お仕置の時間
家に着いたセレーナだが、危惧していたラウルからの責めは今のところない。
(おかしい…)
安心するどころか、ますます恐怖感が増してくる。
「喉が渇いたでしょう。お茶にしましょうか」
「あ、それなら私が!」
団長様にお茶を入れさせる訳にはいかないと、席を立とうとするが、ラウルに止められた。
「この程度なら私でも出来ます。座っていてください」
まあ、そうまで言うなら…
大人しく椅子に座り直し、ラウルを待った。しばらくすると、カチャカチャとカップを鳴らしながらいい香りを漂わせてやって来た。
「私のお気に入りの茶葉を持ってきたんですよ」
手馴れた手つきでお茶を注ぎ、目の前に差し出してくれた。鼻を近づけると、ほのかに甘い香りが馥郁と香ってくる。
一口飲んでみて驚いた。
「うっわ、美味しッ!」
お世辞抜きで、こんな美味しいお茶は初めて飲んだ。
「それは良かった。まだあるのでどうぞ」
「ありがとうございます」
差し出されるまま、もう一杯とお茶を飲み干した。二杯目を飲み終えてすぐ、身体がおかしい事に気が付いた。
「…あ、れ…?」
手に力が入らない。身体が燃えるように熱くて、動悸が激しい。
──嫌な予感がする。
火照る顔でラウルを見れば、ニヤッと口角を吊り上げ「どうしました?」なんて白々しい言葉を投げかけてくる。
「身体が火照って仕方がないんでしょう?」
これ見よがしに手に持っているのは、先程男達から預かった小瓶。
「助けて欲しいですか?」
(こいつッ!!)
自分で盛っておいて、助けて欲しいかだと?外道にも程がある。
(絶対に屈しない)
たかが媚薬。強い意志を持っていればこれぐらい!
──と思ってた。数分前までは
「随分キツそうですね?そろそろ限界ですか?」
時間が経つにつれて、熱が増していく。息が荒くなり、汗が滴り落ちる。自我を保つのが精一杯。
そんなセレーナを嘲笑いながら、目の前の男は肘を着いて眺めている。
時折、愉ようにセレーナの手を爪でなぞってくる。その度、身体が反応して声が出そうになるのを必死に抑える。
気を抜いたら助けを乞うてしまう。それだけは絶対に嫌だ!辛うじて残る自制心を振り絞り睨みつけてやる。
「強情な女性は嫌いじゃありませんが、こうして見ているだけと言うのも飽きました」
ラウルは席を立つと蹲るセレーナの腰を抱き、自分の胸に抱き寄せた。
ふわっとラウルから香る甘い香りが、脳を刺激して目眩がする。
とろんとした目には涙が溜まり、熱を帯び蕩けた表情のセレーナにはラウルの喉も鳴る。
「…あぁ…そんな表情、誰にも見せてはいけませんよ?」
頬を撫でる度に、子ウサギの様に震え怯えている。自分の知らない快楽が怖いのだろう。本当に惨めで哀れで…愛らしい…
(たまらない)
ラウル自身、こんなにも気持ちが昂るとは思いもしなかった。
「いい加減諦めたらどうです?一言、私に許しを乞えばいい」
ラウルは自分の親指をセレーナの口の中へ入れると、嬲るように舌に触れてくる。それすらも、快楽となりセレーナの脳を溶かしていく。
ドクドクと心臓の音が耳に付く。身体が熱くてどうにかなりそう…苦しい…もう、楽になりたい…
『助けて』
その一言さえ言えば、楽になれる…
(言えば…)
脳裏に浮かぶのはその言葉ばかり。
「さあ、言って?」
耳元で囁かれたのは悪魔からの一言。
顔を上げれば、快味に酔いしれたラウルの瞳と目が合った。自分の手に堕ちたと、勝利を確信して…
──ガリッ!
「ッ!」
口の中を弄ぶ指に思い切り噛み付いた。驚いたラウルが勢いよく指を引き抜いたので、指が傷つき血が滴っている。
セレーナは口元に付いた、ラウルの血を舐めとりながら吐息を吐いた。その姿は、息を飲むほど妖艶で煽情的。かと思えば、攻撃的な眼光を向けてくる。
ゾクゾクッと全身の血が沸くような昂り。戦場でもこんな昂りは経験したことがない。
「はぁ…ほんとうに貴女と言う人は──」
(…壊してしまいたい…)
グイッと腕を引かれ、そのまま喰らい付くように唇を塞がれた。
激しく貪るようなキス…息が出来ない…
「……ん、ちょ……まっ……!」
必死に空気を求めて、顔を逸らそうとするがラウルがそれを拒む。
(甘い…)
セレーナは辛うじて残っていた理性もプライドも、どうでも良くなってしまった。
「…もっと…」
口から出たのは、ラウルを求める言葉。
「ようやく素直になりましたね」
満足気な顔を覗かせるラウルだが、額には薄らと汗が滲んでいる。余裕が無さそうにシャツのボタンを外しながら見下ろす姿は、悔しいが見蕩れてしまった…