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どっちのあなたも大好きだから(1/1)

 私の指が硬いものに当たる。


 土の中から出てきたのは大きな箱だった。私たちは途中から手で掘るのをやめて、納屋から拝借したシャベルで土を掻き分けていく。


 土中から出てきた箱には錠前が取りつけられていた。ペンダントのカギを錠前の穴にはめて回す。カチリ、と解錠された音がした。


「これは……鎖?」


 中に入っていたものをニキアスさんが取り出す。銀に輝く鎖だ。


 以前、産婆から聞いたことがある。お母様の死の直前に、その体から銀の鎖が飛び出してきた、と。もしかして、これのこと?


 箱の底にはいくつもの紙の束が入っていた。私たちはそれらを手分けして明星花の明かりの下で読んでいく。


「この鎖、魔法具みたいだね。魔力が絶え、死にゆく者の魂を肉体に繋ぎ止める用途で使用される……だって」


 資料に熱心に目を通しながら、ニキアスさんがその中身をかいつまんで話す。


「魂と肉体は魔力で繋がっている。だから魔力がなくなれば人は死ぬけど、魂が離れて間もない状態の肉体にこの魔法具を使えば、この鎖が魔力の代わりに……。ええと……要するに、今度はこの魔法具が魂と肉体を繋ぐものになるってこと……かな? 魔法具の使用材料は……そんな! 人間の魂だって!?」


 ニキアスさんの悲鳴も私にはほとんど聞こえない。私は箱の中に入っていた小さなメモを食い入るように見つめていた。


『これから生まれてくるあなたへ


 これを見つけたということは、カギに彫ったメッセージの答えが分かったのね? あなたの誕生祝いで作った花壇に埋めておくなんて、少し簡単すぎたかしら?


 ここに入っているのは、あなたのお父様の命を奪った魔法具です。けれど、これはお父様の遺産でもあるの。だからかしら? 日誌は衝動的に塗りつぶしてしまったけど、研究の成果そのものはとても捨てられそうにありませんでした。


 とはいえ、私はもう関連資料も含めて何も見たくないから、手元に残された全てをここにしまっておきます。でも、この箱の中身をあなたが有効活用できるのならそうなさい』


 最後の署名にはお母様の名前が書かれていた。これはお母様が私に向けて書いた手紙なんだ。


 ――あなたの誕生祝いで作った花壇に埋めておくなんて、少し簡単すぎたかしら?


 ちっとも簡単じゃなかったわ、お母様。でも、仕方ないわよね。これを書いた時のお母様は、娘が引きこもりになるなんて知らなかったんだもの。


 だけど今は違う。私はもう、天上の星ばかり見つめて両親の元へ連れていってほしいと願うことしかできない無力な少女じゃない。


 今の私は地上の星を見つけられる。幸せな未来を掴むためなら、部屋の外にだって出ていく。愛する夫とこれからも生きていきたいと望んでいる、ニキアスさんの妻なんだ。


「だめだ……」


 ニキアスさんがうめく。


「ユリアーネ、君の体質を治す手がかり、何か見つけたかい? 僕のほうは全然だよ。それどころか、君のご両親はこの魔法具を使用した際の副作用のことすら知らなかったみたいだ。これはまだ試作品の段階なのかもしれない」


 私は黙ってニキアスさんにお母様の手紙を渡す。それを読んだニキアスさんの顔が曇った。


「実験中の事故ってそういうことだったのか……。遺産……。この魔法具は、君の父上の魂を材料にして作られているんだね」


 ニキアスさんは何かを考え込むように鎖を見つめた。私はため息を吐く。


「せっかく実家に帰ってきたけど、すぐには私の体質を治せそうもないわね。この資料は持ち帰って、私たちで研究を進めるしかないのかしら。それか、魔法具の専門家に任せるか……」


「だけど、資料を読む限りだと、君のご両親はこの鎖の開発に相当な時間をかけていたようだよ。それなのに、研究はまだ途上なんだ。専門家に見せてもすぐに解決するかな?」


「だって、ほかに方法がないじゃない」


「いや、そんなことはないよ」


 ニキアスさんは魅せられたように鎖を手に取る。


「資料の中には、鎖の使用方法が書かれたものもあった。それに、義母上はこの魔法具を『有効活用できるのならそうなさい』と言っていた」


「え、使うの、これを? 誰に?」


「僕だよ」


 ニキアスさんは親指で自分の胸をトントンと突いた。私はポカンとする。


「何を言っているの? この鎖は、魔力切れを起こして、体から魂が離れていきそうな人にしか使えないのよ。ニキアスさんの魂は、まだ自分の体にちゃんと入ってるじゃない。第一、この魔法具をニキアスさんに使う理由が何もないわ」


「そんなことはない。この魔法具を使うと体質が変わってしまうだろう? 触れただけで他人から魔力を吸い取るようになるんだ。だから君は生きた人間には素手で触れない。だけど、どうしてぬいぐるみには平気で触れられるの?」


