空っぽは間違いである、と言いたかった、はずだった
ふっと意識が浮上した。
体感的には、まるで目覚めたかのような感覚が、研究所で意識を持ったその時と似ている。
目を閉じたまま、働かない頭を休ませて、場の状況を確認する。
寝たフリしつつ何も考えずにとりあえず状況確認っていうことだ。
やんややんやと騒がしい声の応酬が聞こえる。
男子高生の喧嘩のような喧騒だ。
僕は寝かされているようだ。
枕はなんだか柔らかい。
ご主人様の膝枕ならもっと硬いよなぁ。
目を開ける。
目があったことに驚く。
「あら、起きた?」
水が滑るような声音。
女性だ。
どこか見覚えがある。
美人なお姉さん。青い髪、青い瞳。透き通る肌や柔らかに笑う表情。
水を体現したかのような女性だ。
いや、彼女は誰なのかなぞどうでもいい。
それよりご主人様はどこだ。
ぱっと飛び上がるように起き上がり、キョロキョロと辺りを見渡す。
数名ほど誰かが談笑している。ここは談話室のようだ。
すぐに彼と目があった。
幸せそうに少し微笑むご主人様は素敵である。
「ガトー、体調は?」
「平気です」
「先ほどもそう言っていたが?」
「……まぁ、別に」
ふいと横を向く僕に苦笑し、彼は彼らしく豪快に頭を撫でる。
このガサツさが大好きだ。
あれ、僕のバンダナとフードがとれている、ご主人様が何も言わないのでそのままでも問題ないのだろうか。
撫でられているうちに先ほどのことはもう忘却した。
なのでその後、怖がらせて悪かった、と簡易的な謝罪を受けたが、なんのことでしょう、と返すだけで終わらせた。
それ以上なんと言われようと、ご主人様が何も気にしていないのなら、僕も気にする必要はないのだ。
「状況を、知りたいわ。細かい話は、棺屋……あなたの主人に聞いたのだけど、あなたの認識も知りたいの」
僕に膝枕をしていた人外のような女性が問う。
穏やかな顔をしているが、急展開が過ぎる。
状況だの、なんだのの前に。
「何を急いでいるのか、知りませんが」
消えた恐怖感のおかげで、目をしっかり合わせて、意志があることを伝えることができる。
「ご主人のお知り合いなのは理解しましたが、初対面の名も知らぬ相手にいきなり『状況を教えて』といわれても、何を話せば良いのか、理解できないのですが」
こちらにも情報をよこせよ、と目で訴える。
この訴えはすぐに伝わったようで、ああ、ごめんなさいね、なんて言われる。
「そうね。簡単に説明しましょうか」
この目の前の人外じみた女性は本当に人外のようで、いやこの世には人間以外の知的生命体が多いのだが、特別なんだそうだ。
王女、タルパ・ログ・ウェンディ。名の通りウェンディーネの精霊と関わりのある王族だか貴族だか、らしい。
そしてこの場にいるのは、イベントで前に出ていた者の多く、まぁ要するに地位のある者らしい。
あっそう、としか思わないが、そういう方に雇われるくらいすごいのがご主人様だ。
語彙力のない感想しか湧かないが、ご主人様は金持ちで実力者ですごいってことだろうか。
「棺屋に許可をもらい、あなたの髪を見せていただいたのですが」
僕の髪を見るのに、ご主人様の許可がいるのか。
「もしや、あなたは『トイに造られたモノ』ではないでしょうか」
は?
僕は今とても間抜けな顔をしているのだろう。
トイとは誰のことか。僕の知らない名だ。造られたモノ、というのは当てはまる気がするが、製作者とは会ったこともコミュニケーションを交わしたこともない。
親(仮)の名前だろうか。
「……トイの名も知りませんか」
談笑していたものたちもこちらを静かに見つめて会話の成り行きを見守っている。
「知りません」
事実を端的に伝える。この件に関してはご主人様の不利になることは特にないだろう。
ありのまま伝えたとして、僕は人間ではない可能性が高い、としか言えない。ご主人様は僕というものをコレクションして楽しんでいるだけなので、嫌われることもないだろう。
心配がないわけではないが、あまりに気にしすぎても仕方のないことだ。
そもそも僕の出所を一切気にしなかったご主人様が相当変わり者なのであろう。
「では、あなたという存在がどこからきたのか…、親や親族、生まれた場所など、教えて頂けませんか」
要するに出身地はどこですか、ということだろう。
「ご主人」
僕が彼を見ると、彼は特に気にした様子もなく、こちらを見て、好きに喋ると良いと勧めてくれる。
彼から感じるこの安心感はとても不思議で優しい。
仕方がない、丁寧に説明しよう。
「どこから、と言われると、研究所の試験管育ちとしか言えませんし、親なんてただの生まれたてな僕を、危険だらけの外に追いやった鬼畜野郎でしょう。よくわからない置き手紙以外の親交がありませんので、顔も声も知りません」
ポカンとした顔の王女を放置して話を続ける。
「外の世界に放り出されて、死にかけの僕を死体に見間違えて、未だ動く死体のような存在と考えるご主人を親代わりに成長中の従者もどきですけど。そんな僕になんか凄そうな人が求める経験、ありませんよ」
僕の何に驚きを感じたのか、まだ開いた口を閉じることのない彼女に、興味のかけらも沸かせることができない。
しばらくして内容を飲み込むことができたのか、彼女が切り替えて僕に言った。
「……淡々と、語りますね」
呆れとも哀れみとも取れる目線が刺さる。怖いし、嫌悪感が湧くからやめてほしい。
「僕はそれなりの生活ができればそれでいいのです。ご主人の役に立つ従者を目指して、ほどほどの努力をする堕落しすぎていない生き物になることができれば、それで」
過去なぞ興味もない。
……嘘。興味はあるが、知りたくてたまらないほどではないってだけ。




