従者『待て』を遂行する
ご主人様の職場は、とても不思議なところだった。
案内され辿り着いたのは、首都内最大にして国立である公園。
中心部にある警備が厳重な城から南東。
宿屋『逆さの海辺』からは東に歩いた。
海を見ながら歩くというのもなかなか趣深いというか、味があるというか…ともかく楽しかった。
とても大きな公園で海にも面しているこの公園は、外から見ると小さな森林のよう。
保護区域なのかなと悩んでしまうほど、発展した街と公園の境目は不思議な境界線ができていた。
この公園の中に傭兵のアジトというか仕事場所、しかも泊ることができるほどの場所があるのだろうか。
どこからどう見ても、森林だ。
「ご主人、森林がありますね」
「公園なんだが、まぁ森林だよな」
ご主人様も頷きながら、ここからは迷いやすいからな、とギュッっと僕の手を握る。強く握りすぎてはいないが、力が強い。放す気はないという意志を感じる。
公園内は案内表示も何もなかった。こんな状況では遊びに来た子供が迷うのではないかと思うのだが、魔力感知に優れた『水色の賢者』が案内してくれるんだそう。
ご主人様には案内が必要ないから来ないが、初めて訪れた方には挨拶もしてくれるらしい。
全て心話で行われることのようだけど…。
心話で話すから姿を見たことのある者はいないのだそう。
残念ながら魔力のない僕は、感知されることも心話で話しかけられて反応することもできないので、あまり関係はない話だった。
水色の、というのは木の色だそう。
確かにスカイブルーに発光している。見た目だけならよくある細めの木。広葉樹で大きさは高いものや低いものまでさまざま。ツタを伸ばしている植物や花や果実のなっているものもあるが、皆一様に青系統の色で発光している。食用には見えないが、薬になったりするのだろうか。
「アレは食べることができるものですか?」
「…魔力欠乏症の薬になるって、聞いたことがあるが…。食べないだろう。あんな変な木、齧りたいか?」
「いいえ。あまり食べたくないですね」
青色は食欲を低下させる。僕には美味しそうに見えない。
そう考えると、ナマコやタコを初めて食べた人はすごいんだな。
ここは海が近いが、ナマコを食す方はいるのだろうか。
不思議な光に包まれている。この光は一定量魔力を感知するとより強くなるらしい。
ご主人様は一定量に達しているから、僕のそばの木は明るい。
あまりに眩しいので、これはもしかしたら木々が頑張って目くらましをしたいのかもしれないなんて考えてしまう。
そして、この木々は僕だけの場合おそらく強く発光することはないのだろう、魔力がないから。
だからこそご主人様は僕を迷子にしたくないのだ。
僕にとってこの公園はただのちょっと変わった森林だ。
実際、ここには動物なんかはほとんどいないけど。
屋敷の近くの森なら、別に迷ったりはしない自信はある、が、来たこともない場所ならすぐさま迷うであろうことが予測される。
迷子になったら、僕の場合、死ぬ可能性が高い。
別に僕が動かなくなるとご主人様は気にしないだろうけど、いなくなった先で死なれては彼も回収できない。それは困るらしい。
「……ん?」
考え事をしつつも連れて行かれるがままぼんやりとしていたら、視界を何かが横切った。
なんだろうかと首をひねるとおかしなものが宙を舞っていた。
黒い、クラゲだ。
ふよふよと長い足を揺らしながら宙を飛ぶクラゲはどう見てもおかしな生物だった。
あれ、クラゲって、飛ぶっけ?
「ご主人、ご主人、クラゲが飛行しています」
「見張り番だ。放っておけ。おそらく君のことを感知はできていないから」
ふよふよしているそれを気にも止めずに彼は進む。
他にも何かいないか探すが、結局ご主人様が止まるまでに何にも出会わなかった。
道中、あまりにも至近距離を飛ぶクラゲが邪魔ったらしくて仕方がなかったので、許可をもらい、遠くに追いやった。
毒はないらしいから、足を掴んで、軽く遠くに投げただけだ。クラゲはそのままふよりと飛ばされ、すぐに側の木に衝突した。それでも何もなかったかのごとく動き出していたので問題は無さそうだ。
「……着いた」
ご主人様が止まったのは、大きな湖の前。
大きくて透明度の高い水で満たされたその湖は、一見してただの観光スポットである。
……そういえば公園内で誰にも会わなかったな。
「水場ですね。水分補給ですか?」
「違うぞ。ここが『本部』だ。……あぁーっと、君にはここがどう見える?」
どう、とはどういうことか。どんな解答を求めているのか。
首をかしげる僕に、ありのままに話せと彼は言う。
「大きな湖です。透明で、飲んでも病気とかにならなそうで…あっ隅にウサギがいますね。と言うことは、少なくとも強酸で、触れることができないということはないでしょう」
「……ふーん。…君にはそう見えるんだ」
ご主人様は意味ありげに呟いた。
この言い回しは聞いたことがある。
もしかしたら、僕には見えない何かがあるのかもしれない。
「ご主人には、何か見えますか?」
僕は聞いて見ることにした。
なんてことはない、ただの世間話にも等しい会話だ。
お互いの見える世界が違うのなら、共有すればいいだけの話。
「俺には、湖の中に木が見える。大樹だ。でかいぞ。なのに公園外からは見えないんだ」
不思議だろ、と彼は言った。
そうですね、と返す以外なかった。




