従者のお使い『もってこい』4
案内された宿は、潮の香りがする、名前通りの海辺の宿だった。
木製でゆったりとした二階建ての小さな宿は、人気はあれど、隠れた名店のような感じであり、人でごった返してはいなかった。
「大将! お客いるー?」
妖精用の小窓から中に入ったエイリィに続いて、普通のドアから入店する。
「あらまぁ、エイリィ様、珍しいですね。お知り合いですか?」
ゆったりとした雰囲気にどこか鍛冶屋の弟子に似た雰囲気の男がカウンターに立っていた。
大柄で、頭上に耳は無いのでただの巨人と判別しておく。
「さっき見つけた子〜。可愛い旅人さんだったから連れてきたの」
先ほど僕のことを『坊ちゃん』と認識しておいて、可愛いという形容詞を使うとはなんだか微妙な気分だと思いながらも自己紹介をする。
「ガトーです。こんにちは」
他にいうことはない。
「はい、こんにちは。……何泊の予定かな?」
「あ、えーと。んー」
何泊にしておこうか考えていると不思議そうな顔をしつつも大将と呼ばれた男は人好きのする良い笑顔を見せた。
「決まってないのかい?」
「えぇ、まぁ。待ち合わせを、しておりまして。相手方がいつ来るか、わかりませんので」
「なら、一泊ずつで、朝食時に払ってくれるといいよ。一泊銅貨六枚ね」
銅貨六枚…。六千円…。花よりもだいぶ安いな。
確かにあの花は高かったなと、今更ながらに思いつつ、しかし後悔はせずに遠慮無く払う。
ご主人様、使い切ったらすいません。
多分こんな大金、使い切ることもないかとは思うけど。
「客室は、二階のココね。朝食は起きたら下に降りておいで、夕食も食べたくなったら来ればいい。一階の食堂はここね」
フリーダムだ。でも、前に泊まったところもこんな感じだった気がする。
「じゃあ、坊ちゃん、次は何するんだい?」
期待したような顔をされるが、何を期待しているのか僕にはまるでわからない。
「待ち合わせの相手を探しに、適当にぶらつこうかと」
リュックも何もおかずにそのまま行こうとする僕に、エイリィは慌てる。
「別に急かさないから、荷物置いて行きなよ」
「大事な物も多いですから、別に。持ち歩いて損はありませんし、重くないし」
かさがあるわけでも無いから邪魔にもならないだろう。
「え? そう?」
エイリィは、そんな人もいるのか、という驚きの表情だった。
人間って、不思議だよね。
テキトーにぶらついてお祭りの人混みを避けながら歩いていると、エイリィはそう笑った。
「そうですかね。僕からすれば貴方の方が不思議ですけど」
自分と違うからそう感じるだけなのでは、と聞けば、まさしくその通りだと返される。
「私さ、この前、失敗しちゃったんだ」
しょぼくれるエイリィに僕はなんと返して良いのかわからなくなる。
「仕事でね。大きい失敗しちゃって」
「リストラですか。クビになりましたか」
「ひっど。なってないよ。責められもしなかった」
即答する僕に反論しながらも、エイリィは悲しそうな表情だった。茶化しているが、目が笑っていない。元は陽気なのであろうこの妖精は、今は陰キャラだった。
「なら、いいんじゃないですか。別に」
僕はご主人様相手ではないのでテキトーに喋る。相手のことも考える気はない。
「…私が私自身を許せないんだ」
そう、切羽詰まった顔で、助言を求めるようなことを言われても、僕には返す言葉がない。
「なら、許さなければいいのでは」
「坊ちゃん、言うねぇ。似たようなことを言ってきたやつがいたわ。すっごい無関心で無表情で、興味のかけらも示さずに坊ちゃんみたいな顔してたよ」
「そうですか」
多分、その人も興味がなかったんだろうなと思った。
首都のお店は観光名所というよりも、専門店が立ち並ぶような感じだった。
一つ一つ値段が高く、品質が良い。
金持ちが金を浪費していく場所といったイメージが強かった。
結局何も買わなかったのは、魅力あるものが見当たらなかったからである。
一日歩き回って、何もせずに宿に戻った。
エイリィは、帰っていった。
どこにいったのかは知らないが、去っていたから帰っていったということにする。
買い食いはしなかったので久々に出来立てのものを食べることにする。
宿の食事。今日は子羊のシチュー。羊っていっても、魔物のベルメリーとかなんとかいう魔物だそうで、凶暴で走ると鈴のような音が聞こえるからそういう名前なんだとか。
魚介類で有名と聞いていたから魚料理を期待していた僕は、少し残念だった。
「美味しいかー?」
黙々と食べていると看板娘と紹介された子がこちらを覗き込んできた。
髪を見せないために食事中でも着込む僕に一切難色をしめさないあたりは流石だと思う。
口の中のものを飲み込んでから喋る。
「美味しいですよ」
そうかそうかと満足そうに歩いていく彼女をみて思う。
巨人は女の子でも大きいらしい。
何がとは言わないが、大きい。これで、娘、なんだよなぁ。
歳は幾つなんだろう。
女の人には禁句であろうから聞くことはないが、心底不思議である。




