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塹壕戦の果てに  作者: 瀕死の重病患者
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第7話: 混沌と死の狭間

見て頂き感謝します

春季攻勢は、まさにカオスそのものだった。

戦闘は刻一刻と激化し、ヴィルヘルムたちは塹壕から塹壕へと移動しながら命をつなぐ日々を送っていた。砲撃音が絶え間なく響き渡り、泥と血にまみれた戦場は、もはや地獄以外の何物でもなかった。


ヴィルヘルムは狭い塹壕の中で身を潜め、敵からの弾幕が収まるのを待っていた。周囲には同じ部隊の兵士たちがいて、その多くが泥まみれの顔を苦痛で歪めていた。


「次の移動は15秒以内だ。動くときは躊躇するな。」

隊長が声を張り上げる。


ヘルマンが隣でにやりと笑った。

「15秒以内だってよ。余裕だな。」


「お前の余裕がいつまで続くか、賭けるか?」

ヴィルヘルムは苦笑いを浮かべるが、声には緊張が滲んでいた。


「俺が死ぬときは、お前が泣きながら俺を引きずるときだろうな。」

ヘルマンの軽口に、ヴィルヘルムは苦々しい思いを抱きながらも、少しだけ気が紛れた。


やがて、隊長の合図が響く。

「行くぞ!1、2、3…」


ヴィルヘルムは反射的に体を持ち上げ、塹壕を飛び出した。耳元をかすめる銃弾の音、足元で炸裂する砲弾。全てが彼を恐怖に引き込もうとする中、ただ前に進むことだけに集中した。


「ヴィリー、こっちだ!」

ヘルマンが叫ぶ声が聞こえ、彼の方向へと必死に駆け寄る。


その時、背後で爆発音が轟き、ヴィルヘルムは衝撃波で地面に叩きつけられた。耳鳴りがひどく、周囲の音が一瞬遠のく。


気がつくと、顔に泥と血がこびりつき、息苦しさが体を包んでいた。手を動かして周囲を探ると、すぐ近くにヘルマンが倒れていた。


「おい、ヘルマン!」

ヴィルヘルムは震える手で彼の体を揺さぶる。


「…なんだ、ヴィリー。そんな必死な顔するなよ。」

ヘルマンは目を開け、弱々しい笑みを浮かべた。


「怪我はないか?」

「ちょっと打撲しただけさ。お前の心配のほうがよっぽど怖いぞ。」


その軽口を聞いて、ヴィルヘルムはようやく息を吐き出した。


再び進軍が始まると、彼らは次の敵塹壕に向かって突撃を繰り返した。

敵の抵抗は予想以上に激しく、友軍が次々と倒れていく。


ヴィルヘルムは塹壕の中に飛び込み、そこにいた敵兵と鉢合わせた。互いに一瞬だけ動きを止める。その刹那、敵兵が銃を向けたが、ヴィルヘルムの銃声がそれに先んじた。


「はぁ、はぁ…」

倒れた敵を見下ろしながら、ヴィルヘルムの手は震えていた。


「立ち止まるな、次だ!」

ヘルマンが叫び、ヴィルヘルムを引き上げた。


数時間後、彼らの部隊はようやく小休止を許された。

崩れかけた塹壕に腰を下ろし、ヴィルヘルムは震える手で水筒を取り出した。しかし、水を飲もうとする手が止まる。先ほど倒した敵兵の顔が脳裏に浮かび、吐き気を覚えたのだ。


「ヴィリー、大丈夫か?」

ヘルマンが肩を叩き、水筒を取って自分も一口飲む。


「…わからない。俺は、人を殺した。」

ヴィルヘルムはようやく言葉を搾り出した。


「それが戦争だろ。」

ヘルマンは真剣な表情で答える。

「お前があの敵兵を撃たなかったら、今頃撃たれてるのはお前だ。それがこの地獄のルールだ。」


ヴィルヘルムはそれでも納得できず、視線を地面に落としたままだった。


夜が訪れると、戦場はさらに不気味な静けさに包まれた。砲撃も銃声もない一瞬の静寂が、次の戦闘の前触れであることを彼らは知っていた。


「明日はどこまで進むんだろうな。」

ヘルマンが呟く。


「さあな。」

ヴィルヘルムは短く答えた。


その言葉の裏には、進むべき未来がどれだけ続くのかという不安が隠されていた。

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