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灰色令嬢の白いもふもふ結婚  作者: 三羽高明@『廃城』電子書籍化


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12/15

大胆不敵な帰省デート(2/2)

 ドアにノックの音がしてニキアスさんがやってきた。私は「どうしたの?」と聞く。


「使用人に僕はどこに泊まるのかと聞いたら、この部屋に案内されたんだよ」


 ニキアスさんは周囲をきょろきょろと見回し、「もしかしてここ、君の私室?」と尋ねる。


「へえ……。君はこういう場所で育ったんだね」


 ニキアスさんは物珍しそうな顔になる。


「この壁紙、ドールハウスに使っていたのと模様が似てるね。もしかして、これがインスパイア元? こっちの部屋は……ああ!」


 寝室に入っていったニキアスさんがただならぬ声を上げたものだから、私は「どうしたの!?」と急いで彼の元に向かう。こちらを向いたニキアスさんは黒い目を輝かせていた。


「ベッドが一つしかないよ、ユリアーネ」

「……そうね」

「つまり、僕たちは一緒に寝ることになると……」

「叔父たちに言って、客室を手配してもらいましょう」

「何で!?」


 いや、「何で!?」じゃないでしょう!


 叔父も叔母も、私たちの夫婦生活がどうなっているのか上手く想像できなかったんだろう。姪夫婦の結婚が白いままだと知っていたら、そもそも同室で済まそうとはしないはずだから。


「僕がユリアーネの隣で眠れる日はまだ先か……」


「でも、永遠に来ないわけじゃないわよ。そのために私たちはここにいるんだもの。……あっ、そうだ!」


 あることを思い出し、私はトランクを漁る。中から大ぶりの綺麗な箱を取りだした。


「すっかり忘れてたわ。実は私、ニキアスさんにあげようと思って作っていたものがあったの。この旅行の直前にちょうど完成したから、ついでに持ってきちゃった」


「僕にプレゼント? ありがとう! 大事にするよ!」


 ニキアスさんは歓喜しながら箱を受け取る。「中身は何?」と問われたので、「寝間着よ」と返した。


「それじゃあ、早速今夜から着ようかな……」


 蓋を開けたニキアスさんが固まった。中身を慎重な手つきで取り出す。


「……こ、これは?」

「だから寝間着だって言ってるじゃない。ネグリジェよ」


 ふんわりした肌触りのサーモンピンクの生地を使った、フリフリでヒラヒラな私の自信作だ。裾には羊のアップリケが施されている。


 ニキアスさんはそれを泣きそうな顔で自分の体に宛がった。嬉し泣きするほど喜んでくれるなんて! もっと早く渡せばよかったわね!


「さあ、早く着てみて! ツィルマー城の衣装係に頼んでニキアスさんの体の寸法を教えてもらったから、サイズが合わないことはないと思うけど……。やっぱり試着してみないと分からないでしょう?」


「……そうだね」


 ニキアスさんは遠い目になって服を脱ぎ始めた。私は慌てて後ろを向く。夫の裸を見るのはまだちょっと早いわ!


「ぴったりだよ、ユリアーネ」


 ニキアスさんはなぜか破れかぶれになっているようにも聞こえる声で言った。


 振り向くと、メルヘンな絵本から飛び出してきたような夫がそこにいる。


 どうやら箱の中に一緒に入っていたナイトキャップにも気づいてくれたらしい。これもネグリジェと同じ布でできていて、当然フリルたっぷりだ。それに、大きな赤いリボンもつけておいた。


「かわいい!」


 私はニキアスさんの周囲をぐるぐる回って、夫の寝間着姿をほれぼれと眺めた。


 頭のてっぺんからつま先まですごくファンシー! 今まではぬいぐるみの着せ替えしかしてこなかったけど、今度からは人間のニキアスさんで遊ぶのも悪くないかも!


「素敵よ、ニキアスさん! これは秋冬用だから、温かくなってきたらもっと薄手の布で新しいネグリジェを作ってあげるわね!」


「……人間用の服も作れるなんて、君の才能には驚かされるばかりだよ。……このネグリジェ、今は脱いでおくね。寝る時になったらまた着るよ」


 ニキアスさんはすごい勢いで着替えを始めた。着たり脱いだり忙しい人! 似合ってるんだから、ずっとそのままでもいいのに。婚前の私なんて、着替えるのが面倒な時は朝から晩まで寝間着で過ごしたこともあったわよ!


「じゃあ、叔父に言って新しい部屋を用意してもらってくるわね」


「どうしても一緒に寝たらだめ?」


「だめよ。寝てる時にニキアスさんに触っちゃうかもしれないもの。……いいえ、ちょっと待って」


 あることを思い出し、再びトランクの中を漁る。そして、「あった!」と言いながらリスのぬいぐるみを取り出した。


 私が持ってきたのは、ニキアスさんへのプレゼントのほかは生活に必要なものだけだ。このぬいぐるみも私にとっては立派な必需品である。なにせ、古くからの遊び仲間なのだから。


「ここに憑依するっていうのなら、同じベッドで寝てもいいわ。その代わり、寝相が悪くてあなたのこと潰しちゃうかもしれないけど」


「いいよ、そんなの! 君の隣で朝を迎えられる代償がそれなら安いものだ!」


 ニキアスさんは飛び上がって喜んだ。


「そうか……ぬいぐるみに憑依すれば夜も一緒にいられるのか! どうしてもっと早く気づかなかったんだろう? ユリアーネは頭がいいね!」


 ニキアスさんはすっかり興奮状態である。ぬいぐるみの体では同じベッドで寝ていても私と睦み合うことはできないと思うけど、その点に関しては気にならないらしい。


 ニキアスさんにとって重要なのは、私と同じ時を共有できるかどうかなのだろう。胸がじんと熱くなる。やっぱりニキアスさんの愛情は温かくて優しい。


 浮かれたニキアスさんはいそいそと寝る準備を始めた。私は「お部屋の中にお風呂もあるから好きに使って」と言う。


「一番風呂は君に譲るよ」


 ニキアスさんが言った。


「僕はもう少し君の部屋を満喫しておくから」


 満喫? 別に普通の部屋なのに何を堪能するっていうの? やっぱりニキアスさんってちょっと変わってる。


 そんなことを考えながらお風呂を使う。入浴を済ませたあとに寝室に戻ると、ニキアスさんはバルコニーにいた。


「君はいつもここに立っていたね」


 私の気配に気づいたニキアスさんが振り向いた。夜空を背にしたニキアスさんはいつもより艶めかしく見えて、少しドキリとしてしまう。


「今日は星がすごく綺麗に見えるよ。ほら、あんなところに水精座もある」


「このバルコニー、通りからも見えたのね。いつも空ばかり見てたから、全然気づかなかった」


 私も夫の隣で星を眺める。かつてバルコニーにいる私を見ていた道端のニキアスさん。その彼が今は私の夫となってこうして横にいるというのは、何だか不思議な感じがした。


「ユリアーネ、手、繋いでもいい?」

「だめ」


 私は星を見ながら首を振る。


 欄干の上に並んだ大小二つの手。大きいほうは素手で、小さいほうは黒い手袋をはめている。触れそうで触れない指先たち。


 お父様、お母様。意地悪しないで、いい加減にこの体質を治す方法を教えてちょうだい。娘の恋を成就させたくないの?


 私は星に向かって祈りを捧げる。


 水精座がそれに応えてキラリと光った気がした。


 心配しないで。あなたはもうすぐ答えを見つけられる。


 そう言われたようにも思えたけど、気のせいかしら?

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