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フェノメノン  作者: xtakashi
第1章 飛翔
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第6話 混迷する情勢

第6話です。状況が動き出します。

 セレナはもともと、低位ではあるが貴族の長女として生まれた。

 貧乏ながらも父、母、そして二人の弟に恵まれ、愛情豊かな家庭で、平穏かつ幸せな幼少期を過ごした。しかし、それも長くは続かなかった。


 両親は、愛情は深く、人徳を持っていたが、厳しい貴族社会を立ち回るための狡猾さ、経営センスに欠けていた。

 権威争い、権益争い、商圏争いにおいて、ことごとく他の貴族との競争に敗北した。

 おまけに、領地の不作、盗賊被害などが重なり、もともと多くなかった資産も、あれよあれよという間に枯渇していった。


 運にも恵まれなかった。

 起死回生で手を出した事業で、商人に裏切られ、売上代金を持ち逃げされる事態も起こった。

 その内、一家は日々の生活にまで困窮するようになった。


 借金のかたとして、自宅の家具などが差し押さえられ、それが何日もたたないうちに運び去られる。

 日に日に風通しがよくなる自宅であったが、そうした中でも家族のきずなは途切れることなく、セレナも持ち前の明るさを失うことはなかった。


 そんな状況を何とかするべく、セレナの父は、昼も夜も関係なく働き、それを母が支えた。

 セレナの父は、何とか日々の生活費を工面するため、親戚や知り合い、商人の間を駆けずり回り、貴族としてのプライドも捨て、誰にでも頭も下げた。


「くだらないプライドに固執する方がおろかだ。頭を下げるべき時は、しっかりと下げるのが肝要だよ」


 それがセレナの父の口癖であった。そうした中、父の弟である、カルロスの実家にセレナと弟たちが預けられることが多くなった。

 ※ちなみにカルロスは、とある理由で勘当され、貴族の地位をはく奪されている。


 セレナは寂しくなかった。

 もちろん、まったく寂しくないといったらうそになるが、かわいい二人の弟たちがいつも一緒で、見た目はいかついが、優しい叔父であるカルロスが面倒を見てくれていた。

 そして何より、両親は自分たちのために必死になっていることを理解していたからだ。


 しかし、数年の後、セレナの父はオーバーワークがたたったのか、突然の心臓発作で死去する。

 そして、もともとあまり体が強くなかったセレナの母も、夫の後を追うかのようにその半年後、流行り病でセレナと、二人の息子を残し、病死するのであった。




 その時、セレナは11歳、二人の弟はそれぞれ6歳と4歳であった。




 カルロスからは、養子になることも提案されたが、それをセレナは固辞する。

 これ以上、カルロスの世話になることを、彼女自身、どうしても受け入れがたかった。


 それは、没落したとはいえ、貴族としての矜持か、はたまた愛した父と母と、別の存在になってしまうことへの忌避感か。

 とにもかくにも、彼女は11歳の若さで、二人の弟を養うための、職を探すことになる。


 幼いころから、腐っても元貴族のため、基本的な教養は身に着けていたこと。

 また、使用人を雇うお金もなく、加えて両親が家を空けることが多かったので、家事全般をセレナが担っていたことも幸いした。

 ひとまず、他の貴族の住み込みメイドとして、職を得ることに成功する。


 没落した元貴族ということもあり、受け入れ先の貴族から、見下された態度をとられ、両親を揶揄するようなことを言われたことは、一度や二度ではない。


 ひどい時には暴力を振るわれたこともあった。


 そうした中でも、セレナはめげることなく、二人の弟を養うために奮闘する。持ち前の素直さ、明るさ、ガッツを発揮し、徐々に周囲に認められていく。




 そしてついには、その働きぶりが認められ、王宮での勤務がかなうことになる。











 時は、セレナとカルロスがカフェに入店する少し前。

 サルデニア王国の首都、バーンズの中央に位置する王宮。その執務室にて、アレイナ王女と元老院メンバーが、各種施策について協議を行っているさなかであった。


「一大事でございます!!至急、アレイナ王女にお目通り願います!!」


 一人の伝令が、流れる汗そのまま、大変慌てた様子で執務室の扉前までやってきた。

 コクリとうなずいたアレイナ王女に促された使用人は、執務室の扉を開ける。


「こちらをどうか!!」

 伝令は跪いて、恭しく一つの書簡を差し出す。

 受け取った使用人は、それが非常時のみ使用される、赤の書簡(国家級第一級連絡事案)であることを確認し、円卓テーブルに座るアレイナに、急いで手渡した。


 アレイナが魔力を注ぎ込むことで、厳重に封じられた書簡が開く。アレイナはさっそく中身を確認した。

 しかしどうも様子がおかしい。

 文字を追えば追うほど、アレイナの顔が、どんどんと青みがかかってきている。書簡を持つ手は、よく見ると、かすかにふるえているようだ。


「いかがされましたか、王女?」

 隣に座る元老院のメンバーが、心配そうにアレイナに尋ねる。

 アレイナは、震える手をどうにか押しとどめながら、青ざめた顔で口を開いた。


()()()()()()()()()()()()()しました。主犯はルードヴィヒ殿下の弟であるヴィンセント殿下。昨日の深夜に、ルードヴィヒ殿下の寝所へ部隊が襲撃。その場で()()()()()()殿()()()()()されたそうです……。」


