従者、怯える
僕のやりたいことがなくなり、暇を持て余し、逆立ちで移動を始めた頃、やっとご主人様が帰ってきた。
逆立ちをする僕と彼の目が合う。
「……食事に行くぞ」
まったくもってツッコミのない平坦な言葉に僕は無表情で逆立ち状態を解除し、バックを掴んだ。
バックの中身は整頓済みだ。
「ひーつーぎーやぁーー」
のんびりとご主人様について行くと、聞き覚えのある声がした。
振り向いてみたら、妖精が一人。
なんだ、エイリィか。
エイリアンみたいな名前だと思いながらご主人様の顔色を伺う。
ふむふむ、これは面倒な相手に見つかったとかかれている…気がする。
「あっ、ガトーくん。……えーと、うん、こんにちは」
僕に気がつくと同時に戸惑ったように言葉を濁らせる要請に首を傾げる。
何かあったのだろうか。
「えぇ、こんにちは」
人前で、さらにご主人様の従者として会話をするのだ。気を張っていこう。
「棺屋、これから食事? みんなもなんだ。一緒に行こう、というか来い」
「あ゛?」
ご主人様は外ではガラが悪くなりやすいみたいだ。
「王女様からのお誘いでーす。断ったら万死に値する」
上司から誘われた飲み会みたいなものだろうか。
僕にはそういう経験はないのでわからないが。
「…アンタら、上司って言えば俺がなんでも従うと思ってるのか?」
疑わしげに妖精を睨むご主人様。
妖精はあははと空笑をして、楽しそうにその場で軽く飛び上がった。
「とんでもない! そんな気はないけど、従わないっていうなら君の給料が減るってだけのこと。そういう契約でしょう?」
「……そうだ、な。……ガトーは、部屋でたい『一緒に行こうね〜。』……おい」
「あのね、いくら君でも部外者の侵入はダメだから。これ、下級兵士なら一瞬でクビが跳ねるよ。物理的に。」
クビが跳ねる。生首が草原をジャンプしていく図が頭に浮かんだ。いや、違うはずだ。こう、斬首刑みたいな、そういうことだろう。
ご主人様はチャレンジャーだ。
何か言いたげなご主人様だったが、最終的にはため息をつき、僕の手を引き先ほどとは別の方向に歩みを進め始めた。
エイリィも付いてくるようだから、言う通りにするということなのだろう。
僕に異論はない、ついていくだけのこと。
「ガトーくん、お花ありがとうね。きれいだったから飾ってるよ」
「あ、いえ、お礼の品ですのでお気になさらず」
社交辞令の如く貼り付けた笑みで対応する。
エイリィが少し驚いたような顔をした。
何故そんな顔をしているのかはわからないが、ご主人様が歩く速度を早めたのでそれに合わせて僕も早く歩く。
エイリィが飛んでくるのを音で感じながらご主人様の顔色を伺う。
具合は悪そうではない。健康そうだ。機嫌は悪いようだが、不機嫌とまではいかない程度。何か思案顔の彼を横目に前を向く。
水をモチーフにしているのであろう廊下は長く、僕から見れば悪魔の住む宮殿の中のように不可解で、どことなく気味が悪く感じる。
一見すると聖なる空間という表現の似合う場所であるにもかかわらず、肌に合わないというか、違和感を感じるというか。
考え始めるとだんだん吐き気を催してきた。
ふるふると頭を振り、考えを霧散させる。
こちらの顔色が悪いと、隙を見つけた暗殺者みたく、目敏く気がついたご主人様が、大丈夫かと声をかけてくる。
平気です以外の返答はない。
別に死にそうな訳でなし、考えるのをやめればいい話なのだから。
到着したのかご主人様は停止した。
エイリィが僕の頭上を通りご主人様の方に座る。
小さいと便利だ。
ご主人様は扉を開けて中に入る。僕も続く。
入って早々、考えを止めれば治ったはずの気持ち悪さが襲ってくる。
「あら、きてくれたんですね、ノルド」
「ほぼ強制だろ」
頭に響くような女性の声。
反響してまるでスピーカーでも通しているかのようだ。
「あー、それ動くんだ、やっぱり」
「お人形さんは動けるのね……待って、ねぇ、コレ死た…」
「…まさか……いや。」
誰かの喋る声。
双子の声と男の声。あの一度来た三人組のようだ。
お人形さんとは僕のことか。まぁ、実際問題似たような物だから気にはしないが。オブラートって言葉、知らないのだろうか。
「おいこら、棺屋! お前、ここをどこだか分かってんのか? あ゛?」
口の悪い男がご主人様に何か言っている。
ところで棺屋とはどういう意味だろうか。
それとなく死体集めという彼の趣味が反映された名のような気がする。
「食堂、水の国、国家機密の集まる場所、隠れアジト。…他になんかあるか?」
「うーっし。わかってるよな? ……理解できてねぇんだろ、部外者連れてくるなんておま……『コレ俺の持ち物。』あ゛?」
ここは国家機密なんて置いているのか。
冷えた空気をものともしないご主人様に尊敬の念を抱きつつ、視線の多さと体調の変化の影響で、僕は彼の背に隠れる。
誰かに見つめられるのは苦手だ。
ご主人様は観察しているとか様子を窺っているのだろうとか、なぜ僕に意識を向けているのかわかりやすいから身構える必要はないのだが、他人となれば話は違う。
初対面の相手にここまでの好奇の目で見られ、目立つことなど今まで体験したことがない。
不快だ。
「おい、その魔力も何もない空っぽのソレはなんだ」
空っぽ。一瞬頭が真っ白に染まった。
「地上ならわからないが、この空間なら、はっきりとわかるぞ。生き物には必ずあるはずのものがなく、なおかつ意思を持って動くなんぞ、なんて気味の悪い機械だ」
気味が悪いのはお前らのほうだろう。
魔力なんて訳の分からないものを『当たり前』と認識する生き物が、僕には心底信じられない。
あるのは理解できているけど、体感できないから、どうにも信じきれない。それを盲信する相手に寒気がする。
だめだ、思考が鈍る。
ご主人様だって魔力もあるし魔法も使うのに、何故か彼らと別物だと分けて考えている。
根本的には同じなのに、同じにしたくない。
つらつらと考えているけれど、その考えている頭はヅキヅキとフォークで意味もなく刺される子供の皿上の肉みたいに痛む。
この空間にいてはいけないと僕の危機感か何かが絶叫している。
「ねぇ、シィーフィー、可哀想よ。ほら見て、その子。顔が真っ青よ。デリカシーがないの?」
別に首を絞められている訳ではないのに、苦しくなって、ギュッと唯一の頼りどころを抱きしめれば、優しく頭を撫でられた。
この安心感は安定している。不思議だ。
「もう一度言ってやろうか、コレ、俺の持ち物」
ぐるぐるまわる頭の上で、声が聞こえる。
「アンタらの意見を求めてはいない。コレにどういう感情を持とうが自由だが、今のが原因で、動かなくなったら、契約無視してこの場ごと葬り去ってやるから」
これは彼なりの擁護なのだろうか。
ご主人様、契約違反なんてしたら、無職になりますよ。
その言葉は意識の奥深くに埋れて発信されなかった。




