従者の護身具
ご主人様の研究室には出入口がない。
急になんの話だと思われるかもしれないが、事実である。
魔力に反応して開く扉だそうで、僕では反応しないので、開かない。
ソレは、この屋敷の扉も同じ仕組みらしい。
下手な鍵よりも防犯ができるようだが、僕としては窓から侵入されたら終わりだと思う。
窓は鍵付きではあるが、割って入られたら終わりだ。
何が終わりかって、僕の命が。
室内では下手に毒瓶投げつけられない上に、不意を突かれたら確実に死ぬ。
対策が必要である、早急に。
何故いきなり防犯についての話を考えているのかというと、実は特に理由はない。
毒罠を設置するというのもいいが、ご主人様が間違えてかかった場合、どう考えても大変なことになる。ここは正攻法として武器を設置するのがいい。具体的には、学校に備品として置いてある『さすまた』とか良いと思う。確か公共機関で一般の方でも使えそうなイメージがあった筈だ。
さて、どうやって作るのか。さすまた、なんて言ってもこの世界では通じるかどうかわからない。だがしかし、異世界おなじみ剣、槍、鎌、斧、エトセトラ……。神様から補正でも受けていない限り、人生で一度も喧嘩すらしたことのない僕のような一般人が使えるだろうか。
使えるわけないのである。
唯一希望の魔法は僕の魔力がないという時点で察して欲しい。無理だ。
そんなわけで僕はさすまたが欲しい。作りたい。
材料は何で作ろうか。形はわかる。先端が割れている長物だろう。鉄製とかアルミ製とかとりあえず金属なのもわかる。
問題は入手方法だ。
鉄の加工なんてできないし、そもそも道具もない。
とりあえず、ご主人様に提案をしてみよう。
ムグムグと今日のお昼を頬張るご主人様。金髪がくすんでいる。彼は自分の見目に頓着しない。風呂には入っているのだろうが、栄養とかアフターケアとか考えていないのだろう。
「ご主人」
僕が呼び掛ければ、一切気にする様子もなく目だけこちらに向けてくる。なあに、と語るその目は元気で瑞々しい蒼。
体調は問題ないようだ。
「防犯に『さすまた』が欲しいんですが、どうやったら作れると思いますか」
作って欲しいとか買って欲しいとか厚かましい事は言わない。ただのヒモにそんな要求はできない。いや、ヒモじゃない、従者もどきだ。
「さすまた……武器か何かか」
「先の割れてる棒です。金属の。形状的には槍が近いと思います」
そこらへんにあったメモ帳に軽く形を書く。設計図のように、できるだけわかりやすく。
まぁ、そこまで難しい形状はしていないのだが。
余談だが、収集癖拗らせたご主人様のこの屋敷はごちゃごちゃとしている。僕が普段掃除をするが、廊下の埃を落として集めたりするくらいで、特別大掃除をしたわけでもない。おまけに僕が掃除するのは僕の移動する範囲、つまりは自室、廊下、台所その他であって彼の収集部屋たちは手つかずだ。
足の踏み場があるだけ綺麗な方であるこのダイニングルームにもものが溢れている。
僕の部屋も台所も彼の収集品は置かれていた。流石に台所は衛生面のため退かしてもらったが、相変わらず僕の部屋は少し不気味な仕様である。
なので、テーブルにはメモ帳どころかおかしな像や車の模型、小さな歯車…。まとまりのないごちゃりとしたものが載っている。皿を置く場所も横に物を寄せただけなので狭い。
閑話休題
「ふぅん。でも君、扱えるのか、槍」
「槍は無理ですね。だいたい武器なんて、とてもとても。喧嘩だってしたことがないんですよ、僕」
「君、細っこいから、あまり重いと持てないな」
「だから『さすまた』です。これ、武器というより捕縛具です。飛び道具には対処できませんが、剣や短剣などの攻撃範囲の短いものなら非力な僕でも対処ができます」
へぇ、と興味深そうにこちらを見る彼の真意はわからない。何を考えているのか僕には理解できないが、猫のようななんともいえない表情がこちらを向いている。
「君は、いろんなことを知っているね」
これは何かを探ろうとしている顔だとその言葉で気がついた。僕は怪しまれているようだ。
確かにそうだ。もしかしたら食事だって彼が見たこともないものを作ったことがあるかもしれないし、掃除方法、普段の行動、彼には知らない知識があったかもしれない。
……そういえば、親(仮)の言葉に『知識』と、あった気がする。
『知識ある我が子よ』
我が子、の方に目が行きがちだったが、よく考えればこの『知識』もおかしい。やはり僕の脳内にある『知識』とこの世界の知識は組み違いがある。
僕の頭はバグっているのかもしれない。
「僕の頭には変な知識が入っているようなので、そのせいかと」
僕は正直者である。恩人たるご主人様に嘘をつく気はない。隠す理由もないからそのまま話しても構わない。
「そっか」
深く話し込むかと思ったが、予想に反し彼は軽く受け流した。聞く気はないようだ。別にわざわざ自分語りをする気もないのでそのまま話がポンポン進む。
いつのまにか彼が持ってくるということになった。
僕が作りたかったのだが、我がままは言わない。
手間が省けて楽だったと、思うほかないのだ。
実際、面倒だとは思っていたので結果オーライである。
後日、ご主人様から頂いた『さすまた』は隠せるようにと折りたたみ式で、控えめだが装飾がされたとてもさすまたとは思えないものだった。
センスは悪くなかったので、ご主人様は美的才能があるのだと実感した。