第5話 整備屋の視点
第5話です。主人公はまだ戦いません。
ある日の昼間、市場で買い物をするセレナは、ふと自分を呼ぶ声に気が付いた。
「んん……?おお、セレナじゃねぇか!元気にしてるか!?」
がっしりした体格で、麻で作られた丈夫なエプロンをした、大柄な男だ。年は40前後で、肌は日に焼けこげ茶色をしており、健康的な野性味を感じさせる。寒くなってきた季節にもかかわらず、特に上着なども着ていない。全身から溢れ出るエネルギーが、冷気を吹き飛ばしているような男であった。
「あれ、カルロスさん、久しぶりですね~!私は相変わらず、元気もりもりですよ!それだけが取り柄みたいなところありますからね!」
ぐっと力こぶをつくるようなセレナのしぐさを見て、カルロスは豪快に笑う。
「はははっ!元気なのは何よりだな!」
「カルロスさんは、今日はなんで市場に?」
「おお!今日は久しぶりの非番でな!とはいっても家にいても何もやることがないんで、とりあえず市場に来てみたんだが、やっぱりやることが思いつかなくてな~!」
「ははっ!相変わらず仕事人間なんですね~」
「おうよ。まあ、ここであったのも何かの縁だ。もし、時間があるなら、ちょっとカフェにでもつきあってくれねぇか?なに、もちろんかかるお代は全部、俺持ちだ!」
カルロスからの提案に対し、セレナは目の色を変えた。
「ええっ!?いいんですか!?ぜひぜひ!」
ちょうど、セレナも買い物がひと段落したところでもあったので、カルロスの提案はまさに渡りに船であった。
カルロスは、サルデニア王国、軍事部門の第3課のリーダーを務めている。
騎士団が搭乗するアーマーフレームの整備が主な仕事だ。現場一筋、この道20年以上のベテランで、この国で彼以上にアーマーフレームについて知るものはいないとまで言われている(ちなみに独身)。
アーマーフレームの整備状態は、戦闘の勝敗、ひいては搭乗者の生死にまで直結する。
だからこそ、兵士たちは第3課のメンバーには最大限敬意を払う。特に、そのリーダーであるカルロスには、たとえ騎士団長であるサラであったとしても、頭が上がらない存在だ。
ちなみにカルロスとセレナは、叔父と姪の関係で、セレナが幼い時分、事情によってカルロスが面倒を見る機会がしばらくあった。セレナがメイドとして、王宮で働くようになってからも、こうして予定さえ合えば、気軽に食事に行く程度の関係性は続いていた。
40男と10代後半の女性、かたや筋肉質の大男で、かたや「見た目は」可愛らしい小柄な女性。関係性を知らない人からすれば、若干犯罪のにおいがしなくもないが、ともかく二人は近くの手ごろなカフェに入店。
カルロスはコーヒーを、セレナはドーナツに似た焼き菓子を20個ほど注文した。
店員の持ってきた菓子を、セレナはニコニコ顔で次から次へと口の中に放り込む。細い体の一体どこに入っているんだとばかりに、次から次へと菓子は彼女の胃袋へ吸い込まれていく。
豪快な姪っ子の食べっぷりに、半ば呆れたような顔しながら、カルロスは、コーヒーを片手に話しかけた。
「相変わらず、よく食うな~お前……」
「ふぇいどふぁひははひほとへふはは(メイドは力仕事ですから)!」
「あー無理に答えなくていい!よく噛んで食え!」
セレナの食事がひと段落すると、改めてカルロスは話題を口にした。
「例の勇者様とは、うまくいっているか?相変わらず宿舎でも不愛想なのか?」
最後の菓子のひとかけらを口に含むながら、セレナは答える。
「ごっくん……そうですね~勇者様は基本的に無表情で、何を考えているか分かりにくいところはあるんですけど、けっして悪い人ではないんですよ!理不尽なことを頼まれるとか、今のところ全然ありませんし、この間も、市場からの帰り道で、私の荷物を持ってくれたんですよ!メイドの仕事だから、とめっちゃ断ったんですけど、『重たい荷物は男である私が持ちますよ』なーんて、おっしゃって全然引かないんですよね。結局、勇者様に荷物を持ってもらっちゃいました!……あ、これ、メイド長や王女様には絶対内緒にしておいてくださいね!?後でどんな処罰を受けるかわかったもんじゃないので!」
「ふ~~ん、そうなのか……日ごろのあいつは、紳士的なところがあるんだな。」
そう言いながらコーヒーをすする叔父に対し、今度はセレナが逆に質問をする。
「そうだ!勇者様って、実際訓練とかではどんなご様子なんですか?勇者様って、そのあたりのことは全然教えてくれなくて……。」
