ペットさん
久々のお屋敷だらだら生活は楽しい。
生まれてからほとんどをこの屋敷で過ごしてきた今世の僕にとって、実りのある外出であったのは事実であるが、それ故に、外はなかなか生きづらかった。
他の人と喋る時に気を使うこともなく、延々と歩くこともなく、周りの目を気にすることもない。幸せな生活だ。
あの猛禽類っぽい鳥さんはまだ生きていた。よく食事のお残りを貰いに来る。
甘噛みで指をはむはむ噛む姿は可愛い。噛もうと思えば、僕の指なんぞ引きちぎれるであろうに、わざわざ甘噛みをしてくれるのである。
しばらく窓辺で遊んでいると、ご主人様が後ろからやってきて、パッと飛んでいってしまった。
「ご主人は動物受けしないんですかね?」
首を傾げると、さぁ? なんて返された。
「アイツはよく来るのか?」
「えぇ、この前、出かける際に面倒を見切れなくなったネズミくんで餌付けしたんですよ。その前から来てはいたんですが、さらに頻繁になって」
たまにお土産で木の実くれるんです、と笑いかけると、いい友人だね、と笑い返された。
ほのぼのした時間である。
相変わらず、ご主人様は日帰り仕事に出かけて帰って、また行ってを繰り返している。
僕はここしばらくお屋敷で待機しかしていない。
暇だなとは思うが、何処かに行こうとか、何かをしようという意欲は湧いて出ない。よくある転生ものだと冒険したり商売したり異世界を満喫するらしいが…。
正直言って、変わったことをやる気がどこにも無い。
また新たに増やしたネズミくんたちをにエサをあげつつ今日も一日が終わる。
そういえば、最近ちょっとした事件が起きた。
例の大鳥さんが来た時のことである。
いつも通りにお肉をあげたのだが、足りなかったのかなんなのか、具体的にはわからないが、ともかく彼もしくは彼女は満足しなかったらしい。
もっと寄越せとばかりに窓から屋敷内に侵入してきた。
まさか入ってくるとは思わなかったので、慌てた僕は、あわあわと見失わないように追いかけることしかできなかった。
最終的にはご主人様が捕まえた。
大鳥は、物を壊すことも暴れることもなく、ただ入ってきて、たったかたったかと歩き回り、時には高いところに止まり、くつろいでいた。
のほほんと野生を忘れたかのようなソイツをご主人様は一切の躊躇なく両手で抱えて捕獲した。
捕獲されても暴れず大人しくしているソイツに僕は戸惑った。
肉食の鋭い嘴を持つ野生生物が、なんの身構えもせず成すがまま、されるがままにされていることに、衝撃を覚えた。
「ご主人、すみません。なんか、入ってきてしまって」
とりあえず、招き入れてしまったのは僕なので、素直に謝る。
「いや、それは別に構わないが……こいつ、警戒心捨てたのか?」
やはりこの落ち着き様はこの世界でも異質らしい。
そうかもしれませんね、と返すと彼は少し首を傾げる。
「ふむ…。魔物にしては頭が弱い…。雛…? いや、デカすぎる」
それにしても、よく野生で生きてこれたよな、と独り言を呟くご主人様。僕もそう思う。でも今までは凛々しい鳥だと思っていたのに、こうやって見ると大人しくて少しボケているアホの子に見える。不思議だ。
「…あ、この子、よく見るとお腹のとこの毛が黒いですね。全体的に茶色なのに」
「濡れてるんじゃ……いや、そうだな、黒い」
もふもふとお腹を触らせる大鳥。
肩に乗せるには少し大きめの、2リットルペットボトルみたいな大きさだ。当然ながら、顔も爪も嘴も、小鳥と違って大きくて、なんというか、威力が高そうだ。
噛まれるんじゃないかとソワソワしたが、そんなことはなく、大人しくしている。
僕も触りたくなったので、恐る恐るお腹のところの毛に手を伸ばす。
少しドキドキしたが、普通に触らせてくれた。
もふもふだった。
なるほど、これが天然羽毛。
「毟ったら、布団が作れますかね?」
「コイツ一羽じゃ無理だな」
そんな会話を聞いていても、その鳥は動じなかった。
結局、この場に居ついた鳥は放飼状態のペット扱いをされている。
名前は『カカオ』決してチョコを想像したわけではない。でも茶色と黒で構成された羽色やくすんだ嘴の色にぴったりであると思う。ただネーミングセンスは壊滅的だった。
誰だペットができたらきちんと名前を考えようとか言っていたやつは…。
まぁいいか。
ご主人様にも無事に懐いたカカオは今日も元気にご飯をたかりに来る。
ところで、最近ご主人様が僕を名前で呼ぶことが増えた。
何故だか毛頭欠けらもわからないのだが、親密度が上がったとかそういうことでいいのだろうか。
そして僕も名前で呼んだ方がいいのだろうか。いやしかし、僕はただの従者。さん付けでも様付けでも名前呼びは抵抗がある。…だからといって、僕は従者『もどき』。そこまで厳格にしなくてもいい気もする。
…悩みどころである。
「ご主人、ご主人は希望の呼び方とかありますか?」
「急になんの話だ?」
考えてもわからなかったので、ご主人様に聞きに行くことにした。
話を聞いた後、新聞紙を開いてこちらに目もくれないご主人様は、しばし考え、こう言った。
「別に今まで通りでいい。俺が変えているだけだから」
ご主人様が言うのなら、そのままでいいのだろう。




