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灰色令嬢の白いもふもふ結婚(1/2)

 ……ここ、どこ?


 翌朝目覚めた私は、軽い混乱に襲われていた。視界に入ってきたのが、見慣れた自室の天井じゃなかったからだ。自分の部屋以外で目を覚ますのは、これが初めてである。


 でも、すぐに思い出す。私は昨日結婚した。そして、ここは私の新しい家。ツィルマー城の居室の中だ。


 それにしても、昨日は色々あった気がするわ……。


 ぼんやりとした頭で部屋を出ようとする。けれど、ドアが固いものにぶつかって半分ほどしか開かなかった。


「……ニキアスさん?」


 床に横たわる青年を見てぎょっとなる。何でこんな場所に!? まさか死んでるんじゃ……。


 悪い予感が頭をかすめたものの、ニキアスさんが寝息を立てているのに気づいて安堵した。よかった。ちゃんと生きてるわ。


 ――君の気が変わるまで、僕はここで待っているよ。


 そういえば昨日の晩、ニキアスさんはそんなことを言っていたけど……。もしかして、本当に一晩中ここにいたの? 私がドアを開けるのを待ってた?


 ……何なのかしら、この人。


 やっぱりニキアスさんの思考回路は理解不能だ。でも、このままじゃ風邪を引いてしまうかもしれないから、さっきまで私が床に敷いていた膝掛けを彼の体にかけてあげる。これで少しは温かくなるだろう。


「奥様、お目覚めですか?」


 ドアにノックの音がする。入室を許可すると、エプロンドレスを身につけた女性が入ってきた。


「わたくし、奥様のお世話をするように旦那様から言いつかった者です。どうぞよろしくお願いいたします」


 つまり、侍女ってこと? 私は礼儀正しく一礼する女性を信じられない気持ちで眺めた。


「おはよう、ユリアーネ」


 足元からも声がした。ニキアスさんが膝掛けからモゾモゾと這い出してくる。


「これは君がかけてくれたのかい? 優しいんだね。ついでに、おはようのキスももらえると嬉しいんだけど」


「寝ぼけたこと言わないで。それより、この人は何なの?」


 侍女のほうを見た。


「私、お世話係なんていらないわ」

「そういうわけにはいかないよ。僕の妻に不自由な思いはさせられないからね」

「不自由なんかしないわ。……悪いけど、下がってちょうだい」


 私が命令すると、侍女は大人しく退出していく。ニキアスさんが困ったように「ユリアーネ」と言った。


「深窓の令嬢って、身支度は基本的に他人任せだろう? 僕の姉なんて、自分では靴紐も結べなかったよ」


「そっちのほうが不自由じゃないの。私なら平気よ。今まで自分のことは自分で面倒見てきたから」


 うっかり触れれば命を落としてしまうかもしれない。そんな私をお世話したがる人なんて誰もいなかったんだもの。


「侍女がいらないなら、いっそのこと、僕が君の従者になろうかな」


 ニキアスさんは顎の下に手を当てる。


「……うん、悪くない。そうすれば、ユリアーネと長い時間一緒にいられるしね」

「何でそうなるのよ……」


 あまりにも突拍子もないことを言われ、もはや呆れることしかできない。私は昨日から疑問に思っていたことをニキアスさんに聞いてみることにした。


「手を握ったり一緒に寝ようとしたり……ニキアスさん、一体何を考えてるの? 何で私を普通の奥さんみたいに扱うわけ?」


「君が好きだからだよ。ほかに何があるんだい?」


 ニキアスさんは困惑気味だ。「なぜこんな当たり前のことを聞くんだろう?」と考えているのが分かった。


「好きって言われても……」


 これは……愛の告白? この私に? 