持っているコーヒーをソーサーに戻し、太い腕を組みながら、カルロスは答えた。
「……現場の兵士からの評判は悪くない。勇者じみた覇気や、やる気みてーなものは、一切感じられないが。別に進んで怠けているわけでもないし、あいつからのアドバイスを受けて、動きがよくなった兵士も何人かいる。騎士団のメンバーとも関係が悪いわけではないが、騎士団長のサラとは別だ。やつと彼女とでは、馬が全く合わんようだ。というより、一方的にサラが敵視している、といった様子だが……。」
「ええ!なんですかそれ!たしかに、噂では、アーマーフレームの操縦が、期待されるほどではなかった、なんてことも聞きますけど、それで敵視までするって、おかしくないですか!?」
怒った様子で言葉を発するセレナを見ながら、カルロスはため息をこぼす。
「まあ、セレナの言う通りではあるんだが、どうもこればっかりは、サラの感情の問題が大きいみたいでな。」
そう話すカルロスは、いったん言葉を切る。目の前のセレナは、納得がいっていないようで、険しい顔をしながらう~ん、と頭を抱えていた。
「……あと、いまセレナが言っていた噂、なんだが」
そういって言葉を濁すカルロスに対し、目をぱちくりしながらセレナは言葉を発する。
「え、アーマーフレームの操縦が期待外れだった、てやつですか?私も、噂で耳にしただけなんですけど、汎用型アーマーフレームで、模擬戦をサラ団長と勇者様が行って、結果、何度やってもサラ団長の勝利。勇者様の操縦も、特にいいところもなく、平凡だったって。街の男の子たちの間では、もっぱらの噂になってますよ。」
「そう、その操縦にいいところもなく、平凡だったってやつよ。」
そういうと、カルロスは姿勢を若干前のめりにさせながら、セレナの顔に近づき、小声で話した。
「実はよう……整備屋からいわせると、この噂はウソなんじゃねえかなって思うんだ。」
「ええっ!?どういうことですか!?実際、サラ団長と戦って、勇者様はいいところがなかったんですよね!?」
「ああ、それを説明する前に、まずはアーマーフレームの基本について、おさらいだ」
驚愕の様子を隠せずに、そう質問するセレナに対し、カルロスは姿勢を背もたれに預けながら答えた。
大柄な彼の体重を支えるために、ギシッと椅子がなった。
「アーマーフレームっつーのは、知っての通り兵士が直接乗り込んで動かす、いわゆるでかい全身鎧みたいな代物だ。全長は約3メートル程度。魔導流体理論の英知を結集させた決戦兵器。通常の兵士の何十倍もの攻撃力、機動力、耐久力を有した、戦場の花形よ。昨今の戦争では、このアーマーフレームの数と質によって、勝敗を決するといわれているわけだ。」
うんうんとうなずくセレナに対し、カルロスは説明を続ける。
「でだ、このアーマーフレームは強力無比なんだが、当然整備が必要となる。携行する装備の手入れはもちろんのこと、全身の各パーツの破損、損傷の修復、関節部の消耗の補修だな。いかに上等な武器や鎧でも、きちんと整備してなきゃあ、いざって時に役に立たないのと同じだな。」
なるほど、とセレナは相槌を打った。
「特に、関節・駆動部の消耗ってのはかなり癖もんよ。関節ってのは使い続けていれば、いつか絶対摩耗・消耗する。だから日ごろの手入れが大事だし、普段からあまり消耗しないよう、気を付けるのが肝要だが……とはいっても、戦っている最中にそんなこと、普通は気にかけられるはずもねえ。」
「んで、各部位のパーツが破損したときは、パーツごと取っかえればいいので、ある意味楽なんだが、関節はそうもいかねぇ。いったん関節がぶっ壊れちまったら、パーツごと全部引っぺがして一からなおさないといけねぇからな。アーマーフレームの関節っつーのは、まさに整備屋泣かせの代物よ……ここまではいいか?」
問題なし!といった感じで、片手でグッドポーズを作る姪っ子に、苦笑しながらカルロスは続けた。
「んじゃあ、話に戻ろう。結論として俺は、責任者として、あいつとサラが模擬戦をした後のアーマーフレームの整備を、今のところ全部かかわってきた。当然、双方のアーマーフレームの状態を毎度つぶさに見ているわけだ。サラのフレームは、案の定、毎回関節がかなり摩耗していた。まあ、アーマーフレーム同士の戦闘ではよくあることだな。戦闘機動を行った際は、そうなるのが当たり前の光景だ。で肝心の勇者様の機体なんだが……」
