EPISODE 7 「ラーズグリーズ」
自分で言っていることがおかしいくらい理解していた。
つい先ほど、人を雇う余裕がないと言ったばかりだ。だが、魔法使いとしての何かが、いやサミュエル自身が彼女――ルーシー・ウェラーとの繋がりを求めていた。
「……アンタ、さっき雇うお金ないっていったじゃん」
もっともな意見を言いながらも、ルーシーも困惑した顔をしている。
「いや、そうなんだけど。なんて言うのかな、わからない、とにかく……君に何かを感じる」
「なによ、それ?」
上手く言葉に出来ない。
そう言おうとした時だった。
「それはまさしく、恋。そうだろう、心の友よ!」
バンッ、と扉を蹴破るような勢いで事務所にやってきた男は……とにかく派手だった。
「以前は恋などするものかと言っていた友が、私が少し旅していた間に恋をしていた。心の友として、今この瞬間に立ち会えたことを嬉しく思う。そして祝福しよう!」
派手というよりも、奇妙な衣装といったほうが丁度いいだろう。
深紅の東方に伝わる衣装を着こなし、首に、腕に、指に宝石をつけ、伸びきった長髪をまとめているターバンにはどういうわけか一輪の花がさしてある。
きらびやか、と言えば聞こえが良いかもしれないが、正直目がチカチカとしてしまうだろう。
実際、サミュエルとルーシーはチカチカとしてしまっている。
「ていうか、恋って何だよ!」
「ふっ、照れることはない心の友よ。友がそこの小娘に心を奪われ、傍に置いておきたいという理由から事務所で働かないかなどと普段なら絶対に口にしないようなことを言ったのだ。まさに恋!」
「そうなのっ?」
「いや、君もそこで真面目にコイツの話を信じないでください! とうか、お前は帰れ! ラーズグリーズ・オルフォン!」
目に優しくない格好をしている青年、ラーズグリーズ・オルフォンは、サミュエルに怒鳴られても特にきにすることはなかった。
それどころか、うっとりとしながら続ける。
「友よ、恥ずかしがることはない。恋とは自然なことだ。男女がいれば成立する、だが必ずではない。心が、容姿が、相性が、時には同性同士が、互いに惹かれあい求め合う、それが愛!」
ついに愛にまで話が進んじゃったよ、とうんざりのサミュエル。
一方、ルーシーは少し顔を赤くして、フムフムとラーズグリーズの話を結構真剣に聞いていた。時折、チラりとサミュエルの方を見るのはどういうことだろうか?
「つ、つまり、お金はないのに、従業員として雇ってまで私に傍にいて欲しいと」
「そう、そして最終的にはオフィスラブ!」
「オフィスラブッ?」
サミュエルを放って、二人で盛り上がり始めてしまった。
どうしよう、これ?
とはいえ、やはり不思議だった。自分はなぜ、ルーシー・ウェラーとの繋がりを求めたのだろうか?
いや、違う。
メリル・ウェラーが弟子である以上、家族であるルーシーと繋がりが消えるわけではない。
だからこそ、何度も自問自答してしまう。そして、結局答えはでなかった。
「と、とりあえず、従業員になるのは考えておいてあげる。また、今度返事しに来るから!」
散々、ラーズグリーズと盛り上がっていたルーシーはそう言い残すと、自宅へと帰っていった。
残されたのは、サミュエルと、ラーズグリーズの二人。
「さてと、言い残すことはあるか?」
「待つのだ、友よ。先ほども言ったが、恥ずかしがることはない。それに、あの小娘も満更ではなかったような気が……」
「違うだろ! そこじゃねえから! どうして俺が彼女に恋したって話しになってんだよ?」
「…………違うのか?」
「最初から言ってるから! お前、本当に聞く耳持たずだな! そもそも、この半年間どこ行ってたんだよ、家の人間が探しまくってたぞ!」
そう、この友人……と呼ぶには抵抗のある友人とは半年振りの再会だった。
放浪癖があるのは知っていたが、今回は最長ではないだろうか? おかげで、オルフォン家は家族、使用人全員が大混乱だった。
「最初の一ヶ月はまた始まった程度だったのに、お前が音沙汰も無しで帰ってこないもんで、死んだんじゃないかなんて思われてたぞ」
絶対にコイツが死ぬわけがない、と内心思いながら、とりあえず家族は心配していたことは告げといてやることに。
「ふっ、過保護すぎる両親や、愚兄たちに心配されずとも私は健在だ。本来ならもっと東方にいたかったのだが、面倒なことに関わってしまったのでな。若作りを頑張る女王へ報告するために帰ってきたのだ」
「お前、それ、本人の前で言ったら殺されるからな?」
「殺されはしなかったが、王宮から叩き出された」
「もう、言ったのかよ! で?」
何を報告しにわざわざ帰ってきたのだろうか?
