あなたが原因の婚約破棄、泣いて後悔してももう遅い
私が婚約者を失ったのは半年前のことだ。
彼は私の幼馴染で、その婚約を交わしたのもまた、十年以上前で、本当に長い付き合いだった。
婚約が白紙に戻される発端となったのは、彼が、ある娘と密会していたのが露見したこと。その娘は、公爵令息である彼とは決して釣り合いが取れない下級貴族の子女で、特段に優秀でも、賢いわけでもない、ただ見目が優れているだけの女だった。
彼と娘が知らないうちに繋がっていたと聞いて、私は怒り狂い―――はしなかった。覚えたのは、失望。
元々、彼に対して深い愛情があったわけではない。彼もそうだった。私と話していても、彼は微塵も楽しそうではなく。私もそんな彼に冷めた感情しか抱いていなかった。
だから、彼との婚約がなくなったことは、少なくとも私個人にとって不都合ではなかった。
家にとってはもちろん不利益だったが、それは仕方のないことだ。
だって婚約が白紙に返された原因は彼の方にある。
私は悪くなかった。
私は、どうしようもできなかった。彼が勝手にやったことだ。言わば被害者だ。だから―――
「私は、悪くないわ」
そう呟くと、彼女は唇を噛み締めて、漏れそうになる声をグッと抑える仕草をした。
「…そうですか」
「もう二度と、私に関わらないで」
「ええ。私もそのつもりです…確かに渡しましたからね」
彼女は、仄暗い表情のまま席を立ち、振り返ることなく部屋を出ていった。
机の上には、手をつけられなかったカップと、彼女―――否、彼が残していった手紙。
半年前、私の婚約者であるアルフレッドは自殺した。
第一発見者は、彼と密会していた事件の張本人、ウェンディだった。
彼女は、彼と話をするべく貸切の談話室で待ち、いくら待っても来ないのを不審に思って大胆にも彼の寮部屋を訪れた。
そこで、毒を仰いで倒れ伏すアルフレッドを発見した。
即座に人員が割かれ救命措置がなされたが、時すでに遅く。アルフレッドは帰らぬ人となった。齢十五、情けない最期だった。
彼は遺言を残さなかった。遺書も同様。故に、彼が何故死んだのか、誰にも把握できなかった。
無論、想像はできる。国内でも有数の貴人であるかの公爵の息子であり、伯爵令嬢の婚約者もいながら、くだらない女にうつつを抜かしそれがバレて、皆から見下されて馬鹿にされ、もう駄目だと絶望して死んだ。
もしそれが真実なら、本当にどうしようもない人間だ。
けれど、そうではなかった。
彼が何故命を絶ったのか。それは、きちんと手紙として記されていたのだ。
その手紙を見つけたのもまたウェンディで、彼女は、彼の遺体の傍にあったそれを、懐にしまい隠して、誰にも明かさなかった。
そして、半年が経って衝撃も薄れてきた頃、私に話を持ちかけてきた。そうして今日、私は彼女と二人きりで向かい合うことになったのだ。
早速手紙の中身を確かめようとする私を、ウェンディは制止した。
「その前に、私の話を聞いていただけますか」
「あなたが彼と懇ろだった話ならうんざりするほど聞いたわ」
「…あの人が私と恋仲になるくらい軽薄な人なら、こんなことにはなっていなかったんですよ」
彼女は、知ったような口を利いた。よりにもよって、彼の幼馴染である私の前で。
それを皮肉ってやろうと声を出す直前で、彼女に先を越される。
「私はアルフレッド様とは知り合い程度の存在です。恋人でもなければ、友人にもなれなかった。そうでなければ、あの人は相談なんてしなかったんです。いつ離れても構わない、淡白な関係でなければ、あの人は悩みも話せなかった」
「…悩みですって?」
婚約者である私ではなく、彼女に話したという時点で関係が薄いはずもないのに、一体何を言っているのだろうか。
「あの人は、父親である公爵様のようになりたい一心で生きてきたそうですね」
「それが何か?公爵様に憧れる人間なら、この国にはたくさんいるわよ」
公爵様は、上級貴族の典型のような、優雅で怜悧で端麗、完璧な人だった。
彼はその一人息子で期待されていたが、結果はこの始末。
さぞ公爵様も失望なされたろうと思っていたのだが…。
