調理開始
話し合いを終えると、クルルーという可愛らしい音がなる。
……多分、アリアさんの腹の音かと思う。
「はぅぅ……! き、聞いたな?」
「い、いえ、何も聞いておりません!」
「キャン!」
「嘘だっ、絶対に聞かれた……仕方ないじゃないか、私はかれこれ何時間も食べてないのだから。お昼を取るまえに襲われ、そこから川に流されて今に至るし……」
「え、ええ、大丈夫です。別におかしなことはないですから」
男前な美人さんで見た目はクールな感じたけど、意外と可愛らしい部分もあるらしい。
そういや、年齢とか幾つなんだろ?
とりあえず、聞いてはいけないことくらいはわかるが。
「どうしたのだ? 何やら見られているが……」
「い、いえ、すみません」
すると、再びクルルーという音が鳴る。
みるみるうちに、アリアさんの耳が真っ赤になっていく。
「……ご、ご飯にしようっ!」
「そ、そうですねっ!」
「ワフッ!」
流石の俺もツッコミを入れることはない。
俺たちは立ち上がり、テントを出て行く。
すると、すでに日が暮れてきていた。
「おや? 話は終わりましたか?」
「ああ、ひとまずな。とりあえず、ご飯にしようという話になった」
「もう日が暮れますからね。どうします? 今から街に戻っては、遅くなってしまいます。それに、まだ怪我人達の体力も戻ってないですし」
「それなら、ここで一夜を過ごそう」
「しかし、ろくな食料も残ってませんし……何より、我々は料理が下手です。唯一出来た者は……今はいません」
「……そうだったな」
ふむふむ、ここで一夜を過ごすのか。
そして、料理をできる者がいない……いや、いなくなってしまったと。
そうか、ここはそういう世界なのだな……だとしても、俺のやることは変わらない。
「もしよろしければ、俺が作りましょうか?」
「何? それは助かるが……良いのだろうか?」
「ええ、これからお世話になりますから。それに、先ほども言いましたが料理は好きなので」
「うむ……では、悪いが頼むとしよう」
「ありがとうございます。ところで、何を作るのですか?」
そこだな……彼らは怪我をしていて、体力が減っているとか。
少し肌寒くなってきたし、ここは鍋なんか……あっ。
「さっきの熊をメインにしましょう」
「しかし、あれはお主が倒した獲物だろう?」
「良いんですよ、食事はみんなで分け合うものですから。もちろん、毎回というわけには行かないですけど」
「……ふふ、タツマ殿はいい男だ」
「あ、ありがとうございます」
良い歳だが、美人さんに言われると照れるな。
しかし、食事はみんなで食べた方が美味いのは事実だ。
一人でメシを食う寂しさは、誰よりも知っているつもりだ。
「それでは、解体作業は任せてください。我々獣人は、こういうのは得意なので」
「わかりました。では、俺はその間に森に少し入ってきますね。ちょっと、野菜や山菜を採ってきます」
「しかし、夜の森は危険……いや、森の主を倒せるお主には愚問だったか」
「ええ、おそらく平気です。ハク、手伝ってくれるか? お前の目なら暗くても見えるはずだ」
「ワフッ!」
「良い子だ、それでは行ってきます」
完全に日が暮れる前に終わらせるために、俺はハクと一緒に森の中を歩いていく。
そして常に食眼を発動させることで、ようやく使い方に慣れてきた。
オンとオフを切り替えて、森の中を歩いていく。
「フスフス……キャン!」
「おっ、何か発見したか?」
ハクについていくと、木にくっついている椎茸を発見する。
◇
【醤油茸】
醤油と茸の出汁が出る。
焼いてよし、煮てよしと万能な食材。
鍋やうどんなどに最適。
◇
……何? これは醤油と茸の両方が取れる食材なのか。
「なるほど、異世界ならではって感じだ。他にも、こういうのがあったりするのだろうか」