この本人は風のように旅をすると言い張る放浪癖を持ちの友人はわざわざ女王に報告する為に帰ってくるような性格はしていない。だが、報告をしなければいけないほど重要なことならば、もっとも最短の時間で女王の耳に届くようにするだろう。
そしてその結果、本人が自ら帰ってきた。
「手紙でも書けないことか?」
「さすがは友だ。しかし、もうすでに予想はできているだろう? 奴らが活動していた」
「……天使か」
「そう。かつて神々が全てを滅ぼそうとし、多くの犠牲を出しながらも神々が敗北したと伝わる『神人戦争』……それが未だ終わっていないということを知るものは少ない」
ラーズグリーズのこの言葉を聞いたら、多くの者は笑うだろう。
だが、本当に数少ない一握りの者だけが知っている真実。
それは、『神人戦争』は終わっていないのだ。一度は神々を敗北させたものの、それでお終いではない。すべてを滅ぼさんとする神々を何とかしない限り、根本を何とかしない限りは終わりはこないのだ。
「天使……神々に使える戦士たちだが、多くの魔法使いを集めていた。何かを企んでいることは間違いないな」
「ウィリアム・ザスアートは真実を知っていたのか、知らずに予想していたのか……」
「彼の本は読んだことがある。彼は正しい、もう魔族は存在せず、多種族も様々な問題を抱えている。人間同士でさえそうだ。もしも神々が本格的にまた動けば、次に勝つのは神々だろう」
「そして俺たちは死ぬと」
頷く、ラーズグリーズ。
ため息を吐くしかできなかった。
「それで、女王は何て言ってた? 俺らが動けってか?」
「いや、あくまでも報告をしただけだ。天使は三体だったが、すでに東方の者たちによって屠られている」
思わず、口笛を鳴らすサミュエル。
「もともと東方は神々の信仰の強い国だ。かつて世界を滅ぼそうとした神々を悪に、人間側に味方した神々を善に祭っている。そして、神や天使の出現率も高い。だからこそ、対策もできているとのことだ」
「対策?」
「簡単に言ってしまうと、持っているのだ。神殺しを」
「な、なんだと?」
まさかの言葉に驚愕するサミュエルに、ラーズグリーズは説明を続ける。
「東方を治めるのは和国という大きな国だ。和国の始祖は神と交わったと伝わり、その血筋でなければ扱えない強力な武器がある。それが」
「神殺し、か」
「そうだ。もともと、神殺しというのは味方した神々が人間に与えた武器であったり、魔族や龍の力だ。国によって善と見られたり、悪と見られたりと面倒だが、和国では善であり悪でもある」
「どういうことだ?」
「和国でいう神殺しは、神器だ。つまり神の武器であり、神であれば持っているということになる。善き神が使えば善になり、悪神が使えば悪に変わるのだよ」
面倒だなと、正直な感想を伝えると、ラーズグリーズは笑った。
どうやら同じようなことを思っていたらしい。
「神殺しについては不明な点が多い。伝説級から実際に存在する力の秘められた武器の中にそれがあるとも言われてるが、それは確かではない。そもそも、神殺しの武器がなくても、人間は過去に対抗していた」
「あるに越したこたはないけどな」
「そういえば、心の友は使える物は何でも使うタイプだったな」
「悪いかよ?」
「いや、悪くない。私個人としては好ましい。人間、プライドや見栄だけでは生きていけない。だが、その生き方……友は戦い方だが、否定する者もいることを忘れるな」
「わかってるよ。ご心配どうも」
それにしても、とサミュエルは考える。
「天使は魔法使いを集めて何がしたいんだろうね。駒が欲しければ、あの狂ったトワイライト聖国へ行けば腐るほど用意できるだろうに」
トワイライト聖国。
かつて敵対した神を未だに信仰する国であり、ほとんど狂信に近い。貧富の差が激しく、黒い噂が耐えない国である。
「まぁ、あの国は神と繋がってるって予想されてるからな。今更か」
「となると、人数を集めて何をするつもりか? それが気になると女王は言っていたな、また悩んでシワが増えて、王子が八つ当たりされるのが目に見えているな」
「ストラトスいわく、姉上の年齢は色々と過敏らしい……とのことだ」
