EPISODE 3 「ウェラー家訪問」
ウェラー家を目の前にして、サミュエル・ルードは呆然としていた。
「まさかとは思ったけど、ここまで大きな家だとは思わなかった……さすがは英雄宅」
テイラード・ウェラーは英雄と称えられたと同時に貴族となった。さらには、後妻に納まっているタニム・ウェラーはもともとマヌオク家という貴族の娘だった。
それらの事情を一応は知っているので、メリル・ウェラーも貴族だとわかっていたサミュエルだったが、良い意味で貴族らしくない彼女を見ていてすっかりそのことを忘れてしまっていた。だが、これを見せられると改めて実感させられる。
まさかここまで大きな家に住んでいるとは思わなかった。
「ウチの小さな事務所がさらに小さく感じるよ、こんな家を見せ付けられると」
魔法協会から結構仕事を斡旋してもらっているはずなのに……事務所は小さいし、人手はたりないし、師匠はやりたい放題だし。あれ? 良いとこ無くない?
肩をがっくりと落としていると、ゆっくりと近づく気配を感じて顔を上げる。
「ようこそおいでくださいました。サミュエル・ルード様」
そこには白髪を後ろに流し、白髭を蓄えた、老紳士……いや、老執事がいた。
「はじめまして、本日は突然のこととなってしまったことをお許しください」
「いいえ。当主様もルード様の来訪をとても楽しみにしています。どうぞ、こちらに」
老執事に案内され、手入れの行き届いた広い庭を抜ける。
「建物もすごいな……年季は入っているけど、手入れがしっかりされている」
「こちらに」
感心しながら周囲を見渡すサミュエルを老執事が一つの部屋に案内した。
応接室だろう。扉が開かれると、メリル・ウェラーと二人の女性がいた。
「サミュエルさん、お待ちしていました! お出迎えできなくてすみません」
そう頭を下げたのはメリル。いつもはラフな格好をしている彼女だが、今日は自宅にいるせいかお嬢様という言葉が似合う服装をしている。白いロングスカートを履き、いつもとは違った新鮮さを与えてくれる。
そして、その格好が良く似合っていた。
「お会いできて光栄です、サミュエル・ルード様。私はメリルの姉であり、ウェラー家当主である、セイジ・ウェラーと申します」
メリルと同じ金髪を背の辺りまで伸ばした落ち着いた女性だった。眼鏡をしていて知的に見えるが、サミュエルには彼女の持つ魔力の強さがひしひしと伝わっていた。
試しているのだろうか? 見た目とは反して、好戦的なのかもいしれないと思う。
「はじめまして、次女のアン・ウェラーです」
サミュエルよりも少し年上だろう彼女は、飾り気の無い服装で、髪も短い。
もっとも印象なのが、無表情だった。
一瞬、歓迎されていないのだろうかと思ったが、特に何も感じないので、これが彼女の自然体なんだろうなと思うことにした。
「あの、もう一人、姉がいるんですけど……その」
言い辛そうにするメリル。
「気にしないでくれ、今回は突然の来訪になってしまったし、ご当主と話をさせてもらえればそれでいいからさ」
そんなメリルに苦笑して告げると、セイジとアンの方を向き、丁寧に腰を折る。
「改めまして、サミュエル・ルードと申します。普段はシェイナ魔法事務所の職員として師であるシェイナと魔法協会や国から依頼される仕事をしています。今回は、サイザリウス氏より妹君を預かったために、今後の話と、そしてご挨拶を、突然で申し訳ありませんがさせていただきに参りました」
営業スマイルで二人に微笑み言葉を続けるサミュエル。
事務所でも基本的に依頼人の相手をするのは自分なので、営業スマイルや営業トークは自然と身についている。完全ではないが。
「ご丁寧にありがとうございます。どうぞ、お座りください。今、お茶を持ってこさせますから」
セイジの言葉に礼を言って、サミュエルは椅子に腰を下ろした。
「つまり、今の魔法学校のカリキュラムではメリルは成長しないということでしょうか?」
「成長しないとは言いません。いずれは、成長するでしょう。しかし、彼女は今、力を求め、成長をしたいと思っている。だからこそ、魔法学校を辞めさせてしまうべきだと思いました」
昨晩、シェイナと食事をした後、サミュエルはとある知り合いの元へ足を運び、メイルが通う「イスタリオ第一魔法学校」に関して調べた。
その結果、メリルという「英雄の娘」の肩書きを利用して、経営を盛り上げようという動きがあることもわかった。それさえなければ、彼女は飛び級をして今とは違う勉強などもできていたはずだったのだ。
それらを全てサミュエルは三人に話した。
「わかりました……そういうことでしたら、魔法学校を辞めさせることに異論はありません。ですが、魔法学校中退という経歴はあまり良いものではありません。しかも、メリルは魔法使い見習いという立場です。これでは職もなければ、嫁ぐこともできません」
まさか嫁ぐ話が出てくるとは思わなかったものの、サミュエルはなんとか驚きを隠して返事をする。
「職がないのは確かです。なので、正式に私の弟子としてメリルを迎え入れたいのですがどうでしょうか? 私としても、ウィザードの義務として弟子を育てる義務があります。基本的に弟子を取るのは中位魔法使いから選ぶという方が多いですが、私は才能あるメリルと出会いましたので是非にと思うのですが」
「メリルを……貴方の弟子に?」
セイジは驚きに目を見開いていた。アンも無表情ながらも驚いていることが解る。
そして、もっとも驚いていたのは当人のメリルだった。金魚のように口をパクパクとさせている。
「はい、彼女が望み、ご家族がよろしければ是非」
「そ、それはこちらからお願いしたいくらいの申し出なのですが……貴方ほどの実力者であれば弟子になりたがる人は多いのではないでしょうか? なのに、メリルでよろしいのですか?」
セイジのもっともな意見にサミュエルは苦笑した。
当たり前の話だが、ウィザードの弟子になりたがる魔法使いは多い。
魔法使いの高みであるウィザード。そんな魔法使いの弟子となるには、それこそ努力や才能が必要だった。
何よりも、ウィザードはめったに弟子を取らない。変わり者が多いからとかいう理由ではなく、弟子がついてこれないのだ。同時に、自分の技術を伝えたくない者もいる。
だからこそ、魔法協会は義務として後継の育成を課しているのだ。
「先ほども言いましたが、メリルは才能もあり、やる気もあります。私個人も彼女のことは気に入っていますし、そちらが問題なければ。それに、学校を辞めるように進言しているわけですし、そちらの責任も取ると考えてもらって構いませんよ」
セイジにとってこの申し出は信じられなかった。
サミュエル・ルードと言えば、最年少でしかも変則的な方法でウィザードとなった特殊なタイプだ。そんな彼に弟子入りをしたい魔法使いは多い。貴族の中でも彼を専属の家庭教師にしたいという者もいるくらいである。
義弟もその一人であり、義母と共に頼みに行ったが断られたと聞いている。
そんな彼がメリルを弟子にと本人が申し出てくれているのだった。このようなチャンスを断るほどセイジ・ウェラーは馬鹿ではない。
「メリルはどうなの?」
「弟子にしてもらえるなら、して欲しいです!」
「それでは、ルード様、妹のことをどうかよろしくお願いします」
椅子から立ち上がると、セイジはサミュエルに向かい深く頭を下げた。
こうして、メリル・ウェラーがサミュエル・ルードの弟子となることは正式に決まった。
とはいえ、問題もないわけではなかった。
それは――授業料である。
これは高位魔法使いに多いのだが、弟子に物事を教えることに金銭を要求するのだ。もっとも、魔法を弟子に教えるだけで生活ができるわけではないので、仕方がないといえば仕方がない。
だが、考えて欲しい。
イスタリオ王国で十数人しかいない、ウィザードの教えを請うのだ。いったい、いくら掛かるか……
「ああ、別にいりません。授業料は」
これがサミュエルの答えだった。
これには三人もあっけに取られてしまう。
「ちょ、っちょと、サミュエルさん! 高位魔法使いが弟子に授業料払わせているのに、ウィザードが無料って、どんだけボランティア精神に溢れてるんですか!」
イスタリオ王国では、一ヶ月普通に生活するのに一〇万ウォルあれば問題ない。
そんな中、高位魔法使いはそれぞれ違うが、中には月に五〇ウォル要求する者もいると聞く。
しかし、ウィザードであるサミュエルは金は要らないと言ったのだ。
ウェラー家にとってはありがたい話なのかもしれないが、かなりありえない話だった。
「まだ私自身も修行中の身ですし、もし授業料を払わないことに抵抗があるなら事務所を手伝ってもらうことでどうでしょうか? 人手不足ですが、依頼はくるので修行にもなりますから」
給料も少ないながら出しますよと言うサミュエルに、給料はいりませんからコキ使ってくださいと、メイルとセイジは頭を下げた。
そんなこんなで、メリル・ウェラーはシェイナ魔法事務所の臨時職員となったのだった。
人手不足に困っていたサミュエルは、給料を払わずに職員を一人確保できたことで内心満面の笑みだった。
自分の価値をいまいち理解していないウィザード、サミュエル・ウェラーだった。
ウェラー家姉妹登場です。一人、出ていませんが。
次回は、もう一人の姉と義弟、義母の登場で波乱の予感です。
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