第2話 サルデニア王国
第2話です。
サルデニア王国はその名の通り、「王制」である。
王位継承権を持つ「王家」が、代々国のトップとして君臨し、その下に「元老院」と呼ばれる、統治機関が置かれている。
元老院のメンバーの大多数は貴族で構成され、その数はおおよそ100名程度。サルデニア王国はトップの「王家」に大きな権限が与えられていたが、元老院の意向を無視することはできない。
国家方針に係る大きな施策は、最終的に「王家」、ひいては「王(王が不在なら次期王位継承者)」が採択することになるが、それ以外の細かい施策については、元老院で決議されることも多い。
今回のような、「国難にあたって勇者を召喚し、問題解決にあたらせる」というは、はたから見れば滑稽極まりない策略である。
しかし、特に「王家」の「第一王女」の強い意向で、最優先第一級事案として決まった。
「勇者」の存在は、大昔からおとぎ話として、サルデニア王国中の、それこそ、物心がついた子供達なら、誰でも当たり前のように知っている。
しかし、実際に勇者の姿が最後に確認されたのは、300年も昔とされていた。
さて、その召喚された噂の「勇者」は、現在何をしているかというと、今まさにその「第一王女」の前に赴いている最中であった。
ちなみにセレナは5分と立たず、男のもとに戻ってきた。男は、彼女が戻ってくるや否や、本人の意思とは関係なく、身支度を強制され、1時間もしないうちに、部屋を連れ出された。
広い廊下や、絵画、彫像などを横目に、セレナに連れられて、ずんずんと奥へと進んでいく。
そして、他の部屋とは明らかに雰囲気が異なる、豪華なダンスホールのような広い空間に、ついに到着した。
男が部屋の入口に入った瞬間から、部屋にいるすべての人間から、痛いほどの視線を男は投げかけられる。
部屋の中の人数は、おおよそ20人前後。その中で、中心にいる一人の女性から、ひときわ強い視線を男は感じた。
周りにいる人間とは、纏う気品、オーラが明らかに違う。おそらくあれが、セレナが言っていた「第一王女」と呼ばれる人だろう、と男は予想した。
その女性は、白を基調としたドレスを身にまとっていた。
ところどころ金色の刺繍が施され、部屋に差し込む光の照り返しに応じ、明滅を繰り返している。髪は長い栗色をしており、白の衣装とのコントラストが非常に美しい。大きな二つの目が特徴的で、力強い印象を持つ。
一見すると、全体から春の花のような可憐な印象を抱くが、その目を見ると、大きな意志の強さを感じさせる。肌は薄い肌色をしており、そこに薄ピンク色をした唇がぷくりと置かれ、彼女の品の良さを際立たせていた。
「突然、お呼びだてしてしまい、恐れ入ります。勇者様。父である王は本日不在のため、私が代理で対応させていただきます。」
「・・・・」
「改めて自己紹介を。私はこの国を治める王家の一員。王であるライナス・エルン・フォン・バーンズの娘が一人、アレイナ・エルン・フォン・バーンズ第一王女です。」
「・・・・」
第一王女を名乗る女性が、凛とした声を伴って話をはじめた。しかし、男は特に反応を示さない。
「・・・おい貴様、アレイナ王女がご尊名を名乗っておるにもかからず、何も反応しないとはどういう了見だ!大変不敬であろう!!」
アレイナのそばに立っていた、白髪頭の派手な格好をした男が、激高した様子で彼に言葉を投げかける。
「いえ、良いのです。ウェールズ卿。彼は先ほど目覚めたばかり。その後、間もほとんど開けず、こちらに招かれました。おそらく困惑の気持ちがまだ強いのでしょう。」
アレイナの言葉に対し、ウェールズ卿と呼ばれた白髪の男は「ふんっ」と鼻を鳴らした。ウェールズ卿はまだ、納得していない様子であったが、王女であるアレイナが彼をかばうような言葉を述べたため、それ以上言葉を続けることはなく、押し黙った。
「すみません勇者様、こちらの言葉は理解できますか」
少しの沈黙の後、彼は口を開いた。
「・・・はい、言葉は理解できています。すみません。王女様に対して、無礼でした。・・・・私の名はクリスと申します。」
「ああ、よかった。言葉は通じるようで何よりです。ご紹介ありがとうございます、勇者様。すみません、目覚めたばかりで混乱しているところ、申し訳なく思っております。さて、すみませんが、時間も限られているため、前置きはこのぐらいにして、さっそく本題に入りましょう。」