数ヶ月前。彼の、葬儀でのことだ。
通常であれば、学生の身で亡くなった彼の弔いには同級生や教師、学園関係の人間も呼ばれる。
だが、今回はそうでなかった。彼の身内、長らく親しい付き合いにあった者達のみが参列していた。
何故か。
その理由は、式に参加した時に分かった。
公爵様が泣いていた。
夫人ではない。夫人も確かにうっそりと、陰鬱に涙を流していたが、公爵様ほどではなかった。
喪主であるにもかかわらず、公爵様は息子の棺に縋り、泣き叫び、どうしてなのかと嘆いて、到底おおやけに晒せられる姿ではなかった。
人目をはばかることなく、時間が経って落ち着くわけでもなく、公爵様は夫人に寄り添われずっと悲しみに暮れていた。
どうにか終わった式の後、私の父は「できの悪い息子に家名を汚され、先祖に申し訳ないという羞恥からの涙ならともかく、愛情からの涙だというのだから理解できんな」とぼやいていた。
私も、何が起ころうと動じず、泰然と構え、明晰な行動をとる公爵様しか見てこなかったため、少しばかりがっかりした気持ちもあった。
それでも、公爵様が国に貢献してきた傑物なのは事実で、悪いのは公爵様ではなく、運だと思うようにした。
自分に似ていない凡庸な息子を持ってしまった運の悪さのせいだと。
「アルフレッド様は、お父様のようになりたい…いえ、ならなくてはならないと思っていたんです」
「何を当然のことを言っているの?公爵様の息子であるからには、その責務が備え付けられるのは当たり前でしょう」
「…それですよ。エレナ様」
彼女は、睨むと表現しても過言でないほど瞳を窄め、まるで裁きの宣告か何かのように重々しく告げる。
「あなた達が、公爵様の息子ならば当然だと、
かなりの尽力をして何かを成し遂げても当然だと、
あまり努力せずに成功できても当然だと、
何にも失敗しないのが当然だと、
演説の途中で噛むような軽い失敗でも家の名に傷がつくのが当然だと、
どれほど親しい人間にも弱音を吐かず誰にも相談しないで悩まず決断するのが当然だと、
いついかなる時も隙を見せずに完璧であるのが当然だと、
そうあの人に言い続けた。だから、あの人は死んだんです」
何を言うのかと思えば。
「くだらない」
私は首を振って切り捨てる。
「彼がその重圧に耐えられる器でなかったというだけの話じゃないの。結局、彼がふさわしい人間でなかったというだけの話」
「何がふさわしい、ですか。ふさわしくなるように努力していたあの人を、ずっと隣で見てきたはずのあなたが突き放して。誰にも認められず、少し休めば嘲られ、前進を強制され続ける苦しい日々を過ごして!そうしてあの人は死んだんじゃないですか!」
あまりにも醜い言いがかり。
聞いていて吐き気すら覚える。
「婚約者は母親ではないのよ?あなたの言う通りにするなら、何?私が彼を甘やかして、いちいち褒めてあげないといけないってこと?冗談じゃないわ。どうして私が、そこまでしてあげなくてはならないの」
「たった一言で良かったんです。あなたは頑張っていると、成長していると肯定し…認めるだけで、あの人にとっては救いになったのに」
「だから、どうして私がそんなことをしなくてはならないの?だいたい、他人から褒め言葉をもらわなければやる気が起きないなんて、あまりにも幼稚ではなくて?」
「それが…それが、あなたの言い分ですか」
ウェンディは、唇を噛み締めた。
こちらを無遠慮に非難する割に、自分に落ち度はないという態度が癪に障る。
「…そもそも、きっかけはあなただわ。あなたが身分違いにも彼の世話を焼こうと近づいて、それを周囲に見咎められたから、彼は失態を晒してしまったと絶望した。原因はあなたなのに、それを私に責任転嫁しようとしているだけではないの?」
「…そうですね。私にも、もっとできることはありました。あの人を失わないために、なりふり構わず、手段を問わずに行動していれば良かった。そうしたら、もしかしたら、今もあの人は生きていたかもしれない」
「ええ。あなたのせいよ。話はこれで終わりね。さっさと手紙を置いて去りなさい」
