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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夢でもし会ったなら 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 君は最近、自分が見た夢の内容を覚えているだろうか。

 聞いたところによると、人間は毎日、夢を見ているのだという。睡眠には90分周期で浅い眠りのレム睡眠と、深い眠りのノンレム睡眠を繰り返している。そしてレム睡眠の際に夢を見ているというのは、君も知っていることだろう。

 夢は主にレム睡眠時に見るとされる。レム睡眠のたびに見る夢は変わり、最後のレム睡眠で見たものが記憶に残るのだとか。こいつがヘンテコなタイミングで目覚めたりすると、夢を見ていないものと認識してしまうらしい。


 覚えている夢について、我々は様々な解釈をしてきた。そして、その夢を自在にコントロールすることはできないかと、画策もしてきた。

 実は父から最近、夢にまつわる昔の話を聞くことができてね。耳に入れてみないかい?



 父が学生だったときのころ。悪い夢見に、飛び起きたことがあった。

 自分がクラスメートに殺される夢だった。

 いつも通りの通学路を歩いているとき、ぽんぽんと肩を叩かれる。そこで何気なく振り返ると、両手で持ったまさかりを大きく振りかぶったクラスメートがいたらしい。

 腰を大きくひねった姿勢。そこから横殴りに振るわれたまさかりを、父はかわすことができなかった。

 首根っこに衝撃を受け、横倒しにされる。しかし頭とそれに伴う視界だけは、何度も地面へ叩きつけられながら、激しく回り続けた。

 ようやく止まったとき、父はクラスメートの履く靴と、その先に倒れている自分の身体を見たのだとか……。


 飛び起きた拍子に、つい自分の首へ手をあてがってしまう。

 大丈夫。しっかりついている。

 多少、痛みは感じるも、寝違えたときと比べれば問題ない。けれども記憶はあまりに鮮明で、横になりながら父は考え込んでしまう。あの夢は何だったのかと。

 夢の中で襲ってきた彼とは、仲がいい方とは思う。ああして肩を叩かれることもいつも通りだったから、ひょいと振り向いてしまった。

 彼の所作にためらいはない。その表情はにこやかで殺気は感じられなかったんだ。

 相手はおもちゃ。こうするのがルール。

 そういわんばかりの自然な動作で、自分はおそらく首を落とされていた。


 ――もしや自分は、知らぬ間に彼の地雷を踏んでいたのではないか。



 誰しも他人にひた隠しにしている、逆鱗はあるものだ。意図せずそれに触れ、他のこともまずいことに噛み合ってしまったら、惨事になるだろう。

 もしや自分の危うい運命を、あの夢は暗示していたのではと、父は思ったのだとか。


 翌日。学校へ向かうまでの間、父は周りを警戒し続けていた。

 夢のように、肩ポンされるのを恐れたからだ。やがて、夢の中で自分を害した友達が、夢の現場直前で、角からひょっこり出てきたのが見える。

 まさかりは持っていない。夢の中で見たものは、足元から胸あたりまでの大きさがあった。服の背中へ隠し持つならつっかえ棒みたいになって、不自然な挙動になるはず。


 その気配がない。ほっとしながらも、父は先手を打って彼に話しかけにいった。

 目を離したスキに、どこからか手品のように、まさかりを取り出されてはかなわない。一瞬たりとも視線をはずすまいと思った。

 対する彼はというと、いつもと変わらない温厚でおだやかな受け答え。普段なら気安く受けていたその態度も、夢の後となると油断をうながす手のように見えなくもない。

 平静であるよう努めながら相づちを打つ、これまでで最もひりついた登校時間となった。

 時間にして10分そこそこ。気持ち早足だったせいか、昇降口に人の姿はあまりない。

「結局、何もなかったか」と、ほっとする父へ不意に声がかけられる。


「そうそう、昨日の夜さ」


 ぽいっと、下駄箱から取り出した上履きを、廊下へ無造作に投げながらクラスメートは口を開く。


「夢の中で、ちゃんと死ねたか?」


 ぐっと息を詰まらせる父。その反応を図星とみたか、「ならよかった」と、クラスメートは背を向け、靴を履き替えていく。


 やはりあの夢は、こいつの差し金だったのか。

 ワンテンポ遅れて詰め寄る父を、クラスメートは落ち着き払って受け止める。そうして、先に話したような夢に関することを語ってくれたそうな。


「死ぬ夢というのは、『再生』とか『生まれ変わり』とかを意味する。それは物事をよい方へ向かわせてくれる力であって、夢の中ならおおいに歓迎すべきことだ」


「意味そのものに関しては分かった。だが、いまの口ぶりだと意図的にやったように聞こえるぞ? 俺と同じ夢をお前も見ていたのか?」


「ああ、俺が殺した。まさかりで……じゃなかったか?」


 間違いない。まだ一言も告げてない夢の凶器を、こいつはぴたりと当ててきた。

 やはりあの夢は、こいつが抱く無意識の殺意の現れじゃないのか……。


「だからよ、頼むわ。今度、俺が夢に出てきたら、遠慮なく殺ってくれよ。

 リベンジじゃねえ。生まれ変わるためによ」


 耳を疑う言葉だった。