一呼吸おいて、カルロスは次の言葉を口にした。
「関節にほとんど摩耗、消耗がみられねぇんだよ」
一瞬、セレナは何を言っているか理解ができなかった。彼女は専門家ではないが、それが恐ろしくイレギュラーな事態である、ということだけは何となく理解できた。
「ええっ……!それって、いったい………どうしてなんですか??」
「俺も、最初は信じられなかった。見ている機体を間違えているんじゃねえかって。けど、何度確認しても間違いなかった。それも、最初の1回だけじゃねえ。今のところ全部の模擬戦でそうなっているんだよ。関節だけじゃねぇ。機体の損傷具合も、毎度驚くほど綺麗なんだ。基幹部分には一切ダメージがないように、あとの整備が実にやりやすいようにな。場合によっちゃあ、サラのフレームの方が、整備に時間がかかった時もあるくらいだ。よくよく考えると、毎回あいつの動きが、判を押したように並み程度の動きであったこともおかしいんだ。ここまでくると、偶然で片づけるには、明らかに不自然だ。」
ふううっと大きく息を吐き、片手を頭に置きながら、カルロスは続けた。
「ようはこれを、勇者様は狙ってやってんじゃあねえかって。俺はそう思う。機体に極力負荷をかけないよう、その後の整備がしやすいよう、丁寧に丁寧に、動かしているってことだ。
信じられるか?模擬戦とはいえ、この国一番のフレーム乗りで、歴代最強とも呼び声高い、サラ・カーティス騎士団長との戦いのさなかでだ!あいつは、模擬戦のたびに、並み程度の実力に見えるように狙って動きを調整しつつ、しかもその後の機体整備にまで、気をまわしていたということなのさ!」
その言葉に、セレナは、ゴクッと唾を飲み込んだ。
「つまりそれって、今流れている噂は間違ってて、むしろ全くの正反対だってことですか!?」
「ああ、そうだ。俺の話した内容が事実だとしたら、こりゃ腕前が平凡なんてもんじゃねえ。とんでもねえ神業だ!あの勇者は文字通り、次元の違う操縦スキルを持っていることになる。」
そう話すカルロスは、改めて椅子に座りなおした。
「だがしかし、ここで一つ疑問がある。もしこれが事実としても、なぜ俺たちに実力を隠すんだ?そこんところの理由がわからねぇから、俺としても100%そうだと言い切れねえんだ。たまたまの偶然が続いただけだったと、強引に結論付けることもできなくはないしな。むしろ、そんな神業を使える人間が存在します、という方が、馬鹿げているっちゃあ馬鹿げている。」
「でも、カルロスさんは、勇者様がそうしていると考えているんでしょ?」
「ああ、そうだ。アーマーフレームが兵器として、各国で実践投入されて、まだ30年程度しかたってねぇ。そうした中で、俺は20年以上もアーマーフレーム一筋で携わってきた。この国で俺以上にアーマーフレームに詳しい奴はいねぇって自負もある。そんな俺の感が、こいつは絶対偶然じゃないと言っているんだ。」
「しかし……そうなると、さっきの話に戻るが、実力を隠す動機は何だって話だ。百歩譲って、隠すだけなら適当に手を抜きゃあいい。それこそ、いい加減に機体を扱えばいいだけだ。でも、あいつは、わざわざ俺たち整備屋にまで気を使って、機体を扱っている。そんなことをいちいちする理由はなんだ?日ごろの兵士たちとの接し方や、セレナに対する態度から見ても、俺たちをバカにしたり、せせら笑うため……て感じではなさそうだが。セレナは理由になりそうなことについて、何か心当たりはないか?特に勇者の過去だったりとか……?」
「えっ……」
過去、という言葉を聞いたセレナは、おもわず言葉を失ってしまった。
自分はすでに2週間程度、勇者と共に過ごしている。この世界、この国で勇者と接する時間が今のところ一番長いのは自分だろう、と考える。しかし、そんな自分は勇者のことを一切知らないのだ。
前の世界のこと、住んでいた場所のこと、故郷のこと、家族のこと、趣味のこと、好きな食べ物のこと、好きな音楽のこと、好きなスポーツのこと・・・彼女は、何一つ彼自身のことを知らないのだ。正確に言えば、「知ろうとも」していなかった。
ただ、「勇者」というだけで、身の回りの世話をして、おせっかいをして、期待して……相手のことを何も知ろうとしていなかった。
その事実にセレナは気づいてしまった。
シンプルな主人公無双を期待していた方には、大変恐れ入ります。