 ……どうしよう。なんて返したらいいのか分からない。妻としては「ありがとう。私もよ」って返事するべきなのかもしれないけど……。


 その時、ぐぅ、と私のお腹が鳴った。ニキアスさんが「そうだ! 朝食!」と声を上げる。


「従者としての初仕事だね! すぐに美味しい食事を持ってくるよ! 一緒に食べよう!」


 ニキアスさんは弾む足取りで部屋を出ていく。私は「従者もいらないわよ!」と後ろから声をかけたけど、その時には彼は廊下の端っこの小さな点になっていた。


「やっぱりこの結婚……何かおかしくない?」


 そうぼやいてしまったものの、どうしてだか嫌な気持ちはわいてこない。


 きっと、誰かに「好き」と言われて、恋愛感情を向けられたのが初めてだったからかもしれない。


 今の私じゃニキアスさんに同じ返事をすることはできないけど、それでも彼とは良好な関係を築けるかもしれない。


 何となくそう思ったのである。



 ****



 ニキアスさんが出ていったあと、私は服を着替えた。首までぴっちり詰まった長袖のドレスだ。手には黒い手袋をはめ、頭全体をベールで覆う。


 私は普段から肌の露出を少なくするように心がけていた。間違って素手で誰かに触って、魔力を奪ってしまわないようにするためである。


 もっとも、部屋に一人でいる時はベールや手袋は外しているんだけど、ニキアスさんがここに戻ってきた時のために、用心はしておこうと思ったのである。


「それ、何だい?」


 着替えを終えた私が部屋の空気を入れ換えるために窓を開けていると、ニキアスさんがドアの向こうからひょっこりと顔を出した。


 彼の視線は床に置いてある台の上に向いている。私はとっさにそれ(・・)に布を被せて隠そうとしたけど、もう手遅れだった。室内に入ってきたニキアスさんは問題のものをじっくり眺め始める。


「どこかの古城のミニチュア……かな? よくできてるね。腕のいい職人の作品かな?」


「……ドールハウスよ」


 頬が熱くなるのを覚えつつも、城の陰から手のひら大のリスのぬいぐるみを取り出した。


「この子のお家。あと、これは私が作ったの」

「え、ユリアーネが?」


 ニキアスさんは目を丸くした。


「すごい! こんな才能があったんだね! 完成させるのにすごく時間がかかったんじゃない? この城大きさ、君の腰くらいあるじゃないか! それに、一室一室も凝った作りになっていて、本当にここで生活できそうだよ! この寝具なんて、すごくふかふかで滑らかだ!」


「絹を使っているのよ。あと、中には羽毛を詰めてあるの。ぬいぐるみの家だからって、手抜きはしたくないもの」


 自然と早口になってしまう。この趣味のことを誰かに堂々と話すのはこれが初めてだった。


「壁際のスイッチを押せば明かりもつくし、ポンプからは水だって出るわ。魔法具を取りつけてあるのよ」


「わあ! 本当だ!」


 ニキアスさんは子どもみたいにはしゃいでいる。壁のボタンをパチパチやって、シャンデリアをつけたり消したりしていた。


 私は周囲を見回す。


「ニキアスさん、ツィルマー城に私の居室をいくつも用意してくれたでしょう? だからここは、ドールハウスのための部屋にしようと思って」


 ドールハウスを保管しておくだけではなく、修繕や、新しい家具の作成もこの部屋で行う。ここは私の工房。アトリエだ。


 実は、私はそういう作業部屋を持つことにずっと憧れがあった。


 実家では叔父夫婦の手前、あまりワガママを言うことは躊躇われたけど、婚家では好きに使っていい部屋を与えられたのだ。だったら、ここでは遠慮する必要はないだろう。そう思ったのだった。


 もうぬいぐるみで遊ぶような年齢でもないし、私がこんな一面を持っていると知ったらニキアスさんは呆れるかと思ったけど、それとは真逆の反応をしたのが意外だった。


 それどころか、フライパンを持ったぬいぐるみを台所に立たせて、「もうすぐホットケーキが焼けるよ! 食べていってね!」と裏声でアテレコしている。私以上にノリノリじゃないの!


「君は本当に素晴らしいよ」


 ミニチュアのテーブルに置いたお皿の上にイマジナリー(・・・・・・)ホットケーキ(・・・・・・)を並べながら、ニキアスさんが感嘆のため息を吐いた。私は照れを覚えずにはいられない。


「初めは暇つぶしのつもりだったのよ。人形遊びなら、部屋で一人でもできるし。でも、いつの間にかハマっちゃって……。今ではこの子と丸一日いることだって少なくないわ」


「へえ……丸一日……」


 ニキアスさんの声に若干の嫉妬がにじんだ気がした。……ううん、気のせいよね。まさかぬいぐるみに妬くなんてあるわけないし……。


 その時だった。ニキアスさんの体が(かし)いで、その場に倒れ伏す。突然のことに私は息が止まりそうになった。


「……ニキアスさん?」


 呼びかけても返事がない。私は血も凍るような思いで彼の傍らに膝をつき、今度は大声で「ニキアスさん!」と叫んだ。


「どうしたんだい?」


 のほほんとした声が返ってくる。ニキアスさんの手の中から、リスのぬいぐるみが這い出してきた。

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