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ある盾役の憂鬱  作者: SDN


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報い

 分厚い雲に覆われた空を見上げながら、カイルは大きく息を吐き出した。

 昼前にも関わらず、まるで闇夜の中にいるような錯覚を覚える。宙に溶ける白い息が、霜の巨人ガジールが迫っていることを教えてくれた。

 結局、代わりの盾役(タンク)は見つからなかった。

 俺が前衛に立つ――そう告げたとき、パーティメンバーの誰もが反対した。

 イスタリスやヨネサンはリアムを頼るべきだと主張した。

 だが、カイルはその意見を突っぱね、自身が前衛に立つことを決めた。


「お前は意固地になっているだけだ」


 イスタリスにそう言われた。

 否定できなかった。これまで懸命に積み重ねてきたものが、リアムひとりが抜けただけで崩壊してしまうような脆いものだったと認めたくなかったのだ。

 一度は退けた相手だ。必要以上に恐れる必要はない。そう自分に言い聞かせた。

 だが、剣の柄を握る手が震えているのは、決して寒さのせいだけでないことを自分自身が一番よくわかっていた。


「き、来ましたっ!」


 ヨネサンが緊張を湛えた声で言った。

 その声に呼応するように馬蹄の轟きが耳に届く。目を凝らすと、遥か前方から複数の騎馬と、その後を追う巨人の姿が見えた。

 巨人族の平均を遥かに上回る巨体。逆立った氷柱のような髪。薄青白い肌には三年前の戦いで負ったであろう傷跡がいくつも残っている。

 間違いなくガジールだった。

 上半身にいくつもの矢が突き刺さっていたが、まったく気にする素振りもなく、こちらに向かってくる。

 騎士の数は出発した時よりも半数近くにまで減っていた。馬に乗った騎兵ですら、ひとたび巨人に狙われればそう簡単に逃げ切れないということだった。


「みんなやるぞ! 騎士達の犠牲を無駄にしない為にも、今日ここで奴との決着を付ける!」


 カイルは自らを鼓舞するように大声を発すると、仲間の応じる声を背に受けて走り出した。


「ご武運を!」


 役目を終えた騎士達が左右に分かれて離脱していく。

 カイルは入れ替わるように巨人の前に立ちはだかった。


「来いッ!」


 そう叫び、手にした盾に剣を打ちつける。

 カイルの剣と盾にも、ヨネサンによってリアムの物と同じ魔法が掛けられていた。

 ガジールは発せられた音に不快そうに咆哮を上げると、容赦なく拳を振り下ろす。

 その拳をカイルは大きく飛び退って躱した。

 目の前で派手に土砂が舞い上がる。

 それが収まると、一瞬前まで立っていた地面に大きな窪みが出来ていた。

 その威力にカイルは戦慄する。少しでも逃げ遅れれば、肉体は原型を留めないほどに潰されるだろう。

 盾役(タンク)があっさりと殺されてしまえばパーティの全滅は必至である。


 カイルは素早く距離を取り、再びガジールを挑発する。

 剣術で巨人は倒せない。カイルにもそのことはわかっていた。いかにして攻撃役(アタッカー)に攻撃する機会を作り出せるかがこの戦いの鍵だった。

 だが、カイルにリアムと同じ戦い方はできない。巨人の一撃をまともに受ければ、いくら魔法の援護があっても無事では済まない。

 故に、カイルは攻撃を一切捨て、回避に専念した。リアムのように足を止めて戦えない以上、長期戦になるのは覚悟の上だった。

 粘り続けていれば、いつか必ず仲間が巨人を倒してくれる。カイルはそう信じて巨人の前に身体を晒し続けた。


 戦いはカイルの予想よりも遥かに過酷だった。

 ガジールは三年前に戦った時よりも強くなっていた。

 成長するのは人間だけの特権ではない。ガジールは三年という時を使い、以前よりも力を増して再戦を挑んできたのだ。

 ガジールは逃げるカイルを執拗に追い回し、攻撃を繰り出してくる。巨人の体力は無限なのではないか、そう思ってしまうほどの暴れぶりだった。

 おまけにガジールの放つ冷気は強烈で、火の精霊魔法の加護があっても完全には防ぎきれず、近くにいるだけで確実に体温と体力が奪われていった。体の動きが徐々に鈍くなってきているのがわかる。


