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悪役令嬢と奉仕作業

「ラウル」


 ある日、城の中を歩いていると王子であるレオナルドに声をかけられた。


「今日もあの女の所へ行くのか?」


 レオナルドの言う()()()とは、勿論、セレーナの事。

 いくら元とはいえ、一度は婚約を結んでいた者に対しての言葉じゃない。


「ええ、私は彼女の監視役ですから」

「団長自ら行かなくてもいいだろ?部下の奴に行かせればいい」

「そうはいきません。何かあってからでは遅いのです。先日の牢での事件のように」


 睨みつけながら言われたレオナルドは一瞬たじろいだが、すぐに向き直った。


「お前…もしかして、あいつと何か企んでいるだろ?」

「は?」


 突拍子のない一言に、開いた口が塞がらない。


「だってそうだろ?お前もアイリーンの事を好いていたはずだ。俺とアイリーンの仲を引き裂こうとしているんだろ?俺の目は誤魔化せないぞ!」


 自信ありげに言うが、根も葉もない話…


「アイリーンだって、俺という者がありながら口を開けばラウルラウル…婚約も正式に発表されたと言うのに…」


 面白くなさそうに顔を俯かせているのを見て、嫉妬して八つ当たりしに来たのだと理解できた。


(この人は、まったく…)


 至極面倒臭い。


「殿下、私は婚約者のいる者を奪う様な趣味はありません」

「……それは、誰に言っているのだ?」

「あぁ、誤解いしないで下さい。一般論としてです」

「……」


 フォローしたつもりだったが、レオナルドの顔は険しくなる一方。これは早めに立ち去った方がいい。


「こうして私とくだらない事で揉めているより、アイリーン様の元へ行って仲を深めてはどうです?」


「…()()婚約者を蔑ろにするおつもりですか?」そう付け加えると、レオナルドの顔がカッと赤くなった。


「ふ、ふんっ!お前にアイリーンは渡さないからな!」


 牽制とも取れるが、負け犬の遠吠えにも聞こる言葉を残して去って行った。


『お前もアイリーンの事を好いていたはずだ』


 レオナルドが放った言葉が耳に残る。


 確かに彼女は可憐で愛らしく、花が咲いたような笑顔は、誰をも魅了する。彼女と一緒にいると穏やかな時が流れ、心地よい気持ちになれた。そう思うと、少なからず好意はあったのだと思う。


 だが、彼女が選んだのは殿下だ。淡い気持ちは早々に捨てるに限る。


(私に出来ることは、お二人を護ること)


 警戒するのは、殿下の元婚約者でアイリーンを虐げていたセレーナだが、ここ最近はどうも様子がおかしい。


 断罪の際には、鳩が豆鉄砲を食らったように大人しくなり、暴漢に襲われ際には、威圧的な態度とは裏腹に弱々しい姿で身体を丸めて震えていた。かと思えば、血に塗れる私の姿をしっかりと見据え、気丈な姿を見せつけてくる。


(ほお…?)


 その姿を見て、何故だろうか…このまま殺すのは惜しいと思った。思ってしまった。


 すべての手続きが終えた時、私は自責の念に駆られた。


「本来ならば排除すべきものを私は…」


 今更後悔しても遅い。しばらく様子を見て、あの二人に危害が及びそうならば、今度こそは私の手で…そう思っていたのに…


 セレーナ(彼女)の行動は、いつも私を驚かせた。


 料理を得意としたり、顔に土が付いても平気な顔。地面にそのまま寝転がるなど、今までの彼女からは想像が出来ないことを平然とやって見せる。


 私の事を怖がっている癖に、手を差し伸べれば縋るように頬を擦り付けてくる。

 愛する者(殿下)に捨てられ、誰かに縋りたいという想いが現れたのかもしれない。


 無様で滑稽な姿…それが、堪らなくそそられた。




 ***




 セレーナの家の裏庭から、機嫌の良い鼻歌が聞こえてくる。


「ん~!いい感じに育ってる」


 愛おしいそうに見つめる先には、彼女が育て始めた野菜の芽が。


 顔や手足が土で汚れても気にとめず、こうして野菜を育てる姿は元侯爵令嬢とは思えない。


「あ、団長様!」


 顔に土を付け微笑みながら振り返った彼女からは、高圧的で威圧的な態度を取っていた時とはまるで違う、愛らしい雰囲気がある。


「順調そうですね」

「はい、お陰様で」

「それは良かったです」


 セレーナの顔に付いた土を拭いながら伝えると、なにやら手をモジモジしながらこちらを気にし始めた。


「なんです?」

「あ、あの…今からって…少しお時間ありますか?」


 珍しく引き止めてくるので、思わず頷いてしまった。




「…………これは?」

「雑草が多くて、一人では手を焼いていたんですよ」


 どういう訳か、一緒になって雑草の手入れをさせられている。改めて見ると、確かに一人では一日がかりでも終わるか厳しい感じはある。


 仕方ないと言いながら手を動かしてくれるラウルを見て、セレーナも一緒になって手を動かした。


「こっちはきゅうり、あっちはトマト。ここには人参が植えてあります」


 聞いてもいないのに、植えてある野菜を説明してくるセレーナは本当に楽しそう。ラウル(自分)といる時は警戒と緊張で強ばった表情が多い。こんなに緩だ顔は珍しい。


「あぁ、折角なんで、少しお裾分けしますね。殿下にも持って行きます?」


 ピクッとラウルの眉間が震えた。


 別に大した事は言っていない。多く取れたから近所へお裾分け的な軽い気持ちで言ったつもり。それなのに、ラウルの雰囲気が急速に変わった。


「え、なに」と戸惑うセレーナ。


「どうやら貴女は思い違いをしている」


 ドサッと押し倒され、首元にはすぐにでも締め付けられるように手が置かれている。

 剣呑な光を灯し見下ろすラウルに、一気に血の気が引いた。


「貴女は罪人。私は監視役。この期に及んで殿下との関わりを求めようとするのなら、私が手を下すことになりますよ」


 暗に殺すぞ。と言われた。


 あまりにも馴染みすぎていて、この人がヒロイン側の人間だと言う事を忘れていた。


 良く考えれば、悪役令嬢()が育てた野菜なんて向こう側からすれば危険物。警戒するのは当たり前。


「す、すみません。調子に乗りました」


 謝罪の言葉を口にすれば、首元の手がゆっくりと離れ冷ややかな目を向けられた。


「次はありませんよ?」


 セレーナはドキドキと早鐘打つ心臓を落ち着かせるように胸を押さえた。




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