 いつもの凛として通る声ではなく、震えの混じった、うめくような声でアレイナは答えた。

 話しながら、書簡を握るアレイナの手には力が入り、書簡の端がひどく歪んでいる。


「なんと……!!」「なんてことだ!」「そんなばかな……!」

 青ざめた様子で、その場にいる元老院メンバーは、一斉にざわざわと騒ぎ出す。


「皆さん、落ち着いてください。まだ、この情報が100%正しいとは限りません。ウラテアの流す欺瞞情報である可能性も捨てきれません。」

 動揺の見える元老院メンバーをたしなめつつ、自分に言い聞かせるようにアレイナは発言する。


「発言をお許しください、王女。その情報が赤の書簡で提出されたということは、2重、3重で情報の裏どりは行っているはず。であるならば、その情報は極めて確度が高いと考えられます。信じたくないというお気持ちは、我々一同同じ気持ちです。しかし今は、ひとまずこれが事実として、今後の対応を早急に検討する必要があると愚考いたします。」


 元老院メンバーの一人である、テイラー卿が発言する。

 彼は、元老院メンバーの中でも古参の一人で、アレイナも信用する貴族の一人だ。


 テイラー卿の言葉は、間違いなく正論だが、今のアレイナにとって、あまりにも残酷な刃として、心に突き刺さった。


 アレイナは、胃の中身がひっくり返るような感覚を覚え、気分の悪さを、歯を食いしばって何とか耐えながら、言葉を続ける。

「書簡の内容はこれで終わりではありません。まだ続きがあります。ルードヴィヒ殿下を処刑したヴィンセント殿下は、すぐさま新政権を樹立。しかも、さっそくの国家方針として、()()()()()()()()()()を発表したそうです……。」


 その言葉を聞いた元老院メンバーは、先ほど以上に大きな動揺に包まれた。うめき声のようなものを上げるもの、目に手を当て呆然とするものなど、反応は様々であった。




 悪い報せは終わらない。


 ルトキアのクーデターという、一大事の情報がもたらされてから約1時間。今後の方針について議論が紛糾しているさなか、再び、別の伝令が慌てた様子で執務室へやってくる。



 それこそ次なる悪夢の始まりを告げる合図であった。






「申し上げます!!()()()()()()()()()()()()()()()()!!まっすぐここ、首都バーンズへ向けて進行中です!おおよその情報となりますが、通常兵士の数約9,000、火砲300、アーマーフレームの数は80程度です!!」





 その言葉を受け、こんどこそ元老院のメンバーは完全に茫然自失の状態となった。あるものは頭を抱え、あるものは悲鳴のような声を上げた。



 ()()()()()()()、とアレイナは自分の愚かさを呪った。


 一連の流れがあまりにも手際良く、早すぎる。

 おそらく、クーデターよりずっと以前から、ヴィンセントはウラテアと通じていたのだろう。


 あとはタイミングの問題。

 ルードヴィヒ殿下に、国内問題がうまく()()()()()()()()()()()()()()、油断したところを闇討ちでルードヴィヒ殿下を弑逆(しいぎゃく)


 ウラテアを後ろ盾としたヴィンセントが新政権は樹立して、ウラテアへの従属を宣言する。

 後方の憂いがなくなったウラテアは、サルデニア攻略に注力する。


 整理して考えれば、あまりにもあっけなく、簡単な戦略だ。


 数日前、ウラテア帝国の侵攻は、あと60日程度は猶予があるとみていた自分を、たこ殴りにし、三枚におらして、海にばらまいてやりたい気持ちに、アレイナはなっていた。


 自分の愚かさに反吐がでそうになり、ストレスで胃液が逆流するような感覚があるが、それでも王女として、元老院のメンバーの前で無様にさらすわけにはいかない。


 内心は嵐のように動揺する気持ちを、どうにか押しとどめながら、アレイナは告げた。

「……ここに、国王であるライナス・エルン・フォン・バーンズの代理、アレイナ・エルン・フォン・バーンズ第一王女が宣言します。()()()()()()()()を発令します。直ちに非戦闘員の避難の誘導を。それと、サルデニア王国が保有する全兵力に対し、第一種戦闘配置を発令してください。ライナス国王には後ほど私が報告します。」













 国中、そして町中のいたるところで警報と、鐘の音が響き渡る。


 この二つの組み合わせは、非常事態を住民に告げる、まったくありがたくないオーケストラだ。


 カフェを出たカルロスとセレナが見たものは、街の住人が喧騒と共に、大急ぎで通りを行き来するさまであった。

 あるものは大荷物を抱え、あるものは子供の手を引き、シェルターへと向かっている。

 兵士の格好をしたものは一様に、所定の場所まで駆け足で向かっている。


「こうしちゃいられねぇ!俺も、一刻も早く兵舎に向かう!セレナはひとまず、宿舎まで勇者様を迎えに行ってやんな!この警報と鐘の意味が分からず、ボケっとしているかもしれねぇ!」


「わかりました!カルロスさんもお気をつけて!!」


 カルロスと別れたセレナは、宿舎へと大急ぎで向かう。市場のカフェから、宿舎までは走って20分程度。訓練が終わって、まっすぐ帰っていれば、彼は宿舎に戻っているはずだが……




「ええええええ!!なんでいないの!?」

 案の定?というべきか、クリスの姿は宿舎のどこにもいなかった。


主人公は戦いませんが、状況は動きました。

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