従者のお使い『もってこい』6
「み゛っ……」
思わず変な声が出た。
何故この場でそんなところにいるのだご主人様。
僕はもうこの時点で先程の謎の王女の件は忘却した。
ご主人様のことで頭がいっぱいだ。訳がわからない。
周囲の声が嫌に聞こえて来る。
「うわぁ、今水の国にいるのかあの変人」
「殺した後の奴持って帰るっていうアノ?」
なんだか悪評が立てられているらしい。
変人なのも死体を持って帰って来るのも事実だが。所詮他人の趣味だろう、そう口に出して嫌悪感を周りに振り撒くのはどうかと思う。
……そんなことされたら、僕まで殺気立ってしまう。
うっかりを装って遅効性の劇薬でも仕込んでおこうか。
「えぇー、それでは、最後に、我らが女王。タルパ・ログ・ウェンディ様!」
この殺意は、王女が現れたことにより発生した歓声にかき消された。
いや、顔は覚えたからね、何かあったら容赦しなく囮にしてしまおう。
人物紹介が終わり、始まりの挨拶が終わり、会談が始まる。
僕の頭の中はイベントのことを気にする余裕はない。
呆然としてしまっているし、ご主人様から目が離せない。
彼はやる気なさそうな、どことなく疲れたような顔をしている。声の通りで、少しやつれたのかもしれない。
得意ではないが、肉料理か魚料理でも出そうか。
何かを延々と話している彼らの声はもう僕に入ってこない。
司会の声すらまったくわからない。エイリィがこちらを見ていたとしても、僕は一切気が付かないだろう。
心配で仕方ない。これが仕事中でなければ、僕は声を上げてご主人様に何か叫ぶだろう。
何を叫ぶのかなんて叫ぶ瞬間までわからないが、何か伝えたくて仕方ない。ウズウズする。
イベントが終わるその時まで、僕はそこから金縛りをうけたかの如く、動けなかった。
ただ、ご主人様をガン見していた。力ない彼の顔つきや、怒りと軽蔑のような眼差しでステージ上の他のやつを見ているのも全部見つめた。
元気のなさそうな顔はとても不安を煽る。
ソワソワしているのに、目が離せなくて、動けもしない。
なんだか矛盾した感情に腹が立ち始めたところで、パチリと僕の視界がソレを捉えた。
ご主人様の無情な荒波携えた海の如く冷たい視線を。
氷みたいなその目が、一瞬で溶けたのもわかったし、僕の頬が緩んだのもわかった。
とっさに口元を両手で隠す。
ご主人様は何も言わずにサッと顔を背けたが、明かに僕に気がついたし、目線がかち合ったその時だけ、絶対零度の不機嫌な何かが溶けた。
いつのまにやらご主人様観察会と化したイベントは終わっていて、サッと居なくなったご主人様を探したいのだが、体が動かない。もう、他の人も解散して、動ける状態なはずなのに。
どうしようかと思っていると、こそりと耳元で声が聞こえた。
「ねぇ、坊ちゃん。びっくりした? びっくりした?」
それはエイリィだった。
耳がゾワっとするから囁くのはやめてほしい。
「ビックリ、しました。はい。とても」
ご主人様がこんなところにいるなんて。
「ふっふーん。私ってば、この国ではだいぶ偉い人なんだよ〜」
ごめんなさい、そっちに対する意識はもう深海に置いてきてしまったの。……とは言わないが、僕はご主人様を探したい。
エイリィに聞いてみようか。
いや、待て、僕のご主人様知りませんかって聞いても通じるわけがない。まってまって、ご主人様のお名前はなんでしたっけ?
頭は絶賛高速空回りをしている。
エイリィが何やら自信満々に喋っているが、耳にまったく届いてこない。
そもそも、このイベントの内容すらきちんと脳にインプットされなかった。
「…ねぇ。聞いてる?」
「すみません、今頭がオーバーヒートしてます」
「……え、そんなに驚いてたの。なんか、ごめんね」
謝られても、原因はエイリィではない。
いえ、とありきたりな相槌をうちつつ、いったん頭を落ち着かせる。
そうだ、慌ててはいけない。僕はまだ『もってこい』を成功させていない。
遠足は帰るまでと決まっているのだ。
とりあえず。
「あの、先程前にいた男性ご存知ありませんか」
「……え?……いや、男いっぱいいたから……」
そうだった。男という括りならいっぱいいた。そうではなくて、もっと細かく特徴を絞らなくては。
「金髪で碧眼の『おい』……あ」
説明をしようとした僕の声が遮られる。
僕の目の前にいたエイリィは僕の後ろを見て嫌そうな顔をした。
いまの、こえは。
「何の用だよ、棺屋ノルド。あいっかわらずの無愛想で、集会中も不機嫌そーな顔して」
「アンタこそ何をしている」
「いま、昨日大通りでみっけた可愛い坊ちゃんとおしゃべりちゅうでーす。邪魔しないでよね」
ごめん、すいません、本当に申し訳ない。
これは誰への謝罪なのか、ご主人様に非礼をした友人の代弁か、急にお話を途中で止めて別れるであろう友人に対する僕の気持ちなのか。ともかく何故だか謝りたくなった。
「はぁーん、そう。…まぁいいや。帰るぞ」
エイリィにはとんでもなく悪いと思うし、申し訳ないとは思うのだが、僕は彼には逆らえないし逆らう気もない。
彼が『帰る』と言ったら僕は『帰る』のだ。
「あ、あの。エイリィ…さん。これ、昨日と今日のお礼です。ご親切にどうも有り難う御座いました」
言い捨てるように早口で言う。
そこに相手の返答を待つ間はない。
「え?」
驚いて固まる妖精に、僕はお礼ですと言って昨日買った花を一本渡す。
高い花だから、価値はあるから礼にはなるはずだ。使い道は少ないけど。
さっさかとこの場を去ろうとする彼の背を追う。
「俺の収集品の世話。感謝する」
去り際に告げられた彼の声。まるで僕の保護者気取りだ。
「えぇと……またどこかで」
呆然とその場に立ちつくす、いや、ホバリング?の状態でその場で凍りつくエイリィ。
「え?」
何が起こったのか、妖精の小さな頭では未だ処理できていなかった。