しかし、彼女は立ち上がろうとせず、まだ私を見つめている。背筋を丸めることなく、視線も逸らさず、戦いを挑むような顔つきで。
「あの人は、エレナ様、あなたを愛していました」
「…それが、何だって言うの」
「あなたは、アルフレッド様を愛していましたか?」
「勘違いしないでほしいわね。私は婚約者よ。恋人ではないの。籍も入れていないうちから愛する義務はないわ」
「…報われない。本当に、報われないです。これじゃあまりにも…」
苛立ちが募る。
彼女が、彼の何を知っているというのか。
彼は私といる時、愛情なんて感じさせなかった。彼が私に与えたのは、目の前にいる彼女へ感じるものと同じもの。公爵様の息子のくせに顔が少し似ているだけで、父親のように凛々しくも頼もしくもなく、私に対して遠慮ばかりでリードする心意気もなかった愚物。
「あの人が、あなたと婚約を結んだのは、あなたのことが好きだったからです。それは、ご存知ですよね?」
「だから、何だって聞いているでしょう」
「あの人の相談の半分はあなたのことでしたよ。どうしたら彼女に好いてもらえるかとか、彼女は父上に憧れているから、父上が母上にするように接しているけど芳しくないとか、父上と同じことをしてもそうってことはやっぱり自分だから駄目なんだろうか、とか…あの人はあなたへの想いに溢れていました」
…それがどうしたのか。
そんなことを同学年の娘に相談していたなんて、なんて見苦しい。言いたいことがあるなら、聞きたいことがあるならはっきり面と向かって言えば良かったではないか。
「あの人が死を選んだ理由は、一部始終その手紙の中にありますが…言っておきます。あの人は、あなたに、愛する人に見限られたと思ったから、自害したんです」
エレナ様が原因だ、と言わんばかりの口調。
彼が勝手に好きになって、勝手に絶望して、勝手に死んだのに。
「…私は悪くないわ」
「…そうですか」
「もう二度と私に関わらないで」
「…ええ。私もそのつもりです…確かに渡しましたからね」
彼女がようやく消え失せ、たっぷり一呼吸ほど置いてから、私は封筒に手をかけた。
***
エレナへ。
こんなことになって、本当に申し訳なく思う。
婚約を遂行できなかったこと。僕と出会ってからの、君の大切な時間を浪費させてしまったこと。君に気分の悪い思いをさせてしまったこと。謝らねばならないことは多々あるけれど、これだけは受け入れて欲しい。
君は何も悪くない。悪いのは全て僕だ。
君が、かけらでも罪悪感など抱く必要はないんだ。
僕は、色々考えて、この道を選ぶことにした。出来損ないの僕は決断も遅かった。もっと小さい頃にこうしていれば、余計な手間をかけさせることもなかったんだ。そうすれば君も、十年という月日を僕に縛られず自由にいられたのに。
僕は、次期公爵の器ではなかったんだ。諦めきれず足掻いてここまで生き延びてきたけれど、先日ようやく踏ん切りがついた。
君を苦しめる僕はもういない。君は、本当に愛する人と一緒になって欲しい。それが僕の最後の我儘だ。
君の幸せを願って。アルフレッドより。
家族へ。
僕が子供でごめんなさい。
ご迷惑をおかけしました。不肖の息子アルフレッドより。
***
それだけだった。
彼が死んだ具体的な動機など示されておらず、ウェンディが嘘を吐いたのかと愕然としたところで、異なる便箋が封筒の底にあることに気づいた。
***
ウェンディへ。
おそらくこの手紙は君が一番に発見してくれるものと思う。もう一枚はエレナと家族に宛てたものだ。それは彼女に渡して、こちらは読んだら速やかに廃棄して欲しい。
君には感謝している。
君がいなければ、僕はもっと早くに追い詰められ、惨めったらしく人前で恨み言を叫んで飛び降りでもして死んでいたんじゃないかと思う。君の存在は、僕にとって救いだった。誰にも肯定されなかった僕を、君だけが認めて許してくれた。
もし、僕が僕でなければ、君とは良い友人になれていたかもしれない。
先日、エレナから引導を渡された。そうして僕は決断に至ったわけだけど、本当にびっくりしたんだ。
何にびっくりしたか?
