第8話: 仲間を失うとき
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翌日の朝、戦場にはいつもと同じように冷たい風が吹いていた。
ヴィルヘルムたちは新たな命令を受け取り、次の拠点を目指すために移動を開始した。春季攻勢の勢いはまだ続いていたが、敵の抵抗は日に日に激しくなり、消耗も限界に近づいていた。
「聞いたか?次の標的は高地の防御陣地らしい。」
ヘルマンが塹壕を進む途中で小声で話しかけてきた。
「高地だと?それじゃ完全に敵に有利な場所じゃないか。」
ヴィルヘルムは驚きと嫌悪感を露わにした。
「そうだな。俺たちがどうやってそこを攻略するつもりなのか、隊長ですら分かってないだろう。」
ヘルマンは肩をすくめて笑ったが、その笑顔には明らかに緊張が滲んでいた。
部隊が目標地点に近づくにつれ、銃声と砲撃音が再び激しくなった。
塹壕を出て前進するたびに、誰かが倒れ、仲間の悲鳴が空気を裂いた。ヴィルヘルムは必死にヘルマンの背中を追いながら、泥だらけの地面を駆け続けた。
突然、大きな爆発音が響き、ヴィルヘルムは地面に投げ出された。耳がキーンと鳴り、全身が衝撃で痺れている。
「ヘルマン!」
彼は叫びながら周囲を探す。
爆煙の中、ヘルマンが倒れているのが見えた。
ヴィルヘルムは体を引きずりながらヘルマンに近づいた。彼の体は血で染まり、顔も泥と血に覆われていたが、かすかに息をしていた。
「おい、しっかりしろ!」
ヴィルヘルムはヘルマンを抱え起こそうとしたが、その動きにヘルマンが顔を歪める。
「大丈夫だ…俺は大したことない。」
ヘルマンはかすれた声で答えたが、腹部の傷がその言葉を否定していた。
「黙れ!大丈夫じゃない!」
ヴィルヘルムは叫びながら包帯を取り出し、ヘルマンの傷口に当てて止血しようとした。
「ヴィリー、置いて行け。」
ヘルマンは弱々しく笑った。
「俺はここまでだ。お前だけでも、生き残れ。」
「ふざけるな、絶対に置いて行かない!」
ヴィルヘルムはヘルマンを引きずりながら、砲撃の嵐の中を進んだ。
周囲では友軍も敵軍も入り乱れ、誰が生きているのか、誰が倒れているのかすら分からない混沌が広がっていた。
「もういい、ヴィリー。」
ヘルマンが声を絞り出す。
「俺のことは気にするな。お前が生き残るほうが、意味がある。」
「黙れ!俺たちはここまで一緒だったんだ!ここでお前を失うわけにはいかない!」
ヴィルヘルムは涙をこらえながら叫んだ。
しかし、敵の銃撃がさらに激しくなり、前進が困難になってきた。ヴィルヘルムは必死にヘルマンを守ろうとしたが、背後から敵兵が迫ってくる気配を感じた。
振り返ると、銃を構えた敵兵が立っていた。ヴィルヘルムは咄嗟に銃を向けたが、引き金を引く前にその敵兵が撃ち倒された。
「動け、ヴィリー!」
生き残った部隊の一人が援護射撃を行い、ヴィルヘルムたちを引き戻そうとしていた。
それでも、ヘルマンの状態は明らかに悪化していた。彼の呼吸は浅くなり、目の焦点も定まらなくなってきた。
「おい、まだ死ぬな。ここで終わるな!」
ヴィルヘルムは必死に声をかけるが、ヘルマンは微笑みを浮かべたまま、静かにこう言った。
「ヴィリー、ありがとう。でも、これが俺の運命だ。お前は生き延びて…何かを見つけろ。」
その言葉とともに、ヘルマンの体から力が抜けた。
「おい、ヘルマン!ヘルマン!」
ヴィルヘルムは叫び続けたが、返事はなかった。
ヘルマンをその場に残すことはヴィルヘルムにとって耐えがたいことだったが、敵の圧力が迫る中、彼は泣きながらその場を離れるしかなかった。
仲間たちと合流し、ヴィルヘルムは次の塹壕にたどり着いた。彼の心には深い喪失感が刻み込まれていた。
夜になり、ようやく戦闘が収まり、短い休息の時間が訪れた。
ヴィルヘルムは一人で焚き火のそばに座り、ヘルマンとの思い出を思い返していた。
「俺たちは、勝てるのか?」
ヴィルヘルムの呟きは誰に届くこともなく、戦場の静寂に消えていった。