従者のお使い『もってこい』7
「ご主人、やつれましたね」
ひとまず、宿に戻ることになった。
ご主人様は宿の名前を聞いただけで場所がわかったようだ。若干和らいだ表情で僕を見て来る。
「まぁな」
何も言わずに手を差し出されるので、何だろうかと首を傾げる。
「わん?」
その掌に、僕の片手を乗せれば、微妙な顔をしつつもその手を掴んで、そのままスタスタ歩いて行ってしまう。
「あ」
手を繋ごう、ということだったようだ。わかりづらい。
このわかりづらさが良いのだが、わかる者が少ないらしい。
いつも通りの冷たい手なので、ご主人様のあったかい手はホッカイロのようだ。ぬくい。
「ご主人、僕はテレパシーなんて使えないので、言ってもらえないと気がつきません」
「テレパシー、あぁ、心話か。そりゃ出来ないな。魔力の多い奴が他人に押し付けて喋る方法の奴だから」
話が合っているようで合っていない。確かに魔力のない僕には出来ないが、伝えたいのはそこではない。わかってもらいたいのは後者の方だ。
……まぁ、いっか。
宿には何事もなく戻ることができた。
目の前の巨人な大将は少し戸惑っているようだった。
「ありがとうございました。また機会があればきますね」
なぜ戸惑っているのか僕にはわからないが、ともかく戸惑っているらしい。
「あ、あぁ……」
僕の隣を見て何か言いたげに口を開いたり閉じたり。
もしかしてご主人様の美貌に驚いたのかもしれない。
「うちの子が世話になった」
ご主人様は素っ気なく礼を述べたあと、いくぞ、と手を引いてくれた。
最後まで彼は僕らを見つめていた。
そういえば、娘さんや女将さんに挨拶し忘れたな。
さて、どう帰るのかと連れられるままご主人様についていく。
土地勘がないためどこに向かっていくのか予想もつかないが、僕は彼の物である、彼のいうまま、なすまま、されるがままに従うのみだ。
沈黙のまましばらく歩いていると、急に聞き慣れない音がした。リリリリリリ、と耳の痛い音がする。
なんの音だと発信源を探すと、ご主人様がパッとポケットから何かを取り出した。
どうやら『でんわ』のようだ。
ご主人様はすぐさまでることなく、しばらく鳴り止まないソレを眺めていた。
ヒュォっと一瞬突風が吹いた。寒い。
睨むようにしたまま動かなくなったご主人様だったが、いつまでも鳴り止まないことにため息をついて、仕方ないとばかりに耳に当てた。
そしてご主人様が口を開くと同時にその機械からうるさい絶叫じみた声が聞こえた。
「アンタ、今どこだ! まだ解決した訳じゃあないんだ! 会議さぼるのか?!」
若い男の声だ。元気が有り余っているようだ
その男の後ろには他の者も多いのか、ざわざわとしていて落ち着きがない。
先ほどまでの穏やかで静かな空間は完全に霧散した。
「……まだ首都内にいる。……会議、やる意味あるのか。もうアレの件は終わりでいいだろう」
イラついたような表情でそれでも静かにご主人様は答えた。
「あ゛? そりゃいなかったら今回の件の報酬抜いてやるわ!後始末やら現在行方知れずの神器についての会議だ、やる意味がないわけがないだろ」
相手方も怒っているようだ。何が原因なのかまったくわからない。
「……いるならさっさと戻ってこい」
場所は第三会議室だ、そう告げてでんわは一方的にきられた。
ご主人様はきれたでんわを片手に大げさにため息をついた。
「……と、いうことで。仕事延長」
「……えぇと……お疲れ様です。僕はどうしますか?宿に戻りましょうか?」
「いや、……あー、えーと。職場に、泊まる場所があるんだ。そっちで『待て』、できるか?」
ご主人様は僕のことを犬か何かと同一視しているのだろうか。いや、ワンコよりペットの感覚なんだろう。
「もちろん、でもあまり長いと動かなくなりますから、しっかり迎えに来て下さい」
気分は、ペットホテルに預けられる忠犬。
そう、僕はポンコツだが愛嬌のある忠犬を目指している。
愛嬌はともかく忠誠心はあると思っている。
「いい子だな」
わしゃわしゃと、バンダナのズレや髪の乱れを一切気にせずに無遠慮で豪快な撫でかたが、なんだかとても懐かしく温かくて優しい気がした。
ご主人様は、温かいものが嫌いな癖して自分自身が温かいということに気がついているのだろうか。
さてさて、宿から出てご主人様の職場に向かう。
どんなところだか、なんとなく予想は付いている。ご主人様は傭兵か何からしい。
今までは掃除屋だの殺し屋だの物騒な方向で想像していたのだが、今日のイベントで傭兵にシフトした。
詳しい説明を司会の人がしていた気がしているが、もう細かい内容は忘れた。
「……そういえば、ご主人、本名はノ……ド? さんっていうんですね」
「テキトーだなぁ。……ノルド、だ。そうだな、名乗ってなかったな。そういうガトーも名乗っていなかっただろう。……ガトーショコラ、だよな」
「えぇ、……そうですね」
名乗る名を持ち合わせていなかったから、名前を教えて言おうという考えに至らなかったのだ。
「ショコラ、は名字か? 聞いたことがないな、と思っていたんだが」
しまった。分けて覚えられていたのか。ショコラは名字ということにされていたらしい。
変に誤魔化しても通じないであろうことは直感が教えてくれた。
彼に嘘はつきたくないので、いっそのこと両方名前ということにしよう。
「僕、ガトーショコラです。全部一纏めで名前です。長いのでご主人に倣ってガトーにしました」
「…そうなのか」
それまでは長いままだったのかとか、名前の意味だとかは聞かれなかった。
正直言って助かった。
名前がチョコになってしまったことは、反省している。
もしペットを飼うことがあるのならもっとよく考えて名前を決めようと思う。




