農作業は体力勝負
燦燦と降り注ぐ太陽が真上に来た頃、セレーナは裏庭へとやって来た。
この軟禁状態がいつまで続くか分からない。暇を持て余すぐらいなら、小さな菜園でも作ろうと考えた。野菜を作れば食卓も潤うし、なにより健康に良い。
敷地内である裏庭への出入りは自由なので、庭をいじっていいか確認したら、少しばかり怪訝な顔をされたが承諾を得れた。道具と種はラウルにお願いして、昨晩ようやく体勢が整った。
「実家が農家だった私にとって、農作業なんて朝飯前よ!」
──と意気込んで数分後
「はぁ…はぁ…な、なんて体力のない…」
少し土を掘り返しただけで、息切れと腰の痛み。膝が震えて腕が上がらない。
いくらお嬢様だからって言っても、些か体力と持久力が無さすぎる。
今日中に種まきまで終わらせたい所だが、これではいつまで経っても種が撒けない。
「あぁ~!もう、や~めた!」
鍬を放り投げ、地面に大の字で寝転がった。一度挫けたらやる気が失せてしまう。私の駄目な所。
そんな時、足音が聞こえた。
「あ」
音のした方へ顔を向けると、痛ましげにこちらを見つめるラウルがいた。
「…ついに気でも触れましたか?」
「違いますよ。ちょっと力尽きていただけです」
「よいしょ」と立ち上がろうとしたものの、膝が震えて思うように立てない。
「まったく、見ていられませんね」
呆れた口調で言いながら、ちゃんと歩けないセレーナを抱き抱え、家の中へ。
「あ、あの!?」
「黙ってなさい」
ベッドの上に下ろされると、おもむろに膝に手を当てた。じんわり暖かくなったかと思えば、先程までの痛みが嘘のように消えている。
「これでまともに歩けるようになったはずです」
「わぁぁ…!」
膝を屈伸させても痛みがない!
「ありがとうございます!こんな凄い魔法使えるなんて、流石は団長!」
感動のあまり、目を輝かかせながらラウルの手を取り詰め寄った。
セレーナの思いもしない行動に、ラウルは驚き仰け反ってしまった。しかし、褒められて嬉しくない人はいない。心なしか頬が薄づいているような気がした。
「あの、不躾ついででなんですが…腰の方も…」
「は?」
上目遣いで縋るように「お願いします」と頼み込めば、大きな溜息を吐きつつうつ伏せに寝るように促された。
「…少し触りますよ」
「!?」
服の隙間から手が入り、ラウルの手が腰に触れた。ビクッと身体が跳ねると同時にラウルの唇が耳元へ寄って来る。
「どうしました?やめてもいいんですよ?」
悪戯めいた笑みを浮かべながら、意地の悪い言い方をしてくる。こちらとしたら羞恥心よりも明日、己の身に襲い掛かってくるであろう全身の痛みの方が何よりも恐ろしい。
「大丈夫です。お願いします」
「そうですか」
覚悟はしていても、人に素肌を触られて平気な人はいない。「早く終われ!」と願いながら顔を枕に埋めていたが、そっと腰を撫でられ「ん…」と声が漏れてしまった。
(ヤバッ!)
「治療中に何を考えているんですか?」なんて言われると思っていたが、ラルフは全く気付いていない様子で、セレーナはホッとしながら身体を預けていた。
心地よい時間が流れ、セレーナはうつらうつらと気持ちよくなってきた。瞼が重くなり、ゆっくりと瞼が閉じられていく…
「んにゃッ!?」
突然、腰を掴まれ変な声を上げながら飛び上がった。
「な、なななななッ!何するんですか!?」
「治療ですが?」
「揉みましたよね!?」
「誤解を招くような事を言わないでください。痛みは取り除きましたが、強張った筋肉はそのままですのでほぐしておかないと同じことの繰り返しになります」
言っていることは間違っていないと思う。だけど、理解した所で「はいそうですか」とはなり得ない。
「痛みさえ取って頂ければ十分です!これ以上、団長様のお手を煩わせる訳にはいきませんので!」
「一度請け負おったことは最後までやり遂げるのが、騎士としての役目だと思ってます」
そんな役目は求めていない!
「さあ、続けますよ」
「いや、ちょ、待っ…ん!」
抵抗を試みたが、騎士を相手に軟弱な私が敵うはずもなく、呆気なく抑え込まれた。しかも、的確にツボを押してくるのでこの上なく気持ちがいい。
「く…こんな…ん、もう…駄目ぇ」
「ッ!」
頬を薄く染め、涙を浮かべた蕩けたような顔を向けられ、ラウルは息を飲み手を止めた。
息を荒くしながら寝転がるセレーナの頬に触れると、無意識なのか自分の頬を擦り付けてくる。
ゾクッと感じた事のない悦。
緩む口元を手で覆い、黙ったままセレーナを見つめていた。
その表情は…酒に酔ったように恍惚としていた。