第15話 自分の職業は自分で選ぶ。ネトゲはすべて自由である。
11話 自分の職業は自分で選ぶ。ネトゲはすべて自由である。
クロールタウン、森の神殿に佇む老人は私に話しかける。
「おぬしは、何に転職したいんじゃ?」
私は……。何になりたいんだ?
盗賊……? いや、違う。
私の職業は、詐欺師だ。
「なんじゃ、決まっとらんのか」
「……私は、転職しません」
「えっ?」
「私は、初級職のままでいいと言っている」
「なんと。それでは、これから大変じゃぞ。
スキルや職業固有の強化パラメータが得られない」
「大丈夫です」
「ほうそうかい……。はじめてのケースじゃのう
まあ、そういうなら良いのじゃが……」
老人は、変なものでも見るような目でこちらを見る。
キャメルもカナデも私の方を見て驚いている。
2人ともそれぞれ、ヒーラーと戦士への転職に向けて手続き中だ。
「レナちゃん、転職しないの?」
「うん。よく考えたら、私別に転職する必要ないし」
「一緒に狩りいけなくなっちゃうかも……」
「広場でお話しようよ。
楽しみ方は人それぞれだよ」
「……そうだね!レナって、不思議な子だね~」
「そうかな? はは」
ネトゲの楽しみ方は人それぞれである。
レベル15になったら転職できるというと、何かみんなと同じように転職しなければならないような気になってくるが、別に必須ではない。
確かに、転職すればキャラクターの能力値はアップし、それぞれの攻撃スキルなどを覚えることができる。モンスターの狩りを有利に進めていくことができるだろう。
それでも、転職しないという選択肢があっても良い。
それがネトゲだ。
現実の世界では、高校を卒業すると、就職か進学を迫られる。
どちらもしない、という選択は得られない。
なぜなら、日本では勤労の義務が定められているから、すべて国民は働かなければならず、もし就職しないのであれば、その準備期間として進学しなければならないからだ。
なぜ、自由なネトゲの世界に来てまで、皆と同じように一生懸命モンスターを倒して、既定のレベルに達したら、思考停止で転職をしなければならないのか。
せっかく自由なのだから、私はあえて転職しないという選択肢を選びたい。
人には、愚行権という権利がある。
その選択肢が一般的に良くないものであっても、あえてその選択肢を選び、不幸せに近づく権利があるのだ。
私は、現実世界で酒は飲むし、タバコも吸う。
どちらも体に害があることは当然知っているが、それでも自分の意志で選択しているのだ。(当然、まだ高校生なので、その点では完全に法令違反ではある。)
老人は、納得しない顔をしていたが、気を取り直したようで、声をかける。
「それじゃ、転職する2人はこちらに来なさい」
「はい」
「……」
2人は奥で何か手続きを済ませた後こちらに返ってきたが、まだ初級職のままのようだ。
すっきりしない顔をしている。
「2人とも、頑張って集めるのじゃぞ。
ヒーラーは生命の石、戦士は刀剣の石じゃ。
あるモンスターを倒すとたまにドロップするからの」
「頑張ります~!」
「ヒーラーは深淵の泉、戦士は無風の岩場に生息するモンスターじゃ」
「は~い。分かりました」
まだレベル15の他にまだ条件があったらしい。
「レナ、お待たせ。
私たち、これから石を5個集めないといけないんだって」
「手伝うよ。
私は転職しないし」
「え?いいの!
レナってホント優しい!」
「カナデのもね」
「……ありがとう」
「じゃあ、私はちょっと用事があるから、先に行ってて」
「分かった~!
深淵の泉でモンスター倒してるね!」
「……ボクは無風の岩場」
「うん。
じゃ、できるだけ早くいくね」
手を振って2人を見送る。
あの森の神殿の老人、私が転職をしないと言ったら面食らっていたな。
そりゃ、転職した方が強くなれるし、ゲームを有利に進めることができる。
断るプレイヤーはいなかったのだろう。
あのじじいも、今までみんなが転職させてくれと懇願するから、特権階級のように威張っていたのが容易に想像できる。
強い立場は、人を横柄にする。
スタンフォード監獄実験という心理学の実験がある。
ランダムに看守役、受刑者役を選び、それぞれの役割を、実際の刑務所と同じ形で再現すると、時間がたつにつれ、看守役を与えられた人間は次第に看守のように権力的で横柄に、受刑者役はより従順な受刑者の性格に近づいていくのだ。
つまり、その人のもともとの性格にかかわらず、みんなが森の神殿で転職をしたがるという事実が、あの老人を偉そうな性格に変えてしまうのである。
しかし、ネトゲは自由だ。
相手が老人だからといって、儒教社会のように年上を敬い敬語を使って話す必要はないし、タメ口で説法を聞かされる筋合いもない。
相手に価値があると思えば、敬語で話せばよい。極めて簡単な話だ。
私は、あの老人と話す必要はないから、別に気を使う必要もないのだ。
あの老人の驚いた顔……本当に楽しかった……。
だが私は、このまま初級職でいるつもりは毛頭ない。
弱い立場のままこの状況に甘んじるはずはないのだ。
この世界では、上手く生きていくやり方は無限通りにあるといっても良い。
ただ、その方法に気付くか気づかないかの問題である。
そのためには、この森の神殿では場所が悪い。
……そうだな。
一番最初の町、リプールが一番適しているだろう。
リプールはプレイヤーが皆、最初に訪れる町だ。当然弱小プレイヤーばかりであるが、それは同時にそのキャラを育てて間もない、ということだ。
そのキャラは、プレイヤーが初めて育てるキャラとは限らない。
当然、2体目、3体目を育てているプレイヤーもいるだろう。
職業は1キャラにつき、一つしか選べない。
戦士を育てた後は、ヒーラーとしてプレイしたいかもしれないし、遠距離攻撃のアーチャーを使ってみたいかもしれない。
つまり、今操作している弱小キャラの他に、ある程度育てた強いキャラを他に持っている可能性が高い。
ふふ。私は、あの老人を通さずとも、一気に転職して、レベルを上げてやる。
待ってろよ……。