知らない場所にくる
待て待て……ここはどこだ?
俺は確か、山の中にいて草原にはいなかった。
いやそもそも、近くにこんな広い草原などない。
「……親父さんに教わったな。こういう時は、簡単なことから確認しろと」
俺の名前は真田辰馬、年齢は三十五歳、身長百八十センチ体重七十キロの男。
天涯孤独の身で、山奥で狩りをしながら飲食店を営んでいた。
店を閉めることになり、最後に山の神さんに挨拶をして……そしたら知らない場所にいたと。
「いや、さっぱりわからん……これは参ったな」
しかし、不思議と心は落ち着いている。
普通なら、パニックになると思うが……もちろん、驚いてはいる。
だが、喚き散らすほどではないと思ってる冷静な自分がいた。
あまりにも非現実的過ぎて、実感がわかないのかもしれない。
「キャン!」
「へっ? ……犬?」
いつの間にか、俺の足元には小さな白い犬がいた。
まるで、最初からそこにいたかのように。
「お前、どっからきたんだ? というか、いつから?」
「ワフッ?」
「いや、首を傾げたいのは俺なんだが……まあ、いいか。とりあえず、ここにいても仕方ないから移動するか」
「キャン!」
「ん? ……付いてくるか?」
「ワフッ!」
尻尾を振って嬉しそうにしている。
近くに親がいる感じではないし、もしかしたら捨て子か?
……そうなると、放っておくわけにはいかない。
「んじゃ、おいで。とりあえず……腹減ったし喉が渇いてきたな。荷物の中には飯の類は入れてなかったし、水も空っぽになったばかりだ」
「ククーン……」
どうやら、犬も同じ気持ちらしい。
尻尾と耳が垂れ下がり、哀愁が漂っていた。
随分と人間くさいというか、俺の言葉を理解してみたいだ。
「それじゃあ、まずは歩くとするかね」
「キャン!」
俺は犬を伴って、草原を歩いていく。
そして、改めて気づいた。
見渡す限りの草原で、近くに山一つないことに。
「どう考えても、俺がいた場所じゃないな」
「キャン!」
すると犬が、俺のズボンの端を掴んで何かを訴えている。
その視線は、南の方を指しているようだ。
「もしかして、あっちに何かがあるのか?」
「ワフッ!」
「まあ、犬の嗅覚は鋭いっていうし信用してみるか」
そして、犬が案内する方に向けて歩き出す。
相変わらず足元をチョロチョロして可愛いらしい。
「しかし、いつまでも犬じゃあれだな」
「ワフッ?」
「いや、お前の名前さ。捨て子なのか迷子なのかわからないが……」
「キャン!」
すると、俺の足元を尻尾を振ってぐるぐると回る。
「 もしかして、名前をつけて欲しいのか?」
「ワフッ!」
「随分と賢い犬だこと……名前か……ちょっとまってな」
まずは抱っこをして確認をすると、男の子だった。
「ククーン……」
「ん? どうした? ……このまま抱っこで行くか?」
「キャウン!」
「はいはい、わかったよ」
抱っこをしつつ、再び歩きながら名前について考える。
白い犬、シロ、ユキ、ハク……これでいいか。
「よし、決めた。お前の名前はハクだ」
「ワフッ!」
「おっ、気に入ってくれたか」
そして、次の瞬間……俺の耳に何かが聞こえる。
耳をすませると、それは水が流れる音だった。
「おっ! これはっ!」
「キャウン!」
「ハクも気づいたか。んじゃ、走って行きますか——うぉぉぉ!?」
軽く助走をつけて走り出すと、物凄いスピードが出る!
「な、なんだぁ!?」
「ワオーン!」
「いや『楽しい!』って顔をしてる場合かっ!」
今の俺の時速は、最低でも六十キロは出ている!
周りの景色が流れるのが、車に乗ってるような感じだからだ。
「そもそも……と、止まるってどうするんだ!? 足が止まらない!?」
「ワフッ?」
「……ァァァ! もういい! 考えるのは後だっ! めんどくせぇ!」
俺はそのままのスピードで、草原を駆け抜ける。
すると、ものの数分で大きな川へと到着した。
走ることに慣れたのか、どうにかブレーキをかけることに成功する。
「と、止まれたか……なんだこれ? まるで、自分の体じゃないみたいだ」
「キャン!」
「……ああ、そうだな。まずは水分補給をしよう」
ハクは俺からおりて、ピチャピチャと水を飲み始める。
「ハク、美味いか?」
「キャウン!」
「そうかそうか」
多分、俺がパニックを起こしていない一つの要因はハクだろう。
子犬で守るべき対象っていうのもあるが、一人じゃないっていうのは大きい。
俺はよく知ってる……孤独とは、辛いものだから。
「さて……流石に俺は、同じようには飲めない。しかし、手ぶらで道具類がないしなぁ。この川の水って生で飲めるのか……ん?」
その時、俺の視界の端に何かが映った。
◇
[綺麗な川の水]
綺麗な水で、そのままでも飲むことが可能。
綺麗な水にしか住めない生き物もいる。
◇
……はっ? どういうことだ?