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犬ではなく、狼

 目をこすってみるが、その文字が消えることはない。


 ほっぺをつねってみるが、同じく消えない。


 どうやら、幻覚の類ではなさそうだ。


「これはなんだ? いや、今はそこじゃなくて……この文字を信用するなら、この水は飲めるってことか」


「ワフッ?」


 水を飲み終えたハクが、不思議な顔をして俺を見上げる。

 どうやら、ハクには見えていないみたいだ。


「とりあえず、飲んでみるか。どちらにしろ、三時間以上は水を飲んでいない。ここら辺も真夏とは言えないが、暖かい気温だし」


「ワフッ!」


「ハクと、あの文字を信用するか……よし」


 俺は覚悟を決めて、川の水を飲む。

 すると、まるで湧き水のようなずっしりした旨味のある水が入ってくる。

 それは乾ききった喉に潤いをもたらす。


「ゴクン……かぁぁぁ! うめぇぇ!」


「キャウン!」


「ああ、生き返るな。よしよし、後は飯をどうするか」


「キャン!」


 ハクの視線は、川の中にある一部分に向けらていた。

 俺も視線を凝らしてみると……何やら、双眼鏡のようにズームされる。


「うおっ!? な、なんだ?」


「ワフッ?」


「い、いや、すまん。どれどれ……おっ、いるな」


 そこには体長50センチくらいの、立派なニジマスらしき魚が泳いでいた。

 しかし不思議なのは、《《十メートル以上離れているのにくっきりと見えることだ。》》

 俺の目はマサイ族じゃあるまいし、視力はそこまで良くない。


「ククーン……」


「……そうだな、考えるのは後だな。まずは空腹どうにかしないと」


 ハクも腹が減ってそうだし、俺自身も減ってる。

 朝起きてから、昼過ぎになっても食べてない状態だ。

 ……無論、あの頃に比べたらなんてことはないが。


「しかし、どうやって取る? 今から釣竿を作るのは時間がかかるし道具もない」


「クゥン?」


 ハクはまだ小さい。

 人ではないとはいえ、こんな子がお腹を空かせて良いわけがない。

 そんなことは、俺自身が許せない。


「ハク、待ってろ。《《お父さんがご飯を取ってくるからな》》」


「キャウン!」


 名前をつけて拾ったなら、この子は俺の息子だ。

 それが、親父さんにしてもらったこと。

 そして俺は、親父さんに習ったように気配を消して川に近づく。

 一呼吸をしたら、慎重に川に入っていく。


「……視線を向けるな……音も最小限に……何より、意を向けるな」


 生き物とは音以上に、見られるという意識によって反応すると聞いた。

 それを思い出しつつ……集中力を高め、意識的にゾーンに入る。


「……セァ!」


「!?」


 気がついた時、俺は川の中に手を突っ込んで魚を払っていた。

 振り返ると、ハクの近くで魚がビチビチとのたまわっている。

 ついでに目を凝らして、魚に向けて意識すると……


 ◇


【クリーンニジマス】


 人が飲めるような綺麗な川にしか生息できない魚。

 臆病な性格で、近づくとすぐに逃げる。

 その身はプリッとしていて、焼いたら抜群に美味い。


 ◇


「なるほど、こういう能力を得てるのか」


「キャンキャン!」


「それにしても……まさか成功するとは。いや、川で魚を手づかみする遊びはよくやってはいたけど」


 親父さんには狩りをする基本として、気配を消すことや動きを予測して行動することを仕込まれた。

 それに習い今回も気配を消しつつ、魚が逃げる方向に手を合わせた感じだ。

 驚きつつも、まずは川から上がる。


「それにしても立派な魚だ、これなら二人分は足りるか。とりあえず、何をするにも食べてからだな」


「ワフッ!」


 目をキラキラさせて尻尾を振り、俺の周りをぐるぐると回る。

 多分『すごい!とかありがとう!』とか言ってる気がする。

 まるで、俺が小さい頃親父さんに同じことをしてもらったように。


「ふふ、すごいだろ? さあ、準備をするから待っててな」


「キャン!」


「ん? ……何か手伝いたいって感じか。それなら、木の棒を集めてくれるか?」


「ワフッ!」


 そういうと、近くにある漂流木に駆け出していく。

 いやはや、本当に賢い子だ。

 完全に、こっちの言葉を理解している。


「……そういや、さっき生き物を鑑定したな。ハクにもやってみるか」


 さっきの感覚を思い出し、ハクをじっと見つめると……。


 ◇


【氷狼フェンリル】


 神の使いとも言われる、南の大陸に住む雪山の覇者。

 その氷は全てを凍らせ、ドラゴンの炎すら飲み込むと言われている。

 生まれてすぐに自立を求められ親離れをするため生存率は低い。

 ほとんどを孤独に過ごす孤高の存在。


 ◇


 ……犬じゃなくて狼だったのか。


 そりゃ、賢いわけだ。


 ただ、神とか覇者とか孤高とか……随分と大層な説明があること。


 見た目は、ただの芝犬って感じなのだが。


 ◇



 ~ハク視点~


 眼が覚めると、知らない場所にいた。


 ふと隣を見ると、そこには同じように立ち尽くしている人がいた。


 その姿を見たとき、僕の記憶が蘇る。


 僕は前の世界でタツマさんに救われたんだ。


 人間に捨てられて、雨の中で凍えているところを……暖かいミルクをくれて、精一杯お世話をしてくれた。


 身体が弱っていたのか、半年くらいで死んじゃったけど……ずっと幸せだったのは覚えている。


 でも、僕が死んで泣いてるタツマさんを見て僕は悲しくなった。


 僕も、もっと一緒にいたかった。


 どうして、もっと一緒にいてあげられなかったのかなって。


 この人も、寂しいというのはわかってたから。


 だから、神様にお願いをしたんだ。


 もし生まれ変わったなら、タツマさんと一緒に居たいって。


 きっと、その願いが叶ったんだ。


 これからは、ずっと一緒にいられる。


 その後タツマさんは、僕に新しい名前をつけてお父さんになってくれた。


 そして、どうやら僕の身体は前とは違うらしい。


 まだまだ弱くて小さいけど、いつかは《《パパ》》の役に立って見せるからねっ!

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