「些細なことだ。そういえば、女王で思い出したが、手紙を預かっている」
「早く言えよ!」
東方の衣装の袖から、手紙を取り出すとサミュエルに渡す。
手紙を読んだサミュエルは、ため息を一つ吐いてから手紙を閉じた。
「どうやら面倒なことを押し付けられたな?」
「正解。遺跡発掘のご命令。こういうのって、ギルドがやるもんじゃないかなと思うんだけどな」
「何を探すのだ? それにもよるだろう?」
「カグツ遺跡の調査だ。前々から調査をしていたみたいだけど、どうも難易度が高いらしい」
「かつて炎の神を祭っていたと言われる遺跡と記憶している。確かに、あそこには炎の魔物、祭壇を守るガーディアンがいるらしいからな。ギルドや騎士団では難しいだろう。それに、氷結系魔法を得意とする友であれば有利に運ぶ面もあるだろう」
性格にいえば、氷結の弱点も炎である。とはいえ、有利に運ぶかと聞かれると、運ぶだろう。
炎の魔物は炎しか使えない。だが、サミュエルは氷結魔法以外にも手段を持つ。何よりも、この国では最高位の氷結魔法の使い手だ。
「ギルドの方にも依頼はしてあるみたいだけど、現状では誰一人として潜った者はいないってさ」
「賢明な判断だ」
「とりあえず、メリルを連れて明日行くか……お前も来るか?」
サミュエルが誘うと、ラーズグリーズは少し驚いた顔をした。
「友が私を誘うのは珍しいな……もっとも勝手に着いて行く気ではあったが」
「いや、お前って炎の耐性が滅茶苦茶に高いじゃん? だから盾にしようかと思って」
「フフッ、友の盾になれるのであれば例えこの着物が燃える結果となっても構わない!」
「へぇ、それ着物っていうんだ?」
何を言ってもポジティブ思考のラーズグリーズがちょっと羨ましくなりつつも、悔しいので絶対に口にしてやるかと思った。
「さて、それでは私は行くとしよう。朝一番で事務所にやってくるので待っているように。お弁当は、おにぎりを所望する」
「ピクニックじゃねーよ」
「具は任せるぞ、ただし愛情と友情をたっぷりと込めて握ってくれると嬉しい」
「友情はともかく、愛情だけは込めないから。ていうか、おにぎりは決定事項か? せめて、具を希望しろ! 何が食べたいかと聞かれて何でも良いとか、任せるとか言われると作る方はすごく困るんだよ!」
なんだかんだで、おにぎりを用意する方向で話が進んでしまっている。
ラーズグリーズは事務所から出て行こうとして、ドアのノブに手を掛けて振り返る。
「何だ、具の希望か?」
「心の友よ、先ほどの小娘の件だが、良く考えてみると良い。私は恋と言ってみたが、友はどう思って傍に置こうとした?」
「それは……」
「もしかすると、鍵ではないか? テイラード・ウェラーが残した、一つの鍵」
「彼女がそうだって言うのか? 俺はてっきり……」
メリルの方だと思っていた。
「可能性の一つだ。ただ、少なくともトール・ウェラーは鍵ではない」
「それくらいは知ってるよ。母親が違うじゃねえか」
「さらに付け加えると、セイジ・ウェラー、アン・ウェラーも鍵ではない。これは愚兄が調べたので不安だったが、私も確認しているので間違いはない」
「だから、ルーシーの可能性があるのか……」
「そうだ。だからこそ、直感的にルーシーを求めたのかもしれないな。友はメリル・ウェラーと予想を立てていたようだが、本心ではそう思っていないのかもしれない」
難儀なことだ。
そう言い残すと、ラーズグリーズは事務所から出て行ってしまった。
「なるほど、鍵か……」
一人残されたサミュエルは天井を見上げて呟く。
鍵――それが何を意味するのかは、知る人間は少ない。それこそ、『神人戦争』が終わっていないことよりも知る者はすくないことであった。
「最初にメリルが来た時に、あの子が鍵だと思ったんだけどな……違う可能性もあるのか。メリルにルーシー、鍵はどっちだよ、テイラードさん?」
返事が返ってくることはもちろんなかった。
ラーズグリーズという新キャラ登場です。もうしばらく新しいキャラが出てきます。
ご感想、アドバイス、ご指摘などがありましたらよろしくお願いします。