もういい、もう死んでしまえばいい。そう思ったら、普通、何もかも投げやりになってふて腐れるだろう?でも、僕の場合は違ったんだ。
すごく、清々しい気分だった。
それまで悩んでいたのが嘘のように、気持ちが軽くなった。
夜中、不安で眠れずに、横になるのが居た堪れなくなって勉強に励むこともなくなった。失敗しちゃ駄目だと人前で緊張することもなくなって、気楽に会話できるようになった。
それに、食事もすごく美味しく感じるようになったんだ。それまでは、ただ生きるために必要なだけで味も感じられず飲み込んでいたものが、決めた途端に旨くなった。
景色もそう。空って青いだけじゃなく、あんなに多様な色が混じっているなんて、知りもしなかった。
どれだけ僕の視野が狭かったか、思い知らされたよ。きっと、君が言っていた「世界は広い」っていうのは、こういうことなんだろうね。もっと早く、気づければ良かった。後悔しても、もう遅いけど。
君は、エレナのことを嫌いだと言っていたね。
僕が彼女と婚約したのは、彼女に救われたからだ。彼女にとっては何気無い一言、あるいは皮肉だったのかもしれない。
「あなた、公爵様に似ていないわね」
幼少期は、利発でなくとも外見だけで「父上のようだ」ともてはやされた。それは光栄だけれど、自分を通して父上ばかりが見られて、誰にも存在を肯定されていないみたいで苦しくもあった。
そんな中での彼女の言葉は、当時の僕にとっては救いだったんだ。だから彼女と結婚したいと両親に我儘を言った。
彼女だけが僕を見て、認識してくれた気がした。本当に、気がしただけだったんだけど。
彼女は、父上に憧れている。僕との婚約を了承してくれたのも、僕が父上の息子だからだ。僕に好意を持っているわけじゃない。
でもそれは仕方のないことなんだよ。僕は、父上には及ばない平凡な人間だから。
父上のようになりたかった。なれると思って今日まで頑張ってきた。無理だって薄々勘付いていたけれど、見ないふりをしていた。
だがそうも言ってられなくなった。
エレナが話しているのを聞いてしまった。
「アルフレッドが公爵様のようになろうだなんて、おこがましいわ」
そう、おこがましいんだ。父上は無様に努力せずとも頂点に立てるのに、僕は闇雲に努力して上位に入るのが精一杯。そんな人間が、父上の跡を継ごうだなんて考えることすら、おこがましかったんだ。
つくづく、どうして僕があの人の息子として生まれてしまったのかと思うよ。父も母も悪くない。きっと僕が特別に劣等だったんだと思う。そうでなければ、こんな思いはしなかったはずだ。
君には、散々愚痴を聞いてもらったね。
君と出会った時のことは忘れない。何の義理もない君が唐突に「すごい疲れ顔ですよ。休まれた方が良いのでは?」って声をかけてきてくれたこと、今でも覚えている。大切な思い出だ。
不義な噂を立てられ、巻き込んでしまってすまない。僕に関わらなければ、「玉の輿を狙って媚びを売る女」なんて汚名もつけられなかったのに。
でも、君と話すのは楽しかった。公爵の息子アルフレッドではなく、ただのアルフレッドとして僕を見てくれたのは、きっと君だけだった。本当に、ありがとう。
君ともっと話をしたかった、なんて未練がましいけれど、本心だ。
もし、死の先に何かが続いて世界があったなら。その時こそ、君と友達になりたい。
