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ある盾役の憂鬱  作者: SDN
5/12

安息

 パーティを辞めたのを機に、リアムは街の郊外に家を借りてそこで暮らし始めた。

 それまで住んでいたのは領主から提供されていた宿舎である。

 パーティは領主と直接契約していたこともあって、衣食住に関してはかなり優遇されていたが、辞めたからには出て行くのは当然である。それに辞めた人間がいつまでも近くをうろついていたら他のメンバーも良い気分はしないだろうと考えての判断だった。


 新しい暮らしは不便ながらも快適だった。

 近所の野良仕事を手伝ったりしながら、川で餌の付いていない釣竿を垂らして寝そべり、興味のない書物を開いてうとうとする。それまでの苦痛にまみれた日々が全て幻だったのではと錯覚するほどの穏やかな時間を過ごした。

 なにより、朝目覚めて「もう痛い思いをしなくていいんだ」とわかった時の解放感は筆舌に尽くしがたいものがあった。


 辞めた当初は何人もの冒険者が訪ねて来ては熱心にパーティに誘ってきたが、リアムがもう盾役(タンク)はできないと告げると、手のひらを返したように去って行った。

 元々、リアムは戦士として優秀だったわけではない。人並み外れて頑丈ではあったが、動きは鈍重で、剣の腕前も並以下である。そんな頑丈さだけが取り柄の戦士が盾役(タンク)をしないと言えば、そうなるのも当然だった。


 幸いなことに、贅沢をしなければ数年は暮らしていけるだけの蓄えはあった。

 故郷の村を飛び出してから十五年間、ずっと戦い続けてきたのだ。しばらくはのんびりしたって罰は当たらないだろう。これから先のことはおいおい考えていけばいい。リアムはそう考え、傷ついた心を癒す為、存分に自分を甘やかすことにしたのである。




 そんな暮らしを二カ月ばかり続けたある日、リアムはいくつか生活に必要なものを補充する為、久しぶりに街に出た。

 この二ヶ月、あまり街には近寄らないようにしていた。

 パーティにいた頃は『レニゴールの絶対守護者』の一員として街の人たちからよくしてもらっていたが、今はもうパーティの一員ではない。

 故郷の村にいた頃、リアムはよく「でくのぼう」と馬鹿にされ、いじめられた。

 戦士として身体を張って戦うことで己の価値を示し、それを払拭してきた。

 この十五年間、戦いしかしてこなかった。それ以外のことは何もできないし、他に成し遂げたいことがあってパーティを辞めたわけでもない。

 ただ逃げただけなのだ。

 戦士リアムは死に、何者でもないリアムが残った。

 無価値になってしまった今の自分を受け入れてくれる人などいないのではないか。

 街を守るという重責から逃げた臆病者め――街に行けば、そんな誹りを受けるのではないかという恐怖があって、足が向かなかったのだ。


 だが、蓋を開けてみればなんてことはなく、街の人は誰もリアムに関心を向けてこなかった。皆自分の生活に忙しいのだ。

 安心した途端、リアムは急に酒が飲みたくなってきた。

 我ながら現金なものだと呆れるが、穏やか過ぎる日々を送っていたせいか、多少の刺激を欲していた。それにずっとひとりでいたので、人恋しさもあった。

 手早く買い物を済ませ、『奇跡の大樹亭』へと向かう。

 だが、はたと気付いて足を止める。

 奇跡の大樹亭はパーティメンバーの溜まり場である。下手にメンバーと顔を合わせようものなら、互いに気まずい思いをすることになる。それほど気にする必要はないのかもしれないが、あのような辞め方をしておいて平然と挨拶できるほど厚顔無恥にもなれなかった。


 結局、リアムは別の店に足を伸ばした。

 裏路地の奥まったところにあるその店は、駆け出しの頃にカイルと一緒によく通っていた店だった。

 店を切り盛りしているのはアントムという名の老境に入った男で、昔は冒険者としてそこそこ名が売れていたらしい。当時貧乏だったリアム達に「出世して返せよ」と言ってはよく食事を提供してくれた恩人でもあった。