アレイナは、一呼吸置くと、クリスと名乗ったその男に対し、言葉を続けた。
「結論から申しますと、勇者様は、転生の儀によって、この世界、ひいては国へとやってきたのです。」
その後、アレイナはサルデニア王国の置かれる、状況について、クリスに説明をした。
曰く、今自分たちのいる国は「サルデニア王国」と呼ばれ、隣国の「ウラテア帝国」と戦争状態にあること。
曰く、その戦争の趨勢が、思わしくないこと。
曰く、事態を好転させるために、秘策を用いたこと。それが、「異世界からの勇者の転生」であること。
これを、適宜、側近からの補足も加え、端的にクリスへと伝えた。
「そうですか・・・それで、私がその勇者であると?」
クリスは、一通りの説明を受けたのち、アレイナに質問をした。
その言葉に対し、アレイナは少し興奮したように返答した。
「そう、そうなのです!・・・ん、ごほん。失礼。はい、まさにおっしゃる通りです。我が国の王家に伝承として、勇者様の存在とその召喚方法は、代々受け継がれておりました。」
「しかし、厳しい制約、複雑で大掛かりな準備等を必要としており、今の今まで実現が果たせず・・・。しかし、先日ようやく、召喚の儀式の実施まで漕ぎづけることができまして、そしていらっしゃったのがあなた様なのです。あなた様の事情などを知らないまま、いきなりお呼び立てしてしまったこと、大変申し訳なく思います。しかし、それだけこの国は切迫しているのです。」
話すアレイナの言葉は、だんだんと熱を帯びていった。
「勇者様はこの国の希望なのです!勇者様のお力が、必ずやこの国の未来を輝かしいものにしてくれる。私はそう信じています。」
少々、熱を入れて話すアレイナとは対照的に、クリスは依然として静かであった。
「・・・・なるほど。事情は何となくですが、理解しました。」
少しの沈黙の後、クリスは言葉を続けた。
「しかし、期待していただいたところ申し訳ないのですが、私は特別な人間でも何でもありませんよ。ただの一人の愚かな人間です。力になれるとはとても思えない。」
クリスのその言葉に、その場にいる人々の顔に、若干の困惑が浮かぶ。
周囲のざわざわとした雰囲気をよそに、アレイナはクリスへ質問をした。
「勇者様は、慎み深い性格をされているのですね。ところで、勇者様は戦いのご経験、軍事の経験がおありなのではないですか?」
「・・・ええ、確かに。私は前の?世界にいた時は、軍人をしておりました。戦闘の経験もしております。」
クリスのその言葉に、周囲からは「おおっ・・・」という声が一斉に上がる。
「やはり!体つきや立ち姿から、もしやと思っておりましたが、やはりそうだったのですね。」
少しだけ弾むような声色をさせるアレイナからは、明確に嬉しい気持ちが伝わってくる。
一方のクリスは、先ほどから無表情を貫いていた。
笑いもせず、怒りもせず、しかめ面をするわけでもなく、ただただ無表情。まるで能面のようであった。
「わが軍では、主力の兵器として、アーマーフレームと呼ばれる人型兵器が存在する。人が乗り込んで操縦し、通常の兵士の何十倍もの力を発揮する代物だが、心当たりなどは?」
アレイナのそばにいた、赤毛の軍人らしき女性士官から、クリスに対して唐突に質問が入る。
「・・・私が使っていた武装も、確かに同じように人型兵器で、乗り込んで操縦するものでした。」
少し考えるそぶりをしたのち、そう返答するクリス。
言葉を受けたその場の人々から、「なんと!」「やはり!」といったような、興奮の入り混じった言葉が、次々とがあがった。
「そうでしたか!であるならば、見ていただいたほうが、早そうですね。勇者様の扱っていたものと、きっと通じるものがあるに違いありません。やはり勇者様は、この地に来るべくしてきたのでしょう!サラ、この後さっそく、勇者様を兵器庫までご案内してください。」
そう話すアレイナに対し、「はっ!」と返答する赤毛の女性士官。
多くの人間が、興奮した様子を隠そうとせず、熱狂した空気がその場を支配していた
……クリスを除いて。
その場にいる誰もが、勇者と呼ばれるその青年をしっかりと見ていなかった。
クリスの「目」は先ほどから何も写していなかった。話す人間の姿を確かに「見て」はいたが、心がどこか別の場所に存在しているかのよう。
ただ「虚ろ」という言葉が、彼の表情を支配していた。
クリスの心の奥に抱いている、大きな闇に対し、その場、その時に気づくものは誰もいなかった。
第3話に続く