従者による自由研究
ご主人様が大怪我をして帰ってきた。
本人は治癒の魔法をかけてもらったから問題ないというが、僕から見るとどこからどうみても大怪我、重症一歩手前の中傷に見える。何故なら包帯から血が滴り落ちたままなのだ。
そんでもって、薬も付けずに包帯巻いただけとかもはや笑う隙もない。適切な処理でもなく、巻き方だって、ハロウィーンのミイラの様。そんな緩んだ包帯に意味があるのか。
有無をいわせず、汚れた包帯を剥ぎ取る。
患部を見るに、切り傷。傷自体はそこまで深くない。
彼は多少言葉を発したが、一発傷口をつつくだけで黙った。手加減はした。
薬箱を探すが、包帯が少し見つかっただけで、薬も消毒液もない。
消毒液はアルコールだったはずだと、食糧庫の酒を消毒液代わりにし、薬もないので止血法を必死で思い出す。
未だに軽く血が流れているのだ。多量失血の状態ではないだけマシだろうか。
直接なんたら止血法とか、間接なんたら止血法とかいうやつだよね。血は直接触ってはいけないのだった気がする。ビニール袋もゴム手袋もないので、近くのタオルを代わりにする。染みてくるほどの量ではないようだ。止まらないけど。
ええと……まず、心臓より高く上げる。
患部は腕なので、腕を上げていてもらい、心臓に近い方の血管付近を押さえつける。
本当にこれでいいのか…。
これ、肩を怪我したらどうするんだったかな…。
しばらく全力で押さえつけていると、出血が止まってきたので、包帯でキツク締める。痛い痛いといっているが、我慢してもらいたい。ご主人様の筋肉質な腕の方が硬くて押さえるのは大変だったんだ。こちらの両腕も痛い。明日筋肉痛になる予感がする。
綺麗にできた。はい、おしまい。
「ご主人、ダメですよ。大怪我したら」
「治癒の魔法かけたって、言ったはずなんだけど。…まぁ、ありがとうな」
「治癒の魔法はかけた瞬間傷が癒えるんですか?」
「そんな魔法あったら世界改革が起きてるだろう。軽く傷が癒えて楽になるんだ。痛みも感じない」
「……麻酔? いや、麻酔じゃ治らないよなぁ」
痛みがなくても出血があったら、危険なんですよ、多量失血で人は死ぬんですからね、と何度か言い聞かせてやっと僕の方も落ち着いた。
そして僕は思ったのだ。
この世界の医者は何しているのだ、と。
ご主人様は贔屓目に見ても、金持ちな方である。人一人軽く養える余裕もある男だ。そんな彼が、怪我をした。大怪我だ。金出せばいい医者に診てもらうことができるはずだ。
つまり、このお粗末な処置をしたのはこの世界の医者なのだろう。こんな、従者もどきよりひどい処置をする医者もどきが高給取りとはどういうことだ。
それとも魔法に頼り過ぎているのだろうか。
確かに服についていた血液量は多いのに、目眩の症状が少しあったくらいで、彼は失神もせず元気に歩いて帰ってきた。
人は確か一定量の血を失うと命の危険があるはずなのに、少年漫画の如く血塗れだった。
ご主人様がまた大怪我をした時、先ほどのよりもさらに状況が悪かった時、僕は対処できるだろうか。
彼はただでさえ危険なお仕事をしているらしい、僕がそういう対処をする可能性は否定できない。
こんなヒモを甘やかすような生活をさせてくれる者はそうはいまい。彼を失うのは大きな痛手だ。
止血薬でも風邪薬でも何の種類だとしても薬がないのは困る。
薬草とか探しにいけばいい子だろうか。
僕は医者でも研究者でもない。あまり大袈裟なものは作れないが、少し楽になる薬も作ることができるのではないか。
ついでに、毒も作れたらなお良い。僕はこの世界ではだいぶ脆弱なようだから、自衛手段は大切だ。何故脆弱だと思うか、それは、魔物蔓延る世界で、格闘術も魔法も剣も弓も使えない僕には自衛手段がないのだ、ライオンのような猛獣に襲われたら、確実に死ぬ。
そうと決めたら材料を探そう。
こういうのの王道は葉っぱとか根っことか植物だろう。
毒に使えそうなものは何だろうか。
これも植物のイメージがある。あと、きのこ。
こういうものは集めても、種別にしっかりと分けて、間違えて料理に使わないよう隔離しておきたい。
ご主人にもらった部屋で、きちんと管理しなくてはならないからむやみやたらに取るのはいけない。
よし、自由研究をしよう。
薬作りに思い至ってから、もう一月。
思いの外楽しく、着々と薬と毒が作られていく。
種類をチマチマ増やすのも楽しい。しかし、危険なものが山積みなので、管理は徹底している。
実験はネズミで行う。屋敷にいたのを捕獲して増やしているのだ。意外と可愛いが、持病があったら困るので直で触れ合ったことはない。
その過程で、ゴム手袋、のようなものも作った。
きっかけはご主人様がもって帰ってきた獣の皮だった。普段は料理をするのに使わない部分は捨てるのだけど、不思議な質感だったから、剥がして洗って乾かしてみたところ、使えそうだったのだ。
一見真っ黒の手袋だが、水も染みない耐水性、伸縮性もあるゴム手袋もどきが出来上がった。
何の獣だったのかは聞き忘れたが、おそらくこの世界にしかいない、魔物とかいうやつだと予測している。
「ご主人、もう、怪我はしないで下さい」
「あぁ、気をつける」
「貴方が死んだとして、自分自身を作品にはできないのですから」
「そうだね。できればアンタに飾ってもらいたいけど」
「センスがないので、遠慮しておきます」
善処しますとは、言わなかった。