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天上の星と地上の星(1/1)

 その後も調査は続く。


 研究室を調べ終えたあとは、両親の私室に取りかかった。


 やはりというべきか、ここも死ぬほど散らかっている。私とニキアスさんは、汚部屋を何日もの間ひっくり返し続けた。


 けれど、何も手がかりは出てこない。ついに探す場所がなくなった日の晩。私とニキアスさんは途方に暮れて居室のベッドに横たわっていた。


「もうお手上げね……」


 疲労困憊の私は天井を仰いだ。


「何だかがっくりきちゃった。ここから一歩も動きたくないわ。ニキアスさんをもふもふすること以外、今は何もしたくない……」


 私はリスのぬいぐるみに憑依したニキアスさんの頭を指先で撫で回す。ニキアスさんはされるがままになりながらも、「諦めたらだめだよ」と言った。


「きっと僕らは何かを見落としてるんだよ。大体、おかしいじゃないか。ご両親の研究の記録はほとんど完全な形で残っているのに、君の出産の時に使った術だけ何の資料も見つかっていないなんて。絶対に何かあるんだよ!」


「捨てちゃったのよ、きっと」


 私はぬいぐるみの尻尾をつまみながら言った。


「だって、そうとしか考えられないじゃないの。意図的に破棄したから資料がない。ほかに何があるの?」


「でも、君の両親なんだよ?」


 ニキアスさんは私の指をぽふぽふと叩いた。


「たとえば、君が新作のドールハウスを何カ月もかけて作ったとするよ? でも、途中で失敗したことに気づいた。致命的な欠陥があって、その人形の家はどうやっても誰も住めないようなところになってしまったんだ。そんな時、君はどうする? そのドールハウスを捨てちゃう?」


「まさか! とっておくわよ! だって何カ月もかけて作ったんでしょう? それに、まだ何かに使えるかもしれないし、もしかしたら上手く修繕する方法を見つけられるかもしれないし……」


 こんなことだから、私の部屋はもので溢れかえっているのだ。ニキアスさんは「ユリアーネならそう言うと思ったよ」と返す。


「娘の君がそういう性格なんだ。それならご両親はどうだろう? 自分たちの研究の成果を簡単に捨てるかな?」


「……捨てないかもね」


 私は白旗を揚げた。私の両親のことなのに、何で血も繋がってないニキアスさんのほうが詳しいわけ?


「きっとご両親はこう思ったんだよ。『この術には欠点がある。副作用として、術をかけた相手が特殊体質になってしまうようだ。だけど、研究資料を捨てるのはもったいないから、どこかにしまっておこう』。問題は、しまった場所がどこか分からないってことだけど……。ユリアーネ、ご両親から遺言とか預かってない? 隠し部屋の在処とか、秘密の通路を開ける合い言葉とか……」


「そんなの知らないわ。私が両親から……というより、お母様から受け継いだのはこれだけよ」


 私はペンダントにしてあるカギを服の中から取り出す。ニキアスさんは「あるじゃないか!」と声を弾ませた。


「そういえばそうだったね! こんな重要な手がかりを見落としてたなんて! 何か文字が彫られていたよね? ちょっと見せてもらってもいい?」


 ニキアスさんにカギを渡す。ニキアスさんはランプの下までとてとてと歩いていって、明かりにかざしながらカギをじっくり眺め始めた。


「二人の手を取れ。私は輝く星の下に眠る」


 ニキアスさんはカギに書かれている文句を読んだ。私はベッドから身を起こし、肩を竦める。


「遺言っていえば、それがそうかもね。でも、特別な意味は別にないと思うわよ。ほら、墓石とかに刻むでしょう? 『私たちの魂はいつも皆と共にあります』みたいな。それと同じだわ」


「同じかなあ……」


 ニキアスさんは納得がいかなさそうだった。


「君が生まれたのは、確か義母上が未亡人になって一月くらい後のことだったよね? ……義父上は何で亡くなったの?」


「……事故、だったかしら」


 幼少期に叔母から聞いた話を思い出す。


「魔法の実験中に想定外のことが起きたんですって。母は立ち直れないくらい憔悴してしまったらしいわ。それまで大好きだった魔法の研究も一切やめてしまって、ひどくふさぎ込んで……。お腹に私がいなかったら、夫の後を追いかねない雰囲気だったそうよ」


「だから義母上は研究資料を意図的に隠したんだろうね」


 ニキアスさんが神妙な声を出す。


「義父上が亡くなった時に研究していたのは、後に君の出産時に使われた魔法だったんだよ。夫の死を連想させる術だ。義母上は、そんなものにこれ以上関わりたくなかったから、資料をどこかにやってしまった。それでも、研究者の(さが)として捨てることはできなかった。……だけど、そう考えるとやっぱり何かがおかしいな。これ、遺言っぽくないよ」


 ニキアスさんがカギの文句に手を添える。


「義母上は、夫を殺した憎い術を使ってまで、娘である君を生きながらえさせたんだよ。それなのに、『二人の手を取れ』だなんて! これじゃあまるで、天国で親子三人、仲良く暮らしましょうと言ってるようなものじゃないか! 早く死んでほしいと君にお願いしているように聞こえるよ!」


 私は目を見張った。


 この二十年間、私は一度もそんなことを考えたことがなかった。


 私はお母様が命がけで自分の命を救ってくれたことを知っていた。その一方で、このカギに彫られていたのは、二人がいつか私を迎えにきてくれるという約束だと疑っていなかったんだ。


 なんという矛盾! 一度助けておいてから、ご丁寧に命を奪いにくるなんて! 私のお父様とお母様はそんな非情で理不尽な真似はしない。二人と会ったことはないけど、そう断言できた。