 ――勝てない。


 他でもないカイルがそのことを正確に把握していた。

 攻撃役(アタッカー)の攻撃によってガジールの身体には無数の傷が出来ていたが、どれもが致命傷には至っていない。

 標的がこれだけ動き回ってしまっては、魔法を当てることすら困難だろう。本職ではない人間が盾役(タンク)をやろうというのが、土台無理な話だったのだ。


「がはっ!?」


 ついに躱しきれなくなり、カイルは巨人の拳を盾で受け止める羽目になった。

 全身がバラバラになったような衝撃に見舞われる。持ちこたえられずに地面を転がされた。なんとか起き上がるも、身体はすでに限界だった。


(あいつはいつもこんな思いをしていたのか……)


 ふと、脳裏にリアムの顔が浮んだ。

 これほどの目に遭っていながら、彼は一度として不満を口にしたことがなかった。

 その心の悲鳴になぜ自分は気付けなかったのか。


 すでに手足の感覚はなくなっていた。

 止めを刺そうと巨人が目の前に迫る。

 これは罰なのだ。

 己の夢の為に大切な友に犠牲を強いてきた人間が受けるべき当然の報いだった。


(すまない、リアム……)


 カイルはまるで許しを請うように地面に両ひざをついた。




――――――――――――――――




 シェルファは仲間の危機に何もできない己の無力さに打ちひしがれ、絶望した。

 膝から崩れ落ちたカイルに、ガジールが止めを刺そうとゆっくりと拳を振り上げる。


「カイルッ!」


 ダイアナの絶叫が響く。

 アリーシャが懸命にシールド魔法を展開しているが、とても防ぎきれるとは思えなかった。


 その時、一頭の馬が視界の端に飛び込んできた。

 巨人の元に一直線に向かうその馬から、ひとりの男が飛び降りる。


「おおおおぉぉッ!」


 男は雄叫びを上げながら、手にした盾を構えて巨人の前に立ちはだかった。

 凄まじい衝撃音が大気を揺るがす。

 巨人の動きが止まっていた。

 男の盾が巨人の拳を完璧に受けきったのだ。


 そのありえない光景にシェルファは自分の目を疑った。

 男が巨人の攻撃を止めたことに、ではない。

 その男がこの場にいるはずがないからだった。

 絶望に負けた心が見せる幻だと思った。

 だが、「リアムッ!」というダイアナの叫び声で、これは現実なのだと認識した。

 どうして、という疑問は一瞬にして霧散した。

 シェルファの知るなかで誰よりも強く、優しく、心から信頼を寄せられる者。そして、雄々しくそびえ立つ大樹のように皆を守ってくれる――それがリアムという男だった。


 リアムは巨人の攻撃を盾で受けながら、少しずつカイルの倒れている場所から遠ざかるように移動していく。

 シェルファはその意図を汲んでカイルの元へと向かおうとした。

 だが、それを止めたのはダイアナだった。


「シェルファ、リアムに火の精霊の加護を!」


「で、でも、カイルが――」


「よく見なさい! リアムは鎧を着けていない!」


「えっ!?」


 言われてシェルファはようやく気付いた。

 リアムが現れた時に咄嗟に彼だと気付けなかった理由がこれだった。リアムはいつも戦場では全身を覆うような甲冑を身に着けている。だが、いま身に着けているのは、どう見ても間に合わせといった厚手の革服だった。


「そ、そんな……」


「集中しなさい! 今の彼を守れるのは私たちしかいないのよ!」


 ダイアナの叱咤の声にシェルファははっとした。

 誰よりもカイルのことを心配しているだろうに、ダイアナはそれをおくびにも出さない。それだけの強い覚悟で彼女はこの戦いに挑んでいるのだ。

 三人の回復役(ヒーラー)による巧みな連携(ヒールワーク)こそが、”不動のリアム”を支える柱なのだ。その役目を果たせぬ者にレニゴールの絶対守護者を名乗る資格はない。


「――オルンは絶対にやらせない!」


 シェルファは迷いを振り払うと、気合の声をあげて呪文の詠唱を開始した。


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