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記憶の波

 

 …。

 

 …自分に、何があったのか。 

 …自分がなぜこのような状態に陥っているのか。

 …自分はなぜここにいるのか。

 

 …思い出せない。

 …思い出そうとすると頭を何度も殴られたような痛みが襲ってくる。


 …ここは一体どこなのか。

 …私は一体、何者なのか。


 …覚えているのは、『スザク』という、名前だけ…。




 「…い、おい、大丈夫か?」

目を覚ますと、眩しい光と共に、男の声が聞こえてきた。光に目が慣れてきたのか、だんだんと霞んだ男の顔が、鮮明に見えてきた。…何者なんだ。この男は。

 この目の前にいる、男に聞かれた問いに答えずにいると、不意に男は立ち上がり、どこかへ消えてしまった。

 …なぜ、私はここにいる?なぜ私は寝ている?なぜ私はこの男と共にいる?なぜ私は…

 疑問がどんどん浮かび上がるのに比例して、頭痛が酷くなってくる。目の前がぐるぐると回っているように見える。

「おい!」

と、鋭い声がして、不意に、男が私の体を支えた。…どうやら、私は…この男に助けられた…いや、看病してもらっているらしい。情けない。

「まだ万全じゃないから…。もう少し寝てろ。あと…これ飲めば少しは楽になる」

手渡されたのは、甘い香りのする暖かい飲み物が入った、カップだった。その飲み物を何のためらいもなく飲み干すと、体のしんが、次第にぽかぽかとしてきた。

「…どうだ?少しは…楽になっただろ?」

こちらを覗き込んでくる男は、心配そうな顔つきだった。

 その男は、青年…というには幼く、少年…というには老けて見える。少年の面影を残しつつ…尚且つ、凛々しい青年の顔というか…。…。なんて考えていたら、また頭が痛くなってきた。…全く。自分の無能さに腹が立ってくる。

 「…ほら、寝てろ。何も心配しなくていいからさ、」

言われるがまま、木製のベッドに横たわる。優しい木の温もりが私の体を包み込んでくれる。寝たまま、男を盗み見ると、こちらを見つめる男と目が合った。にっこり微笑む、男を見つめて、顔が火照る。…なんだ、この感情は。とりあえず恥ずかしくなったので、私は寝返りを打って、この男を見ないようにそっぽを向いた。

 すると、目の前には、開け放たれた襖から、手入れのよく行き届いた庭が覗けた。石が敷き詰められて、ししおどしの音が響いている。石灯篭には火が灯り、夕方の薄暗い庭に柔らかい光が点々と浮かんでいる。どこからか、水の流れる音もする。…完璧な日本庭園だった。その素晴らしさにも驚いたが、中でも目を引いたのは、庭の中央にあった、大きな木だった。薄い桃色の花は、この薄暗い中でもよく分かった。

「…すごい…」

「…驚いたか」

男はそう呟くと、襖の向こうにある縁側に出て、草履を履き、その大きな木の前まで歩いていき、そしてすぐに戻ってきた。その手に握られていたのは、…木の枝。小さい桃色の花のついた枝だった。

「これは、桜っつーんだ。知ってんだろ?」

 

 さ、く、ら


 男がこちらへ近づいてくるので、私は体を起き上がらせ、優しい笑顔で差し出された枝をベッドの上で受け取った私は、その枝についた小さな花を見つめていた。男の笑顔とはまたちがった優しい香りで、心が休まった気がした。

 …その時だった。


 私の脳内に、色々な感情が入り混じってきた。

 桜の花、それを差し出す幼い女の子、それを愛おしそうに見つめながら受け取る女性、笑いながら手をつなぐ女の子と女性、『どさっ』という音と共に、崩れるように倒れる女性、紅の血に染まった女性の胸、泣き叫ぶ女の子、銃口をこちらへ向けて意味ありげな笑顔を見せる、若い男性、細い煙の出ている銃口―――――――。


 「うぐっ……ッ………!!!」

「おい!大丈夫かッ!!!」

様々な映像が流れ込み、私の頭は混乱していた。…なんだったんだ、あれは。誰なんだ、あの女の人と女の子、そして銃をこちらへ向けた――――女の人を撃った男は。

「はぁッ、はぁッ、はぁッ、」

短い息を吐きながら、私はさっきの出来事で頭がいっぱいだった。

「とりあえず、寝ろ。あまり動くのはよくない。さぁ、」

 優しくベッドに倒された私は、ゆっくりと目を閉じた。

 今、私が置かれている状況。そして、さっきの映像。たくさんのことが、私の頭の中で渦巻き、思い出そうと思っても、記憶の波が打ち寄せ、その記憶を打ち消していく。

 …私は一体誰なのだろうか。

 覚えているのは、ただ一つ。


 『スザク』という、遠い昔、私に与えられた名前だけだった。

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