「そんなの、ぬいぐるみには魔力がないからに決まってるでしょう」


 ニキアスさんが何を言いたいのかさっぱり分からなかった。彼は「そのとおりだよ」と小さな笑いを浮かべる。


「君はぬいぐるみには触れる。ぬいぐるみには吸い取るべき魔力がないからね。魔力を持たないものって、ほかにもあるよね? ドールハウス、布きれ、普通の木や草、それに……ユリアーネ」


「私?」


 確かにニキアスさんの言うとおり、私は魔法が使えない。生まれてくる時に、もう自然回復の見込みがないほどの大量の魔力を使ってしまったから。


「ねえ、ニキアスさん。なぞなぞやってないで、早く何を考えてるのか教えてよ」


「じゃあ、端的に言うよ。僕が君と同じになれば、君は僕に触れられるようになる。要するに、僕も『灰色令嬢』になればいいってことだよ。……いや、『令嬢』ではないかな」


「あっ……」


 初めてニキアスさんの考えが理解できて、私は衝撃のあまり言葉を失ってしまった。


 同じ体質の者同士なら触れても問題はない。だって、相手には吸い取るべき魔力が存在しないんだから。


 一瞬、これは素晴らしい解決方法のような気がして、私は笑顔になりかけた。


 けれど、この選択がもたらすものに気づき、すぐに「絶対にだめ!」と首を振る。


「ニキアスさん、自分が何を言ってるのか分かってるの? もう誰にも触れられなくなっちゃうのよ? 外出する時は手袋とベールを身につけて、他人からは変わった瞳や髪の色を陰でコソコソ言われるの。そんなの耐えられる?」


「耐えられるよ」


 ニキアスさんは平然と言ってのけた。


「それに、誰にも触れられないわけじゃない。君には触れるじゃないか。ユリアーネ以外の誰かと親密な触れ合いをしたいなんて思うことはこれから先ないだろうから、何の問題もないよ」


「大問題よ!」


 私はかぶりを振った。


 灰色令嬢でいることがどういうことなのかは、私が一番よく分かっている。ニキアスさんは何もかもを軽く考えすぎだ。


「あのね、ニキアスさん。もっと冷静になって。今後のあなたは、触れるだけで他人を殺してしまうかもしれないという恐怖を抱えて生きることになるの。人殺しにはなりたくないから、部屋に閉じこもって、どこにも行かない生活を送ることになるのよ」


「そんな生活、今の君は送ってないように見えるけど」


 ニキアスさんはおかしそうに両眉を上げた。私は言葉に詰まる。


「ユリアーネ。僕が一番嫌いなもの、何か知ってるよね?」


「……後悔」


「こうしている間にも時は流れている。ユリアーネと触れ合えるかもしれない貴重な一分一秒が失われているんだ。僕はそれがすごく悔しいんだよ」


「でも……」


「僕がせっかちで堪え性がないってこと、もう気づいてるでしょう? 君の体質が治るのはいつになるか分からない。そもそも、治るかどうかも不明だ。でも、僕が体を張れば事態はすぐに解決する。……こんな時、僕がどんな手段を取るのかははっきりしてるだろう?」


 ニキアスさんの決意は固かった。


 本当に……なんて人なんだろう。


 彼は、私がニキアスさんと同じになれないなら、その逆を試せばいいと思っている。自分の力では魂を肉体に繋ぎ止めることもできない私は間違いなく皆よりも劣った存在なのに、彼はそこまで堕ちてもいいと言っているんだ。


 自暴自棄や破れかぶれとは違う。こういうのは多分、愛っていうんだろう。お母様が私を命がけで救ってくれたのと同じ気持ちが、ニキアスさんを突き動かしているんだ。


「……魔力切れを起こすくらい強い力を使うのって、簡単じゃないと思うけど」


 私の言葉に、ニキアスさんの顔がパッと輝く。「それなら心配いらいないよ」と言った。


「君が僕の魔力を吸い取ってくれ。そして、僕の魔力が尽きたタイミングで魔法具を使うんだ」


 この件に関しては、どうやら私も共犯者にならないといけないらしい。まあ、とっくに覚悟なんてできているけど。


 私の幸せな未来のためならば、こんな体質、いくらでも利用してやるんだから!


 私は泥だらけの黒手袋を脱ぎながら、「本当にいいのね?」と最後の念押しをする。


「もうぬいぐるみにも憑依できなくなるのよ。私に洗濯されることも、ぬいぐるみ用の綺麗なドレスで着飾ることもできなくなるわ」


「……まったく問題ないよ。むしろ、君のほうが困るんじゃないかい? ぬいぐるみが動いた! ってあんなにはしゃいでいたのに」


「私なら平気。前に言ったでしょう? ぬいぐるみのニキアスさんも人間のニキアスさんも、どっちも大好きなんだもの」

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