第9話: 戦線の崩壊
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春季攻勢は、ヴィルヘルムたちにとって勝利への希望を抱かせた。しかし、その希望は次第に薄れ、やがて絶望へと変わっていく。
3月末、ドイツ軍は英仏軍の防御線に迫る一方で、物資の不足と兵士たちの疲弊が深刻化していた。攻勢の勢いは徐々に鈍り、前線は崩壊の危機に直面していた。
ヴィルヘルムたちの部隊は、補給が届かない状況の中で孤立していた。
周囲には果てしなく続く荒地と、破壊された塹壕だけが広がっている。
「弾薬も食料も底をついた。このままじゃ、全滅だ。」
隊長が険しい表情で地図を見つめながら呟いた。
「撤退は許されていないんですか?」
ヴィルヘルムが問いかける。
「命令は攻撃の維持だ。しかし、現状ではもう戦うどころではない。」
隊長の声には、わずかながらも諦めが滲んでいた。
その夜、部隊は退却の準備を始めた。正式な命令ではなく、現場指揮官の判断だった。戦線が維持できないことを理解した彼らは、命を守るために後退を決意したのだ。
「俺たち、これで生き残れるのか?」
隣の兵士が不安そうに呟いた。
「生き残れる可能性があるなら、それに賭けるしかない。」
ヴィルヘルムは自分自身を励ますように答えたが、その声は震えていた。
撤退が始まると、すぐに敵軍の追撃が始まった。
ヴィルヘルムたちは散開しながら森の中を進むが、砲撃と銃撃が執拗に彼らを追い詰めた。
「急げ!振り返るな!」
隊長の叫びが響く。
ヴィルヘルムは全身を泥だらけにしながら走り続けた。頭上で木々が砲弾によって裂け、仲間の悲鳴が背後から聞こえてくる。振り返りたくなる衝動を必死に抑えながら、ただ前だけを見ていた。
やがて、部隊はある廃墟にたどり着いた。
瓦礫に囲まれたその場所で、彼らは一時的に身を潜めた。しかし、その安息も長くは続かなかった。
「敵が近づいてきている!」
偵察に出ていた兵士が駆け込んでくる。
「ここで防御陣を張る。もう後がない。」
隊長の冷静な声が響く中、全員が急いで銃を構え、最後の戦いに備えた。
敵の攻撃はすぐに始まった。
数で圧倒されるヴィルヘルムたちは、瓦礫に隠れながら必死に応戦した。しかし、次第に仲間が一人また一人と倒れていき、抵抗は限界を迎えつつあった。
「ヴィリー、まだ生きてるか?」
隣で撃ち続ける兵士が叫ぶ。
「ああ、なんとか。」
ヴィルヘルムは弾薬を確認しながら答えた。
その時、爆発音が響き、兵士の体が吹き飛ばされた。ヴィルヘルムは衝撃で地面に叩きつけられ、頭が真っ白になる。
意識を取り戻すと、周囲には瓦礫と仲間の遺体だけが残されていた。
煙と血の匂いが漂う中、ヴィルヘルムは自分が生き残ったことに気づいた。
「まだ、生きてる…。」
彼は震える手で地面を掴み、立ち上がろうとした。
しかし、敵の銃声が再び響き渡り、彼は身を伏せざるを得なかった。戦場の真ん中で、彼は孤独と恐怖に苛まれながら次の一手を模索していた。
その夜、ヴィルヘルムは廃墟を抜け出し、森の中をさまよった。
生き残った者がいるのか、それとも全員が死んだのか、確認する術はなかった。ただ、彼の心には戦友たちの姿が焼き付いていた。
「ヘルマン…みんな…。」
彼は震える声で名前を呼びながら、無言の夜道を進んでいった。