 またあの夢を見るということか。しかも今度は加害者側で。

 もうクラスメートは夢のことについて蒸し返さない。一方の父は、学校にいながらも授業その他はうわの空で、昨晩の夢の景色ばかりを思い起こしていたとか。


 その日、都合よく件の夢を見ることはなかった。

 代わりに学校へ行くと、彼に夢の中で殺されたと語る子が現れたんだ。

 父と同じように、彼にまさかりで不意打ちをもらったらしい。いずれもかわすことができず、一撃で致命傷をもらった。

 起きた際の首に痛みがあるかはまちまち。やはり父の感じたものは寝違えによるものとみてよかった。

 その話がのぼるたび、彼は父親を促してくる。「早く俺を、殺しに来いよ」と。



 そうやって、クラスメートのほぼ全員が夢の中で彼の手にかかったあたりで。

 父親はあの、通学路をゆく夢を見た。

 夢に入った瞬間はそうと分からなかったが、手には慣れない重みがある。

 視線を落とした。両手におさまるは長い柄と、その先にこれまた長い刃渡りを持つ斧。

 あの時、首へ落とされたまさかりが、そこにあったんだ。


 これ見よがしというか。ほんの数歩先を、クラスメートと分かる後姿が歩いている。

 あのとき、自分が襲われたところよりもわずか手前だ。いま実行に移せば、ちょうど自分が襲われたのと重なる地点になるだろう。


『早く俺を、殺しにこいよ』


 そういわんばかりに、無防備なうなじをさらしながらクラスメートはずんずんと先へ進む。後ろをまったく見やることはない。


 いまのまま行けば、楽に殺れるだろう。けれども、手の中に感じる確かな重みが、父の心を揺らす。


 ――これ、本当に夢なんだろうな? 実は現実で、いろいろな仕込みをされて、取り返しのつかないことをする、一歩手前とかないよな?


 試しにまさかりの刃を返し、柄を短く持ったうえで、ごく軽く自分の腕へあてがってみる。

 重み。痛み。

 じんわりと腕から広がるその感触は、父の頭をますます縛り付ける。

 このまさかりは本物だと。


 前をゆくクラスメートへ、何度も声をかけてみる。

 だが彼は変わらずに振り返らないまま、先へ歩いて行ってしまう。

 すでに父が殺られたポイントは過ぎた。いまクラスメートが止めたのは、学校に至るまでの最後の赤信号だ。

ここを過ぎれば、声が通じない現状、父が夢でやられたような肩ポンでもしない限りは、歩みは止まらないだろう。


 もう何度、手の中のまさかりを握り直したか分からない。、

 絶えず探り、感じている音も景色も、臭いも痛みも。現実と相違ないものとしか思えなかった。


 ――どれかひとつ、わずかでもほころんでくれれば、夢と踏ん切りがつくのに……。


 あせりながら。いらつきながら。父はクラスメートに手を下せないまま、まさかりを手に後をついていくばかり。

 あたりに他の通行人がいないのは、見ようによってはほころび。けれども父は「たまたまいないだけかも……」と拒み続ける姿勢を崩さない。


 怖かった。万一、取り返しのつかない事態を招いてしまうかもしれない、自分の行動が。

 殺っていい材料を探しながら、いざ迫れば嫌がる自分もいる。

 このまさかりが銃だったら、まだマシだろうと思った。

 出る血も声も届かない遠くから、遊びのような感覚で狙い撃てたら、どれほど気が楽だろうか、と。

 そうこうしているうちに、学校の正門が近づく。クラスメートも歩みを緩めないまま。

 ついに門を通り抜けてしまい、父親はまさかりを振るえないまま。やむなく、自分も後へ続こうとして、そこで目が覚めたらしいのさ。



 翌朝は雨だった。

 傘を差しながら歩く通学路で、父はあのクラスメートに肩を叩かれる。

 びくりとしながら振り返ったときの、彼の表情はいつもより険しい。


「なぜ、殺してくれなかった?」


 低い声でそう告げたきり、彼は駆け出してしまう。

 

 その瞬間。

 傘を打つ衝撃が、にわかに強くなった。

 雨どころじゃない。次々に降り注ぐしずくは傘の布を大きくへこませ、地面でどんどんと跳ねていく。

 あられ? いや、もっと大きい。雹だ。

 そう思ったとき、先を行く彼が悲鳴をあげた。傘を放り出し、うつぶせになって倒れ込む。

 傘には穴が開いていたばかりか、倒れた彼の鼻と口、そしてあごのあたりから血が流れ、そばに転がるは赤みがかった雹。よく見れば頭の方にも……。


「……なぜ、殺してくれなかった?」


 血のにじむ唇が、もう一度言葉をつむいだ。


 救急車を呼んだものの、父が彼の姿を在学中に見ることはもうなかった。その後のことも分からないらしい。

 あれは事故だと父は思いながらも、不自然さを拭えずにいる。

 もし夢で本当に彼を殺っていたなら、ああはならなかったのかと、今でも考えてしまうことがあるのだとか。

 


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― 新着の感想 ―
[一言] おお、とても面白かったです! 特に、確証を得るための「ほころび」を探す辺り。 あんなにリアルな感触がしたら夢の中でとは言え、かなり酷な頼み事ではないでしょうか。現実にあんな事が起こると分かっ…
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