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ベール越しのファーストキス(1/1)

 次の日の朝。私は寝不足で頭がぼうっとしていた。


 だけど、徹夜明けのテンションとでも言うべきか、気分は高揚している。私の部屋で朝食を取ろうとやってきたニキアスさんに、「プレゼントよ」と言ってあるものを差し出した。


「リボン?」


 私からの贈り物を見て、ニキアスさんは瞠目した。


「この薄紫の布……昨日買ったものだよね? 両端の刺繍は……」

「私のお手製よ。一晩かかって縫ったの」


 私はあくびを噛み殺しながら言った。


「ニキアスさん、髪長いでしょう? まとめないと邪魔かと思って」

「これ、僕にくれるの?」


 ニキアスさんはポカンとしていた。


「いいの? 本当にいいの?」

「ええ、もらってちょうだい」


 私が頷くと、ニキアスさんは首の後ろに手を回し、器用にリボンで黒髪をひとまとめにした。姿見に自分のうなじを映して、口元を緩める。


「似合ってる?」

「とっても素敵よ」


 自分の作品にこんなことを言うのはおかしいかもしれないが、ほかに言葉が見つからなかったのだ。


 上品さと華やかさを兼ね備えた淡い紫色のリボン。銀糸の刺繍がそこに遊び心を添えることで、ニキアスさんのみずみずしい魅力を引き立てていた。


 私の見立て通り、この布はニキアスさんをより格好よく見せる役割を果たしてくれたわけだ。


「ユリアーネ……キスしていい?」

「だめよ」


 私がかぶりを振ると、ニキアスさんはすごくがっかりした顔になった。私もちょっと残念な気分に……なってないわよ、別に。


「さあ、食事にしましょう。ずっと作業してたからお腹ペコペコよ」


 私はソファーに腰かける。ニキアスさんも片手でリボンに触れながら、私の向かいに座った。


「それで、ぬいぐるみにはどんな服を作ったの?」


 ニキアスさんの質問に、私は「作ってないわ」と返した。


「だって、どんな作品にするか悩む度、ニキアスさんの顔がちらついてしまうんだもの。お陰で、昨日は夜通しニキアスさんのことばかり考えてたわ。そんな状態でぬいぐるみの服なんて作れるわけないでしょう? だからニキアスさんへの贈り物の作成に取りかかって、気持ちをすっきりさせようと思ったの」


「……え?」


「分かってるわよ。皆まで言わないで。私、何だか変よね。それにね、ニキアスさんへのプレゼントを作ったら少しは落ち着くかと思ったのに全然なのよ。頭の中では、次にニキアスさんに贈る物のことを考えちゃってる。このままだと、いつまでたってもぬいぐるみの服が完成しな……」


 ニキアスさんに顎をすくわれ、続きは言葉にならなかった。彼はいつの間にかテーブルの上に身を乗り出している。


「好きだよ、ユリアーネ」


 間近で囁かれて、心臓が止まりそうになった。ベールを通してニキアスさんの呼吸を感じられそうなくらいに距離が近い。


「だ、だめよ……」


 私は掠れた声を出す。


「触らないで……」


 声に力がこもっていないのが自分でも分かった。ニキアスさんの服を強く掴む。


 昨日のお買い物の最中に頭に浮かんだ問いが、またしても脳裏を駆け巡る。


 私はニキアスさんの愛情を拒絶できる?


 考えなくても答えはすぐに出た。いいえ、だ。私はニキアスさんを拒めない。彼に愛されることはこんなにも心地よいのだから。


 ベール越しだというのに、ニキアスさんの指先の熱さが伝わってきた。その熱で私の体も溶けてしまいそうだ。


 唇に温かいものが触れる。


 布を一枚隔てているのに、私はニキアスさんの唇を鮮やかに感じ取っていた。そのしっとりした柔らかさに夢見心地になる。私は支えを失った人形のようにニキアスさんの肩に頭を乗せた。


 ……大丈夫。まだ直接は触れていない。


 恍惚としながらも、私は理性を保とうと必死だった。


 私はまだニキアスさんの魔力を吸っていない。ニキアスさんの魂は、まだ魔力の糸でしっかりと肉体と繋がっている。安心していい。彼はまだ死なないから。


「信じていたよ。君と気持ちが通じ合う日がくるって」


 次の一言を目と目を合わせて言うために、ニキアスさんは私をそっと引き剥がした。


「愛してる」


 またしても理性を総動員しなければならなかった。


 この言葉にどう応えるかで、これからの私たちの未来が決まってしまう。そんな予感がしたから。


 ここで「私もよ」って返せば、次にニキアスさんは私の唇に直接触れようとするかもしれない。命知らずな彼ならやりかねないだろう。そして、私は哀れな未亡人になるのだ。


 それが嫌なら返すべき答えは一つだった。


「私も愛しているわ」


 はっきり言って、恋の前に理性など存在しないも同然だ。役立たずのこの口は、勝手に本心をぶちまけていた。


 でも、それでよかったのかもしれない。


 だって、ニキアスさんが今度は情熱的に抱きしめてくれて、それがとても嬉しかったんだから。


 やっぱり私、どうにかなってしまったみたいだ。

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