君にとっては、僕の選択は後味の悪いものだろう。でも、落胆しないでほしい。僕は、ここにきて本当に、生きるって素晴らしいことなのだと思えたから。死を覚悟しなければ分からないなんて、心底おかしいけれど。でも、これで良かったんだ。
僕は君に会えて幸いだった。
君に最大の感謝を。
アルフレッドより。
***
気持ちが悪い。
何が感謝だ。何が愛だ。
やはり、私の思っていた通りではないか。
アルフレッドは、落ちこぼれの自分勝手な子供だった。自らの価値も理解せず、自分の行動で周囲にどれほど影響を与えるか予想もできず、自身の都合で簡単に放り投げてしまえるような単純な脳しか持ち合わせていなかった。
…ウェンディの手紙の裏面に、何か書かれている。
***
信じてたのに。
惨めにもほどがある。僕は何だ?あまりにも滑稽だ。こんな世界、消えてしまえばいい。
***
…それまでの丁寧な筆跡とは違い、殴り書きしたかのような汚さだ。
何を思ってこれを書き残したのかは分からないが、自尽した人間が残したものとしては、こちらの方がらしいのではないかと感じた。
彼は、恨んでいたのだろうか。私を。
はた迷惑な話だ。憎もうが逆恨みしようが、非があるのは間違いなく彼だというのに。私は悪くないのに。
…それでも。二度と、この紙片を手放せない気がした。
***
大丈夫、大丈夫。勘違いすんなって。
確かに傍目から見ればそう思うさ。哀れなお坊ちゃんは婚約者に陰口を叩かれ、気の許せる友人も作れず、偉大なる親にも頼れず、ただひたすらに内にこもっちまったから、頭がおかしくなって死んじまった…ってな。
まあ、間違ってはいないんだろうよ。あいつが死のうとしたのは孤独だったからってのは確かだ。完璧主義で真面目、ジョークの一つも理解できない。遠巻きにされて然るべき人種さ。
でもな、死因が婚約者に悪口言われたからってのも、何とも情けねえ話だろう?そのくらいで死ぬようなら、十五まで面の皮厚く生き残ってねえよ。
ああ、つまりだ。あのお坊ちゃんが死んだのは、切なくもなんともない、実にありきたりな理由なのさ。
親の面汚しだから死を決行したわけじゃねえ。冷え切った関係にあった婚約者に嫌われたから死んだってのも今更の話だしな。
あいつはまあ、馬鹿だったんだよ。世間知らずの純粋なお坊ちゃんで、愛は一途で永遠に続けられると信じてた。芽吹いた愛は消えることがないと。
んなわけねえだろ。
アルフレッドくんは、エレナちゃんにどれだけ冷たくされても好きでいました!何故なら一度彼女に愛情を抱いたからです!って、そんなんあり得ねえよ。
愛は供給がなければ途絶えるし記憶は時間が経てば薄れる。それが人間の摂理ってもんだろ?
でもあいつはそれが分かってなかった。自分は未だにエレナ嬢を愛しているなんて思い込んでいやがった。
だからこそ、自覚してなかったのさ。
とっくに自分がウェンディを好きになってる、なんてことはな。
…そんな驚くなよ。一目瞭然だろうが。そもそも、今までずっと誰にも「すごいね」「偉いね」「もうそろそろ休んだら?」なんて優しい言葉をかけられなかった人間が、可愛い女の子に「あなたは十分頑張ってます。倒れる前に、きちんと休んでください」なんて言われたらそりゃ惚れるだろ。
自分はエレナを愛している。だったらウェンディに感じるこれは、友情に違いない。って、あいつ信じてたんだってな。馬鹿みてえだろ。
自覚がねえから、どんな大胆な台詞だろうが恥じらいもなく言えたんだろうな。お前も覚えてるだろ?
