失言と迫真の演技
異世界転生早々に酷い目にあったセレーナだったが、牢での出来事のおかげで罪が減刑された。
驚いたのが、この減刑を求めたのは騎士団長のラウルだと聞かされた。
「今回の件は見張りに付いていた我々騎士団の失態。その責任は団長である私が取ります」
そう言及してくれ、減刑が確定。牢を出れた。
まあ、出れたところで行く宛てもないし、ツテもない。この世界の事も知らないし、金もない。
「……詰んだなこれ……」
城を出た所で、空を見上げながら呟いた。
(あぁ…あの雲になりたい)
澄み渡る青空の中、風に吹かれながら悠々と泳ぐ雲を見ていると、羨ましくて仕方ない。私だって何も考えず、風に身を任せた生き方がしたい。
死んだ魚のような目をしながら、そんな事を考えていると
「お待たせ致しました」
突如、馬に乗ったラウルが現れた。
驚いたセレーナは「え?なんで?」率直に聞き返した。
「貴女…何も説明を聞いていないですね?」
呆れるように溜息を吐くと、今一度説明をしてれた。それによると、減刑は認められたものの、罪人には変わりない。そんな者を野放しになんて出来ないので、行動は制限する。用意された家に住み、許可なく敷地外への出入りは禁止。街には月に一度だけラウル同伴で許可。要は、牢屋が家に変わっただけ。軟禁状態は変わらないと言うこと。
「私が案内人兼監視役です」
別に誰が監視役だろうと構わないけど、団長様直々とは…
(まあ、衣食住は確保できたから文句はないけど)
これ以上望んだらバチが当たる。
「馬は乗れますか?」
「え!?」
乗馬なんて生まれてこの方やったことが無い。以前のセレーナがどうだったのかは知らないが、今のセレーナでは無理だ。
「仕方ありませんね…」
ふわっと脇を抱えられ、ストンとラウルの前に着地。顔を上げれば、息のかかりそうな距離にイケメンのご尊顔…おもわずヒュッと息を飲んでしまった。
「不満があるのなら走って行きますか?」
ブンブンと首を横に振って否定した。
「では、行きますよ。しっかり掴まっていてください」
耳元で低音のいい声が響く。自分でも赤面しているのが分かるほど全身が熱い。が、そんなものも一時だけ…
「──え、ちょっ、ま、はやッ!」
馬がこんなに速いとは聞いてない!舌を噛みそうになりながら、必死に訴えるが聞こえているのかいないのか…こちらを気に素振りがまったくない。
セレーナは振り落とされないようにラウルにしがみついているのがやっと。そんなセレーナを見て、ラウルが一言。
「『殿下の犬が私に触れるなんて烏滸がましい!』なんて言っていた貴女が、私にしがみつく日が来るとは思いませんでしたね」
「えぇ!?この人、そんな事言ったの!?」
「は?」
驚きのあまり口にしてしまった。すぐに失言だと気が付き口を覆ったが、ラウルの冷たい視線が突き刺さる。
「貴女…」とラウルが口を開きかけた時、焦りのあまり「違うッ!」としがみつく手を離してしまった。
「あ」
ゆっくりと体が地面に向けて落ちていく。走馬灯が流れるような感覚…死んだ。
そう思っていたが、すぐにガシッと大きな手に助けられた。
「し、死んだかと思った…」
馬の上に戻されて、安心したのと同時に出た言葉。
「あの、ありが──……」
お礼を言おうとしたが、最後まで言えなかった。だって、目の据わった御仁がいるんだもの…
「私はしっかり掴まっているように言ったはずですが?走っている馬から手を離せばどうなるかなんて、幼い子供でも分かる事ですよ」
「はい。仰る通りでございます。弁解の余地もございません。はい」
小さくなりながら、ひたすら頭を下げた。
「まったく、気をつけてください。……そう簡単には逝かせませんよ」
「え?」
「まだなにか?」
「い、いえ、滅相もございません」
何か不穏な事を聴き逃した気がしたが、睨みつけられたのでそれ以上は聞き返すのをやめた。
(気のせい…だったか?)
モヤモヤしながら馬に乗せられて着いた所は、街外れの小さな一軒家。
中は掃除が行き届いているのか埃ひとつなく、家具も揃っていて綺麗に整理整頓されていた。
「貴女には狭いかもしれませんが…」
「は?これが?十分広くない!?」
その瞬間、ラウルは怪訝な表情で私を見てきた。「しまった!」と思ったが、もう遅い。
「先程も思いましたが…貴女、本当にセレーナ嬢ですか?」
鋭く光る疑惑の目。これは完全に疑われてると、セレーナは目を逸らしながら冷や汗を流している。
(まずいまずい)
見た目はセレーナ、中身は他人。そんな御伽噺を信じてくれるような人じゃない。
(こうなったら…)
キュッと唇を噛み締め、息を深く吸い込んだ。
「う、煩いわね!私は私よ!無礼にも程があるんじゃない!?」
はい、逆ギレ。それも、精一杯の逆ギレ。
そもそも、生まれ育った環境が違うんだから、息を吐くように悪態が付ける悪役令嬢になんて慣れっこない。
あとは態度で示すしかないと、腕を組んで苛立った風を装ったが…どうだ?
チラッと横目で様子を伺ってみると目が合った。その瞬間「ふっ」と笑った気がした。
「それは失礼致しました」
何事もなかったように頭を下げるラウル。素直に謝られると、良心が痛むからやめて欲しい。
その後は、家の中を簡単に説明してくれた。使用人などは逃亡などの懸念があるので付けれないと言われた。
「食事は私か部下が届けに参ります」
「あぁ、別にいいです。自分で作るので食材だけ頂けますか?」
長年一人暮らしをしてきたんだ。自炊ぐらいどうって事ない。
「……貴女が作るのですか?」
「?えぇ」
「貴女が?」
眉間に皺を寄せながら再度聞き返されて、はたと気が付いた。貴族って奴は料理をしないと言うことに…
「えっと、あれですよ。実は、私の趣味が料理なんです!」
「ほぉ?」
苦し紛れの言い訳だっが、ラウルは興味津々に食いついてくれた。
「令嬢が料理なんて、おかしいですよね?そうやって馬鹿にされるのが嫌で黙っていたんです」
自嘲気味に笑いながら、同情を誘う迫真の演技。自分でも驚くほどの演技力に感動でジーンと胸が熱くなる。
「趣味…ということは、それなりの腕があると言うことですよね?それは是非とも頂いてみたいですね」
何を言い出すかと思えば、セレーナが作ったものを食べたいと言ってきやがった。数時間前まで牢に入ってた奴の手料理をだぞ?…正気か?この人…
「いやいやいや、団長様に出せるような代物じゃありませんので」
謙虚な姿勢を崩さず、笑顔で「無理」と言う圧力をかけてみたが、ラウルの手が優しく頬に触れてきた。
「──ラウル」
「え?」
「ラウルと呼んでください」
真っ直ぐに見つめる翡翠色の瞳。吸い込まれそうなほど綺麗で、目が奪われる。
「ほら、呼んで?」
私の唇を指でゆっくりなぞりながら、甘ったるい声で言う。
冷たい態度と素っ気ない態度には慣れているが、甘さには慣れていない。今すぐこの場から逃げたい衝動に駆られるが、目の前の人が逃がしてくれない。
「ら、ラウル…さん…」
やっとの思いで喉の奥から絞り出した言葉がこれ。その一言で満足したのか、ラウルは「喉が乾きましたね」と、奥にあるキッチンへと姿を消していった。
セレーナはどっと疲れが出て、崩れるようにして椅子に座った。