「キャン!」
「 おっ、次は何を発見した?」
ハクの足元に注目すると、何かが埋まっていた。
それを引き抜くと……。
「これは調べなくてもわかる、大根だ。よしよし、これがあるとでかいぞ。ハク、よくやった」
「ワフッ!」
その大根も調べるが、至って普通の大根だった。
どうやら、特殊な食材と普通の食材もあるらしい。
その後もネギや山菜などを採り、元のキャンプ地に戻る。
その頃には、完全に日が暮れていた。
「おっ、帰ってきたか。あまりに腹が減ってしまったぞ」
「では、すぐにお作りしますね」
「むっ? 自信がありそうだな?」
「ええ、それはもう……あっ、あれが解体された魔獣ですか?」
荷台の上には部位に分かれた肉が置いてある。
すると、カレンさんが駆け寄ってくる。
「ええ、あちらで全部になります。鍋やフライパン包丁などはあるので、後はよろしくお願いします」
「了解です。それじゃあ、ささっと作って行きましょう」
「私も見てて良いか?」
「ええ、退屈でなければ」
「では、私はハク君と遊んでますかね」
「ワフッ!」
「ええ、お願いします」
ハクをカレンさんに預け、アリアさんを伴い簡易キッチンに立つ。
火口は三箇所あり、これならいっぺんに調理が可能だ。
最優先である出汁を取るために、先に鍋に醤油茸を入れて水から火にかけておく。
「えっと……内臓系は全部、ハクにあげるとしますか」
「ああ、好きだろうな」
「やっぱり、そうなんですね。じゃあ、ロースやモモを使って鍋にしていきます……うん、臭みもなくて良い肉だ。これなら、そのままでもいけるな」
すでに湯は沸いていたので、そちらで大根を下ゆでする。
その間にフライパンに油をいて、薄くスライスした熊肉に軽く火を通していく。
すると、少し辛味のある香りがしてくる。
「んっ? これは普通の肉ではない?」
試しに一枚だけ食べてみると……。
「うまっ! というか……少し辛い?」
確かな肉の甘みの中に、ホットな辛さがあり、肉本来の旨味がより引き立っている。
「ああフレイムベアーだからな。奴は炎を蓄えていて、それが辛さに繋がっているとか」
「なるほど、そういうことですか」
「……それより、私にも一口くれないだろうか?」
「ええ、もちろんです。はい、どうぞ」
使ってない箸で肉を摘んで差し出す。
「へっ? ……ええいっ! ……旨いな。それに、何やらお得感がある」
「でしょ? つまみ食いは、料理人の特権ですから」
「そういうことか。しかし、いきなりアーンは驚いてしまったぞ?」
「あっ……すみません」
「ふふ、良いのだ。こうして良いものにありつけたしな」
こうして改めてアリアさんを見ると、とてつもない美人さんだと思う。
身長は百七十センチはあるだろうし、足も長くてスタイルも良いし。
いやはや、あの時に耐えた自分を褒めてやりたいよ。
「さて……そしたら下ゆでした大根と肉を合わせて、そこにさっきの醤油茸の出汁を加えて弱火で煮ていくと。あとは、仕上げにネギを入れれば完成ですね」
「ふむ……先ほど醤油茸を水から煮てたのはなぜだ?」
「この世界はどうかわかりませんが、基本的に出汁は水から煮た方が旨味があるんですよ」
「ほほう? そういう知識は、こちらにはないな」
「そうなんですね」
なるほど、先ほどの熊とか椎茸がある世界だ。
そのまま使えるため、料理の進歩はしてないのかもしれない。
そうなると、俺がこの世界に来た意義があるか。
「ここからどれくらいかかるのだ?」
「そうですね、一時間は灰汁を取りながら煮込みたいです」
「そうか。なら、その間にお礼を兼ねて色々と説明をしよう」
「ええ、お願いします」
俺は灰汁を取りつつも、アリアさんの話に耳を傾けるのだった。