まあ、俺は面白くねえわな。
自分の女に言い寄られて、いくらウェンディの方から世話を焼きに行ってたからって、俺が嫉妬しないでいられる理屈はねえじゃん。愛し合って一緒に寝たって噂まで流れてきたし。
ウェンディなあ…まあ懐が深いところが好きではあるが、やっぱ困ってる他人を見つけるとホイホイ助けちまうのは俺としては結構複雑なんだぜ。
話を戻すと、だ。
あいつが死を決断してさっぱりした顔をしていた時期。
俺は無自覚なアルフレッドくんに言ってやったわけですよ。「君ってウェンディのことが好きなんじゃないの?」って。流石のお坊ちゃんは戸惑いつつ「彼女のことは好ましいと思っているよ。素敵な人だからね。友人になれたらこれ以上のことはないさ」って答えた。
うん、カッコいいね。あの公爵の息子ってんだからそりゃ美丈夫だわな。うっかり惚れそうになったもの。冗談だって。
んで、俺は更に言ってやった。
「ウェンディは首筋が弱いんですよ」って。
いって、殴るんじゃねえよ!本当のことだろうが!
まあ、あの純粋培養お坊ちゃんは何のことだか分かってなかった。だから分かりやすく、「あいつは俺の恋人なんですよ」って教えてやった。
あの顔、すっげえ見物だったぜ。多大なるショックを受けて、どうしてそこまで衝撃を受けるのか動揺して分析して、それからやっと自分の気持ちを把握したらしい。
もし俺があいつの立場だったら、絶望して泣いちゃうね。何たって、ようやく人生に現れた女神が既に他人の物だったって分かり、更に自分がそんな浅ましい感情で女を見ていたことを自覚して、噂がまるっきり嘘でもなかったって証明しちまったんだからよ。
そっからはまあお前も知る通りよ。
あいつ、元々こんな早く死ぬ気なんかなかったと思うぜ。部屋の整理とか家との後腐れない始末なんかもしたかったんだろうが、事前に用意してた遺書と劇物だけ使って勢い余ってやっちまった…って感じだろうな。
だからまあ、あいつが死んだのは俺のせいっちゃせいなのかな。
んでも、俺だって手加減したつもりだぜ?「ウェンディが好きだ」ってあいつが気づいた時の顔で溜飲が下がったけどよ、それでも足らなかったら「エレナ嬢は耳への囁きに弱い」って教えるつもりだったし。
バッカ、実体験じゃねえよ。俺の友達の友達のそのまた友達から聞いた話だ。
確かにこれ単体の信憑性は薄いな。でも、あのお嬢さんがお坊ちゃん以外の男と交際してたのは割と本当っぽいぜ。まあ、別に槍玉に挙げることでもねえけどな。だって皆そんなもんだし。あのお坊ちゃんが格段にうといだけさ。
侯爵令嬢のミランダちゃんが後輩に手を出したとか騎士の息子ロベルトくんが婚約者の親友と寝たとか、お似合いで有名なケビンとニッキーは各人密かに別の相手に片思いしてるとか、話のタネならそこら中に転がってるからな。
…お、気づいた?
そう。今までのは全部、嘘。
アルフレッドはエレナを愛していて、ウェンディのこと本当に友人だと思ってたし、エレナはアルフレッド以外の男とも指一本触れ合ったことはない。婚約していた二人は悲劇的にすれ違い、残酷な結末となった。
これも嘘。
そりゃ、俺の性格から考えたらこうなるでしょーよ。俺が本当にお坊ちゃんに「ウェンディは恋人がいる」と言ったのか、それとも「エレナは他の男に懸想している」と言ったのか、はたまた俺は何も関与しておらず、エレナに見放されたからアルフレッドは死んだのか。
あるいは、何かしらの事件に巻き込まれて無理やり毒を含まされたのか。
奴が案外間抜けで、毒だと気付かず誤って飲んじまったのか。
公爵の後釜を狙う人間の陰謀で、自殺に見せかけて殺されたのか。
真相なんて知らねえよ。だって俺アルフレッドじゃねえもん。
確かなのは、アルフレッドは死んだこと。ウェンディの首は弱いってことだ。
アルフレッドが死んじまった今、奴が何を思って命を絶ったのか、誰にも分からない。順当に、あの手紙が全てかもしれねえぜ。
考察してももう遅いんだ。起こっちまったことは仕方ねえ。今更意味がないんだよ。
だからさ。
お前が泣く必要ねえんだよ、ウェンディ。




