミュエル自身も速い。剣筋はもちろん、動きにもそこそこの自身がある。だが、限界はある。その限界を取り払う為に魔法を使い、限界を超えても、またもう一つ限界がやってくるのだ。
その限界は人それぞれ違うのは当たり前だが、どうも魔法無しで比べた場合……マリアの方に分があるような気がしてならない。
これはカンに近いが、マリアの剣筋からどことなく、余裕が感じられるからもあるだろう。
だからこそ、サミュエルはウンザリする。実力が高いだけならともかく、ここまで相手にしていて疲れる性格の持ち主と今日一日一緒に過ごさねば行けないことを。
……だが、数時間後、サミュエルは心からこの出会いに感謝することになる。
作風を少し明るくなるようにしてみました。
ご感想、アドバイス、ご指摘などがありましたらよろしくお願いします。