「だったら、続きの『私は輝く星の下に眠る』もおかしいわ」


 私の中で何かが目覚めたのを感じた。静かな興奮で頭が冴えていく。


「どうして『私は』なの? さっきは『二人は』って言っていたのに。普通、そのあとに来るのは『私たちは』になるでしょう?」


「やっぱり君は頭がいいよ、ユリアーネ!」


 ニキアスさんが机の上を跳ね回った。リスのぬいぐるみなのに、ウサギみたいな動きだ。


「きっとこういうことだ! 最初の『二人』と次の『私』はそれぞれ別のものを指している! このカギは絶対に何かのヒントなんだよ! 僕の直感がそう言ってるんだ!」


「ええ、そうかもしれないわ」


 クローゼットから寝間着の上に羽織るガウンを取り出した。ベールを被り、手袋をはめる。


「もう少し調べましょう、ニキアスさん。このまま朝を迎えるなんて耐えられないわ」


「そうこないと!」


 すでにニキアスさんは準備万端だった。術を解いて人間の体に戻り、ネグリジェを脱いでいる。


「何で着替えるの? 寝間着のまま出歩いたって、叔父たちは何も言わないわよ」


「……僕がこんな格好でその辺をうろついてたら、義叔母上がまた失神しかねないからね」


 そうかしら? 叔母様なら、「あら素敵! 私も夫にネグリジェを作ってあげようかしら!」って言うと思うけど。


 ニキアスさんがナイトキャップを脱いで薄紫のリボンで髪を縛った。


「でも、どこを調べるの?」


 勢い込んで部屋を飛び出した私たちだったけど、行き先をまだ決めていなかった。ニキアスさんが「そうだな……」と唸る。


「とりあえず研究室にしよう。床とか、壁とかにカギ穴がないか確認するんだ。カギの大きさから考えると、穴はそんなに小さくないはずだから、注意して探せば見逃したりしないよ」


 ニキアスさんの提案を受け、私たちは両親の研究室に向かった。部屋の明かりをつけ、私は壁を、ニキアスさんは床を調べ始める。


 けれど、どこにもカギ穴らしきものは見当たらない。魔法でニキアスさんに棚や机を退かしてもらって、普段は見えないところも調べたけど結果は変わらなかった。


「探す場所が違うのかしら?」


 捜索開始から二時間もたつ頃には、手がかり発見の興奮は消え失せ、代わりに疲労が襲ってきていた。一息つこうと、私はペンダントのカギをいじりながら出窓に腰かける。


「このままだと朝になっちゃいそうね」


 窓の外に目をやった。まだ暗い空には月が煌々と照り、星も瞬いている。夜明けまであと何時間くらいあるんだろう。


 外を見ている内に、ふと地上でも何かが光っているのに気づいた。体を傾け、何気なく眼下を見た私は息を呑む。


「あれって……」


 私はカギを握りしめた。


『二人の手を取れ。私は輝く星の下に眠る』


 冷めていた興奮が蘇るのを感じた。頭が猛スピードで回転する。二人の手。輝く星。残されたカギ。そして……生まれてきた私。


「水精座よ!」


 私が大声を上げると、床に這いつくばって調べ物をしていたニキアスさんがぎょっとなった。


「ユリアーネ? 一体何を……」

「庭へ行くわよ、ニキアスさん!」


 言うが早いか、私は研究室の外に駆け出した。ニキアスさんが大慌てで着いてくる。


「ユリアーネ! どうしたんだ? 何かあったのかい?」


 ニキアスさんが困惑したように尋ねてくる。私はカギを彼の鼻先に突きつけて「水精座の神話よ!」と言った。


「水精座は水の精の星座でしょう!? それも、二人(・・)の水の精よ! 彼らが手を繋いだ姿(・・・・・・)が星座になったの!」


「二人の手を取れ……」


 ニキアスさんはカギの文言を呟いた。


「つまり、このフレーズは水精座と関係していたってこと? それなら、続きの『私は輝く星の下に眠る』は……」


「あれのことよ!」


 庭に出た私たちは建物をぐるっと回って、ちょうど研究室の真下にある花壇の傍まで来ていた。


「明星花?」


 ニキアスさんは花壇に咲く魔法植物を見て首を傾げた。


 明星花。夜にしか咲かない光り輝く花。地上に降りてきた星だ。


「確かに明星花は星の名前を冠した植物だけど……。どうしてこれが水精座と関係があるんだい?」


「ここからじゃ分かりにくいかもね」


 私は勢いに任せて庭に出てしまったことを少し反省した。


「水精座ってV字形をしてるでしょう? 上から……研究室から見た時に気づいたの。この花壇の明星花はV字の形に植えられているのよ」


「水精座と同じ形に?」


「ほら、ちょうど花壇の明星花の数も七本でしょう? 水精座を形作ってる星の数と同じよ。水精座のV字の底辺は、水の精が手を繋いでる部分。『二人の手を取れ』よ! それで、『私は輝く星の下に眠る』は……」


「あのV字の底の部分で光っている明星花の下に『私』がいる? つまり……このカギにはまるカギ穴を持つ何かは、花の下に埋められているってこと?」


「そうに違いないわ」


 私は力強く頷いた。花壇に植わっている花を踏まないように気をつけながら、V字の底辺部分の明星花を根っこごと掘り出し、その下の土を掻き分ける。ニキアスさんもそれを手伝った。


 生まれ育った屋敷の花壇の花がこんなに特徴的な形に植えられていたのに、今まで私はそのことに全く気づいていなかった。


 私は引きこもりで自分の部屋から滅多に出なかったから、研究室からしか見えない花壇がどうなっているのかなんて知らなかったんだ。


 それが夜にしか光らない花となればなおさらである。私は地上ではなく、空で輝く本物の星しか――自分には手の届かないところにあるものしか見ていなかったんだもの。

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