第4話 勇者
第4話です
彼、クリスがこの世界にきて、目覚めてから10日間以上が経過した。
サルデニア国内は、一見するとウラテアとの外交問題を感じさせないほど、日常と変わらない雰囲気に包まれていた。
多くの国民は変わらず、普段通りの生活を送り、いつもの通り市場は活気に包まれていた。
しかし、そんな市場から離れた、町はずれの練兵場では雰囲気が一変する。
今日も、この国の未来を担う兵士たちが、気迫のこもった声を上げながら、鍛錬に明け暮れていた。
「いつウラテアが攻めてくるかわからんぞ!もっと気合を入れろ!!!」
「はっ!!!」
練兵場では、ひときわサラの威圧感のある声が響き渡る。
その声に呼応し、大勢の兵士たちが懸命に武器を振り回していた。
「おい、貴様、勇者!!!なんだ、そのたるんだ態度は!!」
と、そこで、気迫に満ちた掛け声とともに、武器を取りまわす兵士たちの中で、悪い意味で異彩を放っている人物がいる。勇者と呼び声高い、クリスその人だ。
クリスは動いていないわけではない。指示通りの動きは、一応きっちりとこなしてはいる。しかし、動きに付帯するはずの力強さ、気合といったものは全くの皆無であり、いくらここ数日、サラが指導しても改善の余地がなかった。
「なぜおまえは、もっとやる気を出さんのだ!動きにまったく身が入っていないじゃないか!!」
サラからの怒声に対し、無表情を崩すことなくクリスは言葉を返す。
「・・・すみません。気を付けます。」
「お前は昨日もそういっていたが、今日改善したのか?してないよな!?こいっ!!私自ら、貴様に気合を入れてやる!!」
そう言われ、「いつものように」無理やり腕を引っ張られ、アーマーフレームの模擬演習場へとクリスは引きずられていった。
「あーあ、また始まったか。」
「しっ、あまり大声で話すな、聞こえるぞ!」
クリスと、上司であるサラが完全に見えなくなったところで、練兵場の兵士たちは口々に言葉を出す。
「勇者様もな~悪い奴ではないんだが。」
「そうそう、この間もケガした俺を心配してくれて、差し入れをくれたしな」
「そうなんだよ。俺も、言ってなかったんだが、この間、剣の振り方のアドバイスをもらってさ。それ以来調子いいんだよ。」
「え、お前もか!・・・実は俺もなんだよ」
「やっぱりか。なんか全然、あの人勇者って感じがしないんだよな。おとぎ話では、もっと高潔で、勇敢で、覇気があって、いかにも勇者って感じなんだが」
「わかる、わかる。アーマーフレームの腕前も、ザ・普通って感じだしな」
「まあ、アーマーフレームの適性があるってだけでも、俺たち末端の兵士からすりゃあ、すげぇことではあるんだが。」
「ああ、ただ、勇者って言われるぐらいなら、もうちょっとな~とは思うよな。普段、騎士団の連中の動きを見てるとな。」
「サラ団長もな~。もうちょっと優しく接すればいいのに。」
「まあ、勇者って期待されている人が、いかにも普通で、やる気が無かったらそりゃ、いらいらもするだろうさ」
おそらく今頃、くだんの勇者様は、サラ団長直々にしごかれていることだろう。
兵士たちの「いつもの日常」が、今日も繰り返されていた。
訓練が終わったはずのクリスが、いつまでたっても戻ってこないので、心配したセレナは町中を探し回っていた。
夕日が沈みこみぐらいの時刻となって、ようやくセレナは町はずれの小高い丘に、座り込んでぼうっとしているクリスを見つけた。
ここ数日、クリスはたった一人こうやって、他にやることがない時は、小高い丘に何もせず、じっと座っていることが多かった。
その丘は見晴らしがよく、サルデニア王国の首都である、バーンズの全容を拝むことができる。
王家の名を冠する首都バーンズは、小国であるサルデニア王国の中でも一番の賑わいを持つ。
ただ、日も落ちかかったこの時間帯は、多くの人は夕餉の支度に入るため、人通りはまばらであった。
夕日に照らされたクリスの顔全体に、茜色の光が着色を施している。
それに加え、彼の特徴的な黒髪が、影となって彼の顔の一部を覆っていた。その目は何を捉えているか定かではなく、表情も一見するいつもの無表情に見える。
西から指すまぶしい夕日は、丘の草地の上に、彼の姿を影として映し出していた。
それは深く、広く、先の見えない夜道のようであった。
セレナは、クリスのお世話をする中で、彼が時たまこういった雰囲気をまとうことを知っていた。
基本的にあまり愛想がなく、一番接する時間の長いセレナから見ても、クリスは何を考えているのかわかりづらかった。しかし、この丘に座った時のクリスは、いつもの無表情とはどことなく違う表情を浮かべていることを、なんとなくセレナは感じていた。
(なんていうのかしら・・・まるで今にも泣きだしそうな子供のよう・・・?)
彼を見たセレナは、そんなことを思った。
「勇者様、やっぱりここにいたんですね~。探しましたよー!」
セレナから声をかけられたクリスは、表情を全く変えないまま、姿勢を変えず、顔だけをセレナに向けた。
「・・・ああ、すみません。お手間をかけたみたいで。」
「もう、何度も言ってますが、訓練が終わったら、まっすぐちゃんと宿舎に帰ってきてくださいね!何かあったんじゃないかと心配しちゃいますから!」
腰に手を当て、呆れた調子で話すセレナ。
透き通るような青い目は、まっすぐにクリスを見据えていた。黄金色の髪は、セレナの白いメイド服の肩にかかり、夕日にきらきらと照らされ、淡い光の粒子をまとっているように見える。
そんなセレナの様子を、クリスは立ち上がりつつ、無表情のまま見つめていた。
何も言葉を発せず、ただ、じっと。
「・・・?あのーどうされました??・・・・・・私の顔に何かついてます?」
いつもと様子が少し違うクリスに、セレナは戸惑いを覚え、怪訝な顔になった。
「・・・いや、なんでもありません。さあ帰りましょうか」
「???」
クリスはそう言うと、前傾姿勢となって、自分のズボンについている草や泥を、パンパンとはたき落とした。顔持ち上げる際に、クリスは、セレナが両手にそれぞれ荷物を持っていることに気づいた。手提げ袋の隙間から、食料品や雑貨などが顔をのぞかせている。自分を探すついでに、買い物もすましていたのだろう、とクリスは結論付けた。抜けているように見えて、意外としっかりしているところもあるのだな、とクリスは思った。
「ええ~~なんですか、いったい・・・・・・・・・・・はっ!まさか!!このキュートでかわいいセレナちゃんに、もしかして一目ぼれしちゃった感じですかぁ!!?きゃあ~!!いくら勇者様と言っても、出会って間もないメイドに対してそんな」「それは一切ないので安心してください」
セレナの頓珍漢なセリフに対し、食い気味に返答するクリス。
それに対して、「ちょっと冗談で言っただけなのに、そんなバッサリ否定しなくてもいいじゃないですか~!」と、口をとがらせながらブーブー文句を言うセレナ。
結局、その後二人はまっすぐ宿舎へと帰っていった。
その帰り道、本当に少し、本当にわずかに、注意していなければ気づかないほどの刹那ではあったが、クリスの口元には小さな笑みがこぼれていた。
しかしそれも一瞬で、すぐに元通りのいつもの無表情に戻った。
ロボットものと言いつつ、第4話にもなって、ロボットが一度も登場していないという・・・。