月夜の晩の訪問者
ある月夜の美しい晩。セレーナは月に祈っていた。
「あの人がヒロインに堕ちますように…あの人がヒロインに堕ちますように…あの人が…」
あんなイカれた愛情はヒロインじゃなきゃ受け止められない。常人には荷が重すぎる。
(本当にお願いします!)
全身全霊でお願いした。
すると、コンコンと窓を叩く音が聞こえた。見ると、小鳥がくちばしで窓を叩いていた。
「鳥!?…ん?何か付いてる?」
小さな足に何やら、白い紙のようなものが巻きついている。窓を開けてみると、ちょこちょことした足取りで入って来た。
可愛いものからかけ離れた生活を送っていたせいか、小鳥が歩いているだけでも可愛くて仕方ない。思い切り頬擦りして、その羽根に顔を埋めたい。
「ピッ!?」
願望が表情に出ていたらしく、小鳥が体を震わせながら小さな足を差し出してきた。
「ん?なに?取って欲しいの?」
促されるまま取ってみれば、それは手紙の様だった。小鳥に目配せすれば、中を見ろと言われているような気がして、恐る恐る目を通してみた。
『やあ、先日は挨拶もなく立ち去ってごめんね。お礼がしたいんだけど、何がいいか決まりかねていてね。直接聞く方が早いと思ったんだけど、今忙しくて会いに行けないんだ。ごめんね?』
どうやら、それは先日助けた男からの手紙のようだった。
『そこで、君を夜会に招待したい。あぁ、ドレスなんて気にしないで、当然こちらで用意しておくよ。明後日の夕暮れ時に迎えに行くから。楽しみにしててね』
そう締めくくられていた。
読み終えたセレーナは、盛大な溜息を吐きながら頭を抱えた。
「ドレスの心配云々じゃないわよ…夜会なんて行ける状態じゃないっての」
こちらの都合はまったく無視の一方的な誘い。無事が確認出来てホッとしたが、生存確認だけで十分。それ以上は求めていない。
「…この送り主は貴方の飼い主?それなら、伝えてくれる?お礼は結構、無事が分かっただけで十分ですって」
小鳥の頭を撫でながら伝えた。
「ふふっ、小鳥が喋れる訳ないわね。返事を書くからちょっと待ってて」
セレーナの言葉が分かるのか、小鳥はその場でジッとして待っている。「賢いのね」と褒めてやれば、心做しか喜んでいるように見えた。
返事を書き終えると小鳥の小さな足に括り付け「飼い主に宜しくね」と伝えながら、手に乗せた小鳥を外へ。
その言葉に応えるようにしばらく家の周りを旋回すると、夜の空へと消えていった。
***
そして迎えた夜会の日。
セレーナの書いた手紙は無事に飼い主の元へ届いたと見えて、静かで穏やかな夜だった。
夕食を済ませお風呂へ入り、ベッドでゆっくりと本を読む。毎日のルーティーン。のはずだった…
「来ちゃった」
やんごとない御仁が来るまでは…
「……間に合ってます」
扉を閉めようとしたが、素早く足を入れられ閉めれない。
「そんなすぐに追い返さなくてもええんちゃう?とりあえず話だけでも聞いてみ?聞くのはタダやん」
私は知っている。タダより怖いものはないと…ここは穏便にお帰り願いたい所。
「ルーファス様。貴方のそう言う強引なところが駄目なのですよ」
「あ゛?」
背後から声をかけてきたのは、落ち着いた雰囲気を持った話が分かりそうな人。
「突然すみません。こちらは、隣国で魔術師団長を務めるルーファス・ラインシュ様です。私は彼のお守り…ゴホンッ。側近のリオルと申します。一応、副師団長の名を担っております」
丁寧に挨拶してくれたが、なんだか初めましてな気がしない。というか、この人、お守り役って言いかけた?
「セレーナ様…ですね」
「!?なんで、名前!」
「申し訳ありません。承諾もなく、女性の身の上を調べるのは気が引けましたが、この方がどうしてもと言うので少々調べらせて頂きました」
深々と頭を下げるリオルとは対称的に、ドヤ顔を見せつけてくるルーファス。あまりにもムカついたので睨みつけてやるが、気にせずに笑ってる。
「だってなぁ、あんな呪い掛けられるなんて相当やで?助けたのが僕やなかったら、お嬢さん死んどったよ?」
「え、じゃあ、もしかして…」
「そう。解いたのは僕。気付いた時には死にかけとったけどな」
起きた時の脱力感と倦怠感は解術の副作用だったようだ。
(なるほど…助けたつもりが助けられたのか…)
だったら、尚のことお礼なんて貰えない。
セレーナは知らなかった事とはいえ、命の恩人に礼も言っていないと慌てて頭を下げた。
「お礼が遅れて申し訳ありません。命を助けて頂いてありがとうございます」
「いやいや、元はと言えば僕のせいやん?」
否定は出来ない。
「自分の命を顧みず、見ず知らずの他人を救うなど、易々と出来ることではありません。貴女はもっと誇るべきです」
リオルにまで言われてしまったら、もう何も言えない。
「我々は本当に貴女に感謝しているのです。この方を探すのにどれほど苦労していたか…」
手を取り見つめる瞳には、苦労が滲み出ている。出会って数分しか経っていないが、この人の苦労が少し分かってしまう自分がいる。
「そうは言いますが、私とて命を救ってもらった恩があります。どうです?ここはお互い様と言うことで…」
要は、お礼は要らないから黙って帰れと言うこと。にこやかに、かつ相手の機嫌を損ねないように。
ルーファスはリオルと視線で会話するように顔を見合わせた。暫く見つめ合った後、同時に頷いたのを見て、納得してくれたとセレーナは小さくガッツポーズをした。
「貴女の気持ちは分かりましたが、それはそれ、これはこれという事で」
「そうそう。それに、もう時間ないし。文句はあとで聞くで」
「はぁ!?いや、ちょっ!」
ルーファスは軽々と私を抱きかかえると家の外へ。これは非常にまずい。
「待って待って!!私ここから出れないんだって!」
慌てて止めに入るが得意気に「はっ」と鼻を鳴らした。
「僕を誰だと思ってるん?師団長様やで?」
ルーファスは自分の付けていたイヤーカフをセレーナの耳に付けた。
「これは呪いや災いから守ってくれるもんよ。僕のお墨付き」
師団長だかなんだ知らないけど、こんなもので強力な呪いがカバーできるとは到底思えない。不安しかないのに、ルーファスは足を止めることはしない。
いよいよ敷地の外へ出るとなって、セレーナはギュッとルーファスの服にしがみ付いた。
「ほら、大丈夫やったろ?」
頭を撫でながら声をかけられた時には既に家は小さくなっていた。
「あ、れ…」
信じられないようなものを見るようにルーファスを見上げた。優し気に微笑む姿は不本意だが、安心できた。