 そんな大恩ある店だったが、パーティが大所帯になったこともあって、ここ数年はすっかり足が遠のいてしまっていた。この恩知らずめ、というアントムの罵倒する顔が容易に想像できた。

 売上という名の恩返しをするか、と店の入口を潜った。


 薄汚れた店内は、ここだけが時の流れから取り残されているのではと思ってしまうほど何も変わっていなかった。

 店主の姿は見えない。日暮れ前ということもあって、客はひとりだけだった。近くに剣が立て掛けられていることから、おそらく冒険者か非番の騎士だろう。丸められた背中からはおよそ覇気というものが感じられず、少し前までの自分を見ているようだと、リアムは思った。

 興味を覚え、カウンターに近づきながらその男の横顔を盗み見た。そして、その正体に気付いて思わず「あ」と声を上げてしまった。

 カウンターに座っていたのはカイルだった。


「カイル……」


「リアムか。こんなところで会うなんて珍しいな」


 カイルはリアムを見て一瞬だけ驚いたような顔をしたが、すぐにいつものポーカーフェイスに戻った。先ほどまで感じた陰鬱とした雰囲気も嘘のように消えていた。


「どうした? そんなところに突っ立ってないで、こっちに来て座ったらどうだ?」


「あ、ああ……」


 リアムは言われるがまま横に並んで座る。

 そこで初めて自分が緊張していることに気付いた。

 なぜ幼馴染相手に緊張しなければならないのか。そんな憮然とした思いに囚われる。

 それを悟られぬよう平静を装って尋ねた。


「親父さんはいないのか?」


「今は客が俺だけだからな。奥に引っ込んでるよ」


「そうか……」


 すると話し声が聞こえたのか、奥から店主のアントムが顔を覗かせた。その顔は記憶にあったものよりもだいぶ老け込んでいた。

 アントムはリアムを見て、深い皺がいくつも刻まれた顔を綻ばせた。


「おいおい、リアムじゃないか!」


「ご無沙汰してます、親父さん」


「まったくだ。何年ぶりだ? この薄情者め!」


「すいません、来よう来ようとは思っていたんですが……」


「嘘つけ! ったく、カイルはちょくちょく顔を出してくれてたんだぞ」


「そうなのか?」


 リアムは驚いてカイルを見た。


「ここはいつ来ても客がいないからな。ひとりで考え事をするのにちょうどいいんだ」


「言ってくれるじゃねぇか、クソガキが」


 そんな悪態を吐きつつ、アントムは酒を注いでリアムの前に置いた。


「それにしても、あのひよっこどもが随分と立派になったもんだな。街でお前らの名を聞かない日はないくらいだ。せっせと餌付けした甲斐があったってもんだ」


「親父さんには感謝してるよ」


 カイルが笑顔で応じる。


「そう思ってんならもっと足繁く通えってんだよ。あんなデカい木がぶっ刺さってるだけの店に浮気しやがって」


「この店じゃ狭すぎてパーティ全員入りきらないって」


「なら、せめて客のひとりやふたり連れてくるなり、宣伝するくらいのことをしてもバチはあたらねぇだろうが」


「ここは俺の隠れ家なんだ。寂れていてくれないと困る」


 カイルはそう冗談めかして言っていたが、彼は街一番の冒険者パーティのリーダーであり、貴公子然とした容姿も相まって街ではかなりの人気者である。

 街の要人と会う機会も多く、なかなかひとりになれる時間がないのだろう。そういう意味ではこの店はうってつけといえた。


「ったく勝手なこと言いやがって」


 文句を垂れつつも、アントムの顔はどこか嬉しそうだった。


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[一言] 心に深い傷を負うほど苦労しても、数年を暮らしていけるだけの蓄えしかできないのか…
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