第17話 キャラクターの魂はどこに宿るのか。キャラ、プレイヤー、名前?どれも違う。
クロールタウンから南に下り、再び港町リプールに降り立った私は、おもむろにプレイヤーを物色し始める。
私が探しているのは、強いプレイヤーではない。
まだ育て始めて間もないキャラを使っているプレイヤーだ。
はじめてこの町に来たときはなかなか気づかなかったが、こうやってある程度この世界に慣れてくると気づくことがある。
まだ始めたばかりであろう何も装備のないキャラクターなのに、やたらと動きが俊敏だったり、迷うことなく町の店を巡回している。
現実世界では前世の記憶を持って生まれてくることなどあり得ないが、この世界ではキャラのレベルは0からであっても、プレイヤーの記憶は当然そのままでプレイできるのだ。
ちなみに、現実世界でもたまに前世の記憶を持っているというオカルト野郎がいるが、そういった類の人間は、詐欺師か本当に頭がおかしくなったヤツかのどちらかである。
前世の記憶があるといえばマスコミが面白くおかしく取り上げてくれるから、商売として演じているただの詐欺師だ。
しかし極稀に、例えば日本でしか生活したことのない、全くの純日本人夫婦の間に生まれた赤ん坊が、他の国の言語を話していたという、不可解な現象が起きることがある。生まれてこの方、一切のその言語にかかわる資料を見せたことも、話しているところを聞かせたことないにも関わらず、だ。
その子の前世は他の国の人間で、その時の記憶を持って生まれてたのではないか、と騒がれる。
しかし、そんなことはあり得ない。
この話の答えは、赤ん坊がまだ母親のお腹の中にいた時に、テレビで他の国の人が話しているところを聞いていて、たまたま覚えていたということだ。
現実世界では、前世の記憶を持っているというのは、全くあり得ない話なのである。
他にも占い師などは、相手の前世が分かるなどと言って、現世での運命をかたることがあるが、それらも全てデタラメなので注意されたし。
もうお分かりかもしれないが、私は前世の記憶を持っているプレイヤー、つまり2体目、3体目のキャラクターを育てようと思っているプレイヤーに、この私のキャラ、レナを売ろうと考えている。
このネトゲの世界では、キャラクターというものは売れるのだ。
キャラクターには値段が付く。
ネトゲの世界では、というか、現実世界でも人間には様々な角度から値段がつけられる。
例えば、転職の市場価値のように、積んできたキャリアによって明確に年収400万円という値札がつけられることもあれば、恋愛市場のようにルックスをもとに曖昧な価値基準で測られたり、あるいは風俗で働く女性のように時間単位で値段がつけられることもある。
そういった意味では、このネトゲでキャラに付く値段は、キャラクターのレベルと装備により決定される。
特に、このキャラ、レナはイタチの指輪を装備しているから、かなり良い値段で売れるだろう。
そして、売ったお金で新しいキャラを買う。
そうすると、新しく購入したキャラクターは、レナではなくなるのかというと、そんなことはない。
キャラクターの名前は後からも変更が可能だ。現実世界でも複雑な手続きを経れば、名前は変えられるが、このネトゲの世界では比較的気軽に名前を変えられる。
それでは、ネトゲの世界では、そのキャラの魂は、どこに宿るのか。
それは、キャラ自身でもキャラの名前でもない。
プレイヤーの脳だ。
キャラクターの人格は、プレイヤーの脳に存在している。プレイヤーである人間の、体や手足、顔、心臓、肺などはすべて関係ない。それらは、脳を維持するための機能であって、別に人工器具でも問題はない。
つまり、レナの人格は藤井レイナという人間の脳の中に存在している。
だから、レナというキャラを売っても、新しく他のキャラを買っても、レナはずっと存在しているのだ。
港町リプールの広場に到着した私は、周りの人々を確認する。
うむ。なかなか見込みがありそうだ。
取引をする人々を見ていると、あることに気付いた。
リアルマネー円と、ゴールドの相場が少し変わって、ゴールドの価値が高まっているようだ。
1P(円)=4000Gとなっている。以前は、1P=5000Gだったはずだが……。
2000Pのイタチの指輪を持っている私にとって、少々向かい風の状況だ。
取引ボードを掲げて叫んだ。
「キャラ売ります!レベル15まで育成済み!すぐに転職可!イタチの指輪装備!
1,000,000G!後払い可」
イタチの指輪の価値が800,000Gだから、キャラ自身の価値は200,000Gと見積もっていることになる。
まあ、まだ初級職のレベル15だから、そんなところであろう。
さっそく、見込み客からの返事が来る。
「買いたいです!」
見たところ、装備はない、育て始めたばかりのキャラのようだ。一見、お金なんか持ってなさそうに見えるが……。
「ありがとうございます。後払いで結構ですが、1,000,000Gがあることだけ、確認させてもらっています」
「はい!
本キャラでログインしてくるので少しお待ちください」
「分かりました」
やはりな。
……。
強そうな装備を持っている上級職のダークナイトが近づいてくる。
「先ほどのものですが」
「購入予定の方ですね」
「はい。それでは、1,000,000G確認します」
私は、取引ボードで、確かに1,000,000Gを持っていることを確認した。
「OKです。
それでは、流れとしては、今ここでこのキャラのIDとPWを教えます。
ログインして確認後、PWを変更してください。
その後、私はレナっちという、新しいキャラを作ってくるので、そのキャラに1,000,000Gを渡してください」
「分かりました!」
「それでは、IDはgyunyupurin、PWはkurogomapurinです」
「了解です」
「それでは、ログアウトするので、ログインできたらPWを変更してください。
私は、レナっちを作ってきます」
「はい!」
そう言って私は、ログアウトした。IDもPWも、すべて嘘偽りのない本当のものだ。
そして、新しくメニュー画面でレナっちを作り終えた私は、再び最初の草原を抜け、港町リプールにたどり着いた。
2回目となれば、慣れたものである。
そこには、先ほどまで私が操作していた、キャラ名「レナ」が動いていた。
……私だ。
レナと書かれたキャラは、私に話しかけてくる。
「レナっちさん!どうも!
先ほどのダークナイトのショウヘイです!」
「どうも、無事、ログインできたみたいですね」
「PWも変更できました」
「了解です。
それでは、1,000,000Gをお願いします」
「はい。ダークナイトで来ます」
……。しばらくして、ダークナイトのショウヘイが来た。
「いやあ、ちょうど2体目を育てるところだったので、助かりました」
「いえいえ。こちらこそ、ありがとうございました」
「……あの、少し安くしてもらうことってできないですよね?」
このバカヤロウ、PWを変えた後にいう言葉か?
「それは、できないですね」
「……。」
人間は、自分が強い立場になったら、相手は抵抗してこないと思って性格が変わるものだ。
こいつは信用できると思ったが、私の目はまだ甘かったかもしれない。
もし譲歩しない結果、トンズラされたら面倒だ。
少しくらいまけてやるか。
「特別に800,000Gでも良いですよ」
「本当ですか!?
ありがとうございます!
それじゃあ、送りますね」
『800,000Gを手に入れた』
よしよし。
このまま私が、簡単にレナのキャラを手渡すわけがなかろう……。
私は、前もって、PWにある特別な仕掛けを施しておいたのだ。
だが、ショウヘイくん、悲しまないでほしい。
私がこの世界で神になれば、今プレイしているものは皆、勝ち